2013年09月07日

月は何処に

荒波が岸辺に打寄せ、泡沫の様に微かなホルンの音色と歌声が聞こえては消える。THE WHOの大作『四重人格』(Quadrophenia)の冒頭である。
今年はキース=ムーン没後35年であると同時に、『四重人格』発表40年に当たる。初めてTHE WHOの音源に触れたのはバンドとしての活動を停止した後の1983年頃で、当時最新だったアルバム『It's Hard』や『Face Dances』、『Who's Next』それに『Live At Leeds』などを聴き漁った。その頃はロック好きの兄の所蔵するレコードが何よりも頼りだったから、兄の持っていない『Tommy』やファースト・アルバム『My Generation』等は聴くのがいささか遅かった。しかし『四重人格』は当時もしっかりライブラリーにあって、暫くはそれこそ浴びる様に聴き込んだ。尤も近頃はアルバムを通して聴くことは殆ど無かったのだが、本日キースの命日にかこつけて久々に引張り出してみた。

冒頭のホルンと短い幾つかの歌のフレーズは、当時のTHE WHOのオリジナル・メンバー―即ちロジャー=ダルトリー(Roger Daltrey)、ジョン=エントウィッスル(John Entwistle)、キース=ムーン(Keath Moon)及びピート=タウンゼンド(Pete Townshend)を表すテーマとなっており、出だしのホルンの旋律がロジャー(Helpless Dancer)、歌は3曲登場し、順にジョン(Is It Me / Doctor Jimmy)、キース(Bell Boy)そしてピート(Love Reign O'er Me)である。THE WHOらしいシンプルでアタックの強いロック・ナンバー「The Real Me」が実質のオープニング・ナンバーとなった後、アルバム表題でもあるインストゥルメンタル「Quadrophenia」で冒頭の4曲がそれぞれダイナミックに展開されるが、ここではいずれも重なり合うことなく日常の光景を描く「Cut My Hair」そして「The Punk And The Godfather」へと続く。
1969年に発表された『Tommy』と異なりロック・オペラと銘打たれてはいないもののこのアルバムは紛れもないコンセプトを持った作品であり、或るストーリーに基づいて曲が進んでゆく。そんな中前半にはロジャーのテーマ「Helpless Dancer」が独白の様に登場し、後半に入ると残る3つのテーマがいずれも重要な位置に置かれアルバムの劇的要素を高めている。ラスト手前のインストゥルメンタル「The Rock」では再び4人のテーマが大きく展開され、その終盤で重なり合う。4つの人格、或いは4人のメンバーがそれまでばらばらだったものが融合し、ひとつの巨きなうねりとなったことを示している。そして終曲「Love Reign O'er Me」。単にピートのテーマというより、溶合って「一人」となった「自分」から全てに捧げる讃歌である。

CDでも2枚組のこの作品はこの上なく完成度の高いアルバムであるが、バンドとしてよりもピートのソロ作品としての性格が強過ぎる為にしばしばマイナスの評価が与えられている様だ。確かに、ピートのリード・ヴォーカルがいつもに増して多い気がするし、ドラムとベース、それに2曲程のピアノを除く殆ど全ての器楽パートをピート一人が担当している。他のTHE WHOのアルバムでは必ず1曲か2曲は収録されるジョンの曲も、このアルバムでは全く起用されていない。
ピートの思惑が濃厚過ぎる内容に関しては当時バンド内でも問題視されていた様だ。但しメンバーがそれぞれソロ活動で忙しくなり始めた時期でもあり、議論の末の破綻や分裂にまでは至ることなく無事にTHE WHOのアルバムとして発売された。ピート色の強さが奇しくもよりアルバムに統一感もたらすこととなった。自作の曲ではリード・ヴォーカルを取ることが多かったジョンは楽曲提供無しを反映するかの様に自身のテーマ「Is It Me」でもセンターに登らずコーラスのみに回り、ロジャーは逞しい声を聴かせるものの出番がやや少な目である。そんな中キース=ムーンはというと、テーマである「Bell Boy」ではその要所で珍しくリード・ヴォーカルを取り、ドラム・ワークも相変らず達者である。ただ音がいささか軽く、以前に比べると捻りもやや足りない様に聞こえる。録音の際の設定の問題かも知れないが、既に「ドラマー キース=ムーン」としてのピークは過ぎていたのだろう。但しそれでも以降の『By Numbers』や殊に遺作となった『Who Are You』での泣きたくなる程衰えたドラミングよりは遥かに力強い。
バンドとしても『By Numbers』辺りになると(悪くはないが)勢いが感じられず、圧倒的な音の洪水を想わせる『四重人格』は恐らくキース=ムーン存命時におけるTHE WHOの全盛期と呼べる最後の姿に違いない。


再び雨模様となった今宵、月は影すらも見当たらない。
posted by 紫乃薇春 at 23:40 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2013年06月23日

Super Moon, 2013.06.23

今宵は月が最も大きく見える晩、スーパームーンだそうだ。が、生憎の曇り。幸い現在雨は降っていないが、到底月も星も拝める空ではない。いささか空しい夜である。
明け方観ていたサッカーの試合(コンフェデレーションズカップ、イタリア対ブラジル、日本対メキシコ)もいずれも私の期待はずれの結果で、寝不足と共に疲れた。

色々と残念な一日だが、こんな日は音楽や映画で癒されてみるのも悪くない。ムーンと云えばキース、キースと云えばザ・フー。彼のドラムは若い頃程爆発的だが、余りに初期だとモノラルであったり音質も今ひとつだったりして凄みが伝わり難い。彼のエネルギーがまだ衰えず、しかも良い音でとなるとやはり『セル・アウト』『トミー』か。『セル・アウト』はドラムがやや抑え気味に収録されているので、『トミー』がより望ましいか。
スタジオ盤に拘らなければ『ライヴ・アット・リーズ』という素晴らしいアルバムもあるのだが・・・この時期(1970年前後)の実況録音が高音質で残されているのは、ファンにとって誠に幸運なことである。

 

 


黎明期のザ・フー、デビュー・アルバム『マイ・ジェネレーション』も折角なので載せておく。
posted by 紫乃薇春 at 21:49 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2013年03月24日

初アルカス

早過ぎる桜前線に戸惑う3月下旬。花はこの週末が見頃と云われたが、名所らしい見所には結局何処にも行かず過ごした。
この土日と佐世保のアルカスというホールで市民音楽祭が催され、今日の午後は家人の友人が合唱団体の一員として出演するというので同行した。長袖県北に移住して4年近く、アルカスのことは家人から幾度か聞かされまたその前を通ることもしばしばあったが、これまでは縁を得られずまだ一度も足を踏入れたことがなかった。訪れる丁度良い機会だと思ったのと、合唱を聴くのも久々なので楽しみではあった。フリーパスを頂いたので昨日も通ってみたかったが叶わず、今日の午後のみ。家人と一緒に出掛けるつもりが急用の為、先に行ってもらい後から現地で合流しようということになった。

初アルカス〜20130324

用事を済ませアルカスに着くと、ロビーでは箏曲の演奏が行われていた。音はすれども最初は生演奏と気づかずずかずかと入ってしまい、うっかり演奏の邪魔をしそうになってしまった。
場内は会場を幾つかに分け、2階の大ホールと4階の中ホール、それに1階のイベントホール及びこのロビー(エントランス)の4ヶ所で主に演目が行われていた。知人の出番は午後の3時頃から中ホールでという話で、時計を見るとギリギリだが間に合いそうだ。急いでエレベーターに乗り、4階まで上がった。
だが着いてみると、まだ辛うじて15時前だが既に演奏が始まっていて、4階ロビーのモニターに中の様子が映し出されていた。慌てて。しかしなるべく邪魔にならぬ様忍びながら扉を開けると、空席もあるが仲々の入り。「早春賦」を謳っている処だった。幸い家人は後方の席ですぐ見つかったので、空いていた隣に座り最後の「アヴェ・マリア」まで聴き入った。

終演後、家人の他の友人も来場していたので挨拶をした。この機会にと大ホールにも付合ってもらい、異なる二つの合唱団の演奏を聴いた。本当は元吹奏楽部員として、吹奏楽団の演奏も聴きたい処であったが当分演目がない様だった。1階エントランスでは佐世保市内の高等学校のクラブの演奏があった様だが、それが丁度知人の出番と重なっていたのが残念。
初アルカス〜20130324
その後物販の広場など暫く場内をうろうろしていると、舞台の後片付けを終えた知人が4階にいると連絡があったので再び上がり、少し立ち話をしてアルカスを後にした。

アルカス佐世保は2001に完成し同年3月1日より開館した多目的ホールで、大ホールが全2,000席、中ホールが500席の仲々立派な施設である。JR及び松浦鉄道の佐世保から交通至便で、場所も市内を通る国道35号沿いでわかり易い。場内は綺麗で、この度の音楽祭の盛況振りからは市民に大切にされているのだろうと思わせられる。
家人曰く、偶に私好みの公演が組まれることもあるそうなので楽しみにしていたい。またエントランスは普段から開放されている様でもあるので、今度近くを通りかかった時には別段用がなくても立寄ってみようかと思う。
退出際にすれ違った学生のくれたフライヤーによると、今日エントランスで演奏していた高等学校の吹奏楽部が来月同ホールでのコンサートを行うそうなので、都合がつく様予定を弄りたい処だ。

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今日の昼過ぎ、身支度を始める少し前に群馬に棲む友人から小包が届いた。
初アルカス〜20130324
「なまもの」とラベルがしてあったので急いで開けると、中にはかき菜が入っていた。北関東、殊に両毛地域で栽培される春の郷土野菜だそうで、前々から興味があったので誠に嬉しい贈り物であった。一度も食したことがなくレシピも皆目不明だが、アブラナの一種なので小松菜等とほぼ同じ調理の仕方で大抵美味しく頂けるのではないかと思う。
友人にはお礼を兼ねて是非、九州の郷土野菜・カツオ菜を送りたいと思う。が、時期は年末年始の頃でまだ半年以上先のもの。何か今時の旬がないものか。
posted by 紫乃薇春 at 22:19 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2012年09月07日

白露の月

今朝未明は月齢19.9。満月の後は十六夜、そして立待、居待、臥待、更待と待つ月が続いた後で、その後は谷間に当たるのか下弦と呼ばれる半月まで殊に呼び名が無いらしい。古の人もさすがに待ち切れず寝てしまったものなのか、欠け具合が名付ける程の風情に値しないのか。新月から満月までをひと括りに上弦とすることもある様に、下弦もまた満月から晦日の月までを差す言葉でもある。下弦の月は日の出を過ぎても天空にあることから、有明月ともまた呼ばれた。
月〜20120907
秋の空は移ろい易く、朝戸外を覗き「よし今日は晴れだ」と手を叩いても、昼過ぎには一面黒ずみ激しい雨に打たれたりする。昨夕は心地良い風と共に夕映えを観て悦に入ったが、夜半頃になると雨雲が海上から押寄せた。しかしそれから2時間程して扉を開けると、北東の空に月が出ていた。雲がやや足早に上空を流れ必ずしも良好ではないが、時折大きな切れ目がよぎると満月の頃より陰影深い表情で月が眼下を見下ろした。
明け方近くなると再び空は濃い雲に覆われて、月も星も見えなくなった。ここ最近の様にまた雷雨が来るのかと思ったが、地表を湿らす程でもない微かな滴が躊躇いがちに落ちてきただけだった。雲は仲々退かずにいるものの、今朝は陽射しがくっきりと影を刻み、彼方のビルの合間に白日の月が沈み行こうとしていた。
月〜20120907
今年も迎えた9月7日。キース=ムーンの命日である。毎年ほぼ必ずこの日はTHE WHOを聴けるだけ聴いて故人を偲びながら、その有様を芸もなく書留めてきた。性懲りもなくと云われそうだが、今年もまた同じ轍を踏んでいる。
『四重人格』(Quadrophenia)の上演をメインとする世界ツアーをザ・フーが目論んでいるという未確認情報が囁かれ、その流れで再来日有りかとの噂も浮上してファンを大いに浮かれさせている。レコードでもCDでも2枚組のこの長編オペラを仕込んでも良かったが、それより今年は4月に盟友・ロジャー=ダルトリーが単独来日し、率いるバンドと共にロック・オペラ『トミー(Tommy)』の全曲を演奏した記憶がまだ生々しい。様々なシークエンスが今も立体的な建造物の様に浮かんでくるが、殊にオープニング、「序曲」冒頭の和音がレコードそのままの重厚な響きと確信に満ちた音色をもって鳴った瞬間の感動が忘れられない。その時の記憶を噛みしめながら今日は『トミー』を可能な限り聴き続けている。

キース=ムーンと云えばおよそひと月程前まで開催されていたロンドン・オリンピックの閉会式、ザ・フーが大トリを務めたことが巷で話題になったが、驚いたことに実はオファーの時点でキース=ムーンへの出演依頼が来たそうだ。ジョークかと思いきやさに非ず、ロンドン五輪主催者はキースが既に亡くなっていることを知らなかったらしい。先にザ・フーのマネージャーがその件を明らかにしたが、米国のテレビ番組“Jimmy Kimmel Live!”におけるインタビューでロジャー=ダルトリーも以下の様に答えた:
「手紙、正確にはメールを貰ったんだ―『キース=ムーンに開会式に出席して欲しい』って。俺達のマネージャーはこう返事したよ:『実の処、彼(キース)は現在ゴルダーズ・グリーン墓地に永住しております。この34年間そうです。でももし、丸いテーブルとキャンドル、グラスなどを用意して頂ければ、彼を[降霊会を通じて]呼出すことが出来るかも知れません』とね」
まず没後34年が経つことにびっくりしたが、結局キース=ムーンは(少なくとも我々の目に見える姿では)現れず、ロジャーとピート=タウンゼンドは(ピートの弟サイモンを含む)現在の仲間達とザ・フーとして閉会式の舞台に登場した。このインタビューでは開会式となっているが、元々はそちらへのオファーだったのだろうか。或いは単なる間違いか。因みに開会式のトリはかのポール=マッカートニーが務め、一堂に会した選手及び観客の前で“Hey Jude”を熱唱した。
月〜20120907
二十四節気の今日は「白露」。大気が冷えてきて、露が出来始める頃とある。
朝方の外気などは確かに幾分肌寒く、長袖を着て良いくらいの日が徐々に増えてきたが、日中はまだまだ。長崎は今日も真夏日を超え、残暑厳しい9月上旬である。
月はこれから下弦を経て、一旦新月を迎えた後、次の満月が中秋となる。
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2012年05月01日

It's A Boy〜1921

今年3月、トリノでのライブから。



“It's A Boy”〜“1921”―昨夜の続きか。
posted by 紫乃薇春 at 23:32 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2012年04月30日

Overture

今日も一日ろジャー=ダルトリーの尼崎での勇姿が脳内を駆け巡り、出先ではiPodで“TOMMY”を、帰宅してからはYouTubeでダルトリーのライブ映像を探して閲覧している。



「序曲」ではロジャーは歌の出番がないが、二丁流タンバリンを巧みに操りリズムを刻みながら、バンドを率する姿が印象的。
posted by 紫乃薇春 at 23:14 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2012年04月28日

ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE

ロジャー=ダルトリー〜20120428壱
沖縄が本日梅雨入りしたと、今朝のニュースで報じていた。まだ4月なのに―と思ったら、昨年より2日、平年と比べれば11日も早いらしい。
その沖縄は今年返還40年を迎えるそうだ。齢の察しがついてしまうが、大学時代以来の悪友がまだ占領下の沖縄で生まれた事実に軽い戦慄を覚える。尤も本人は全く意に介していない様であり、沖縄生まれという出身を以て知人が拘ることには違和感があると常日頃語る。朧気ながら気持はわかる気がする。
今宵のロジャー=ダルトリー公演の為に昨夜九州を発ち大阪まで来たが、昨日・一昨日とこの街では井上陽水がコンサートを行っていた。関西でのライブは縁が薄いと端から九州以外の日程をきちんと調べていなかったが、もし事前に確認していたら何とか昨夜の分だけでも聴ける様算段をした処である。結局昨夜は到着した時点で間に合わず、後の祭となった。
ロジャー=ダルトリー〜20120428弐

《ROGER DALTREY PERFORMS THE WHO'S TOMMY AND MORE》

2012年4月28日(土)
尼崎 アルカイックホール

開場 17:00
開演 17:30

Roger Daltrey (Vocal, Guitar, Ukulele, Harmonica)
Simon Townshend (Guitar, Vocal)
Frank Simes (Guitar, Chorus)
Loren Gold (Keyboards, Chorus)
Jamie Hunting (Bass)
Scott Devours (Drums)


さて、ロジャー=ダルトリーの来日公演。関西は今回、大阪ではなく隣県兵庫の尼崎である。とはいえ兵庫県南の沿岸部としては最も東(大阪)寄りにあり、利便性を考えて神戸より大阪に足場を構えた。
少し早めに会場に着くと、ホール入口付近には既に人だかりと列が出来ていた。いずれの公演もソールドアウトにはなっていないと聞くので客の入りを正直心配していたが、この人込みとそこから感じる活気に安堵を覚えた。4年程前に実現したTHE WHO単独の来日公演時の公式Tシャツを着る人がチラホラ、中には早々と今回のダルトリーTシャツを着る人の姿もあった。既に東京で2公演、神奈川で1公演をこなしており、そちらに足を運んだ方々なのだろう。かくいう我々も、単独公演のTシャツを着ながら駆けつけた。
開演予定時刻の17時30分に場内アナウンスがあり、客電が落ちると誰からともなく手拍子が始まる。バンドのメンバーが次々と現れ、「ロジャー!」という掛け声に応える様に黒っぽいシャツとジーンズを纏い少し髪を伸ばしたダルトリーが登場して、嬉しそうに微笑みながら観客に手を振った。

◇『トミー』(Tommy)

重厚な和音の進行から始まるTHE WHOのロック・オペラ『トミー』。その(“Underture”を除く)全曲。今回の公演、ロジャー=ダルトリーの名を冠してはいるが前半の主役は『トミー』という楽曲そのものである。この大曲の偉大な作曲者が舞台上に居ないことに軽い眩暈を覚えるが、クラシックのオペラやシンフォニーが作曲者の手を離れて長く再現芸術として成立ってきた歴史を思えば不思議なことではない。姿を変えて(映画を含む)過去幾度か上演されてきた『トミー』であるが、語り部であるダルトリーの意向か今回は原典版であるTHE WHOのスタジオ録音をかなり忠実に再現したアレンジとなっている。『トミー』本来の力強さ、繊細さ、ユニークさを伝えたいとする意気込みが感じられるものだ。原典版を踏まえる為ピートの受持っていたヴォーカル・パートは同じくギタリストでもある弟のサイモン=タウンゼンドが担当している。過去2度のTHE WHO来日に同行したサイモンをいずれも観る機会に恵まれたが、風貌も立ち姿も年々兄に似てきた様だ。最初ステージに登場した時は一瞬ピート自身が同行しているのかと思ったが、現在のピートならもう少しふくよかな筈だ(失礼)。
ギタリストとしてもう一人、フランク=サイムズは今回の舞台の音楽監督も担当している。日本で生まれ育った(?)経歴を持つ為か日本語が堪能で、途中で一部ロジャーのMCの通訳?もしていた。ギタリストが二人いる為に例えば“Pinball Wizard”のイントロや間奏などギターの多重録音が施された箇所の再現も無理なく巧みに行われ、殊に序曲から“It's A Boy”にかけてのアコースティック・ギター・ソロの部分は二人がかりでピートの生み出した高度なパワー・コードの再現に成功していた。
とにかく、演奏者全員がピートの書いた譜面に敬意を抱いているのが感じられて嬉しかった。冒頭の和音がズン、と鳴り響いた瞬間から号泣してしまい、心は1969年に遡る。いや、『トミー』が21世紀を迎えた現代でも充分に通用することを再認識した夜であった。スタジオ盤の曲順通りの前半に対し後半は一部並べ替えとアレンジの変更があったが、よりオペラの内容を吟味しての編曲であるのだろう。

『トミー』全編を通して1時間余り。だがライブはそれだけでは終らなかった。公演は休憩こそ挟まなかったが大きく二部に分かれ、一部は『トミー』、二部はその他のTHE WHOの代表作の幾つかにロジャー=ダルトリーのソロ曲を混じえた構成である。開演時間が早かった為夜の8時前には全ての演目が終了したが、2時間を超える演奏、数にして40曲近い内訳であった。
後半の曲目は順不同だが、“I Can See For Miles”“The Kids Are Alright”“Young Man Blues”“Who Are You”“Going Mobile”“Behind Blue Eyes”“Baba O'Riley”“My Generation Blues”それからソロの“Days Of Light”“Without Your Love”等。スタジオ盤でピートがリード・ヴォーカルを取った“Going Mobile”はやはりサイモンが担当。この曲ではロジャーがハーモニカを吹いていたが、他の音が大き過ぎやや不鮮明にしか聞こえなかったのが残念。アンコールはないが、ラストの“Blue Red And Grey”が或る意味そんな気分を醸し出した。アルバム“THE WHO BY NUMBERS”の中で、ピートのソロと云わんばかりにピートの歌、ウクレレ、そしてシンセサイザーのみで録音されたこの曲を、今宵はロジャーがキーボードのみを従えたウクレレ弾き語りで披露。密かに長いこと歌いたかったのだろう。終盤の方で巧みに『トミー』のコード進行を織交ぜて弾く辺り、元はリード・ギタリストとしてキャリアをスタートさせたロジャーの面目躍如であり、また長年ピート=タウンゼンドの盟友として君臨し続けてきたフロントマンによる「本家取り」にも似た妙味。―誰だ、加藤茶のウクレレ漫談などと云った奴は。
独特のマイク・パフォーマンス、“Tommy's Holiday Camp”での♪〜Wellcome!〜と歌い切る箇所の悪魔的な嘲笑を含んだ声の力、つい「ダサカッコいい」などと云われがちだが軽快な身のこなし。これが当年68歳を迎えたロック・スターの晴れ姿。まだまだ彼は現役真只中にいる。
ロジャー=ダルトリー〜20120428参
終演後、涙か汗かわからないクシャクシャの顔のままホールの外へ。火照った体に夜風が心地良く沁みる。
聴いている間は興奮で無我夢中だったが、我に返り『トミー』の上演に立会えたことの感動をひしと感じると共に「もう『トミー』も終ってしまったのだなぁ」としみじみ寂しさを噛締めた。ロジャー=ダルトリーの日本公演はまだこの後一日置いて名古屋を残す。行きたいのは山々だがそうも行かない事情を恨めしく想う。
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2012年03月06日

ロジャー=ダルトリー公演チケット到着

RDチケット〜20120306

ウドー音楽事務所より本日、ロジャー=ダルトリー大阪公演のチケットが到着した。
来月28日、大阪と云っても正確には隣県尼崎のアルカイックホールにて行われる。席番を確認した処1階席のかなり前方で、良いには違いないが売行きが余り芳しくないのではないかと心配にもなる。THE WHO自体が日本における動員を懸念し長年来日しなかったくらいで(尤もそれは数年前に実現した初の単独来日公演にて、杞憂であることを証明したが)、ロジャーのソロとなると欧米ならばいざ知らず日本では相当な冒険なのかも知れない。

今回の公演はロジャーの単独名義ではあるが、内容はよくTHE WHOのロック・オペラ『トミー』の全曲上演とのこと。正味『トミー』のみを演奏するのか、それとも嘗てのTHE WHOのライブ同様前後に別の曲を配置するのかは定かでない。いずれにしても『トミー』の上演にピート=タウンゼンドの名前がないことに違和感と残念な想いがない訳ではないが、ロジャー=ダルトリーが前面に立った『トミー』の解釈には勿論興味がある。
昨年の何処だかでの公演時の様に1曲だけでもピートがゲスト出演したりしないかと実は内心期待しているのだが、さすがに極東の地でそれはないか。

昨年正月の京都以来の関西方面ということで、そちらも少なからず楽しみではある。
posted by 紫乃薇春 at 20:45 | Comment(0) | 音楽<THE WHO>

2011年09月07日

moony 2011

ぽっかりと間の空いた週半ば。朝8時きっかりに目が覚めたのでテレビを点け、朝ドラを観た後は重い睡魔に襲われて昼過ぎまで寝直した。
再び目覚め、朝ドラの再放送を見終ってからおもむろに食事を摂る。時計はすっかり昼を告げているが、気分は朝食である。ここ最近は蒸し野菜に嵌っていて、今日はキャベツとオクラ、人参、それに舞茸。後は有合せの食材で味噌汁と簡単な惣菜を相方に拵えて貰い、美味しく平らげた。
食後はだらだらパソコンや携帯を弄りながら過ごしていたが、今し方の調理で食材を粗方使い切ってしまったというので買出しに行くことにした。しかし仲々腰が上がらず、億劫な手で玄関の扉を開けたのは陽が大きく西に傾いてからだった。

怠惰は板についたものだが、いざ出掛けるとなれば多少なり遠出をしてみようか、と云い出す奔放な私と相方。今日は大村のデパートまで。
ドライブ中に何を聴くか、趣味がお互いある為6連のディスク・チェンジャーの中身は半々にしてあるが、時々迷う。私は井上陽水やさがゆき、黒百合姉妹だのを場面を問わず始終聴きたいクチだが、相方の好みは山下達郎にYMO、大貫妙子など。互いの趣味が自身の好みと多分に重なるのでどれをかけたからといって喧嘩になることはないが、好みの程度に各々差があるので余りに長時間どちらかの趣味ばかりに偏ることはない様普段は譲り合っている。
だが今日は有無を云わさず往きも帰りも私好みのTHE WHOを鳴らした。今日はキース=ムーン33回目の命日に当たる日なので往きは『Tommy』、帰りは『Who's Next』とキース=ムーン存命時の代表作の内2枚を通して流し、世界にどっぷりと浸った。音楽活動以外での奇行振りを生前から取沙汰されたが、本業のドラムワークまた稀に聴けるヴォーカル自体が奇行そのものだった。唯一のソロ・アルバム『Two Sides of Moon』ではもっと寛いだ彼の素顔が垣間見られるが、それすらも満面の笑みを覆す空き歯の様に何処かユーモラスな変態振りに溢れている。THE WHOのセルフ・カバー「The Kids Are Alright」にジョン=レノンの「In My Life」、それに「Together」など、全く最高だ。

大村くんだりまで出掛けて買物を済ませ、帰りは道沿いの食堂で饂飩を食べて晩の食事とした。
moony〜20110907壱
店を出てふと空を仰ぐと月明り。満月ではなく上弦の、半月を少し過ぎたばかりの月。先週は台風の所為で星ひとつ見えない夜が続いたので、今宵命日の晩に彼の名を偲ぶ明りを拝めたことに感謝した。
帰宅して車庫入れの際、先日の様に相方に大きな身振りで呼止められた。見るとあの日のシンジュサンが駐車場の床に臥していた。
「いる」のか「ある」のかと暫く様子を見守っていると、私の気配に反応したのか時折後翅を持上げひくひく動いている。どうやらまだ息はあるらしく、しかし随分弱っている様子。ヤママユガの仲間の成虫は口が退化し補食が出来ない為、羽化後は幼虫の時期に摂取した養分だけで過ごすとのこと。だがあの小さな胴部にそう大きな蓄えなど出来る筈もなく、成虫の寿命は短いそうだ。一週間、保って二週間程度。
弱々しいながらも見事な翅はまだ傷ひとつなく、思えば先日出逢った直後に台風が到来したのであったが、あの雨風を一体何処でどう凌いでいたのだろう。何故またこの駐車場を訪ねてきたのだろう。
moony〜20110907弐
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2010年09月07日

キース=ムーン64歳

俄かに北上した台風9号の影響で、昨夜から今朝にかけて長崎県北は断続的に強風。風に伴い雨足も一時強まった。
上陸はしなかった様で、はっきりしたピークが感じられないままに現在は既に中心が過ぎた様だが、台風一過にもならずぐずついた天気が今も続いている。ただこの空模様のおかげで、9月に入っても衰えることのなかった熱波を幾らか鎮めることが出来た様で、今朝未明は久々に熱帯夜から解放された。こうして徐々に秋らしさが満ちてくれることを願う。

キース=ムーン64歳〜20100907壱

本日はキース=ムーンの命日である。1946年8月23日生まれの彼は1978年9月7日没、享年32歳。今年はそれから32年で、キースが亡くなってから今年で丁度キースが生きた分だけの年月が流れてしまったことになる。
ほぼ毎年この日はキース=ムーン在籍期のTHE WHOの音源で部屋を埋め尽くし、彼へのオマージュを書き殴るのが慣わしになっていたが、昨年は自身の引越に伴う慌ただしさで手一杯で、CD等聴きはしたものの言葉では触れずに留まった。
この32年間にTHE WHO自体が一度解散し、幾度かの臨時再結成の後1996年頃からは本格的にバンドとして復帰、だがその後2002年にはバンド内でキースと最も仲の良かったベーシストのジョン=エントウィッスルが北米ツアー中に急死する等動きがあり、ツアーやレコーディングに参加するメンバーは多数あっても、THE WHOとしての現在のオリジナル・メンバーはロジャー=ダルトリーとピート=タウンジェンドの二人だけである。

キース=ムーンについて語る時、その破天荒なパフォーマンスはともかく、音楽的な事柄になるとどうしてもTHE WHOに話が行ってしまうが、キースのミュージシャンとしてのキャリアは9割方THE WHOと共にあったので止むを得ないのだろう。
THE WHOを離れた処では、1975年にリリースされた唯一のソロ・アルバム『Two Size Of The Moon』での寛いだヴォーカルや、レッド・ツェッペリンのライブへの飛入り参加、その他幾つかのセッションへのゲスト。またリンゴ=スターの息子・ザック=スターキーへのドラムの手解きという知る人ぞ知る功績もあり、キース=ムーンのアナザー・ストーリーめかして日がな一日語り尽くしてみるのもユニークではあるだろう。
だがTHE WHOとそこで彼がやらかした奇業に比べれば、遥かに大人しい印象のものだ。

今年はTHE WHOの、というよりロックのライブ盤の名盤『Live At Leeds』がリリースされて40年になる。
キース=ムーン64歳〜20100907弐
黄色(黄土色?)の紙面に無造作な角度で「THE WHO LIVE AT LEEDS」という文字だけが印刷された独特のジャケットは、当時多数出回っていた海賊盤を意識してピート=タウンジェンドがデザインしたそうだ。ライブ・バンドとして定評のあったTHE WHOだけに海賊盤の数も半端ではないらしい。近年では海賊盤の流出を防ぐ為に、ライブ毎にきっちり録音し、公式のルートでの販売を行っている程だ。値段も控え目だし(但し送料が意外に馬鹿にならないが)その方が海賊盤を買うより遥かに音質も良いだろうというものだ。
海賊盤の話はさておき、同年リーズ大学にて行われたライブの模様を収めた『Live At Leeds』、今でこそデラックス・エディションとして当夜のほぼ全演奏曲目を聴くことが出来るが(当時はロック・オペラ『Tommy』を発表した直後で、ライブにおいてもその全曲を披露するのが慣わしとなっていた。Leedsも御他聞に漏れずである)、発売当初から長らくは6曲入りのお粗末な内容だった。お粗末と云っても当時はそれを有難がって聴いた。何しろ公式で手に入る唯一の彼等のライブ音源だったのだ。

様々なライブ音源が正式に日の目を見た今では他の音源を選ぶことも多いが、聴き比べて感じるのは『Live At Leeds』は初めからレコード化を意識して行われた所謂「ライブ・レコーディング」だなあ、ということだ。面白み云々は別にして、演奏の完成度が一際高い。ミストーンというものが殆どない。誰かが「スタジオ・ライブ」と呼んだのもわかる気がする。個人的にはライブならではのミストーンと、そこから生まれる予期せぬ展開により惹かれるのだが、THE WHOを知らない人にライブ盤として奨めるならやはりこれがうってつけなのだろう。

『Live At Leeds』でも行われた当時の『Tommy』演奏には思う処もあるが、バンドが、そしてキース=ムーンが一番元気だった時期を堪能出来る一枚ではある。これ以前、デビューから67年くらいまではまだ荒削りさが目立ち過ぎるし、70年代に入るとバンドは急速に疲弊してゆく。
『Tommy』前夜の68年頃のライブと『Tommy』の全盛期はどちらが上か。迷うが、私は前者を採りたい処だ。
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2008年11月17日

THE WHO Live at 武道館

2008年11月17日(月)THE WHO Live at 武道館〜(1)

(おことわり)
文中に当夜の演奏曲目、また文末にはセットリストの掲載があるので(ネタばれ)、殊にファンの方は御注意の程予め申し添えておく。



2008年11月17日(月)
日本武道館

THE WHO

Roger Daltrey/ロジャー=ダルトリー(Vocals)
Pete Townshend/ピート=タウンゼント(Guitar)
Pino Palladino/ピノ=パラディーノ(Bass)
Zak Starkey/ザック=スターキー(Drums)
John "Rabbit" Bundrick/ジョン“ラビット”バンドリック(Keyboards)
Simon Townshend/サイモン=タウンゼント(Guitar)

とうとうこの日が来てしまった。THE WHOの来日が決まり、発売と共にチケットを購入して、これで3度もTHE WHOが聴けるとわくわくしていたが、始まってみればあっという間。今夜で3日とも終ってしまった。
THE WHOの日程としてはまだこの後19日の武道館における追加公演があるが、14日も今日もかなり無理を云って職場に休みをもらって来ており、さすがにこれ以上休む訳には行かない。

今夜も彼等は19時を過ぎて10分と経たない内に出てきて演奏を始めた。横浜の時にも書いたが勿体ぶらないこの姿勢がTHE WHOらしくて私は好きだ。多数の出演者が入替り演奏するフェスティバル等ではセッティングの変更やサウンドチェックに時間もかかろうが、今回は前座も無しのワンマン公演である。様々なチェックは事前に済んでいる筈で、あとは演奏するだけさ、という気概の様なものを感じる。
「I Can't Explain」「The Seeker」「Anyway,Anyhow,Anywhere」と、横浜・埼玉で聴き馴染んだ曲順で次々と進む。過去2回はアリーナ席(横浜アリーナでは「センター席」と呼ぶらしい)だった為、音を正面から受けられる反面客席が平らで前の客達が邪魔になり、正直視界は良くなかった。武道館の席は1階東で、ステージを斜めから観る感じだが段差があり、今までで一番見通しが良い。列がFなのでステージからの距離も遠過ぎず、ロジャーとピートの動きも良く見えた。
4曲目の「Fragments」の前のピートのMCもはっきり聴こえ、曲目紹介に対して歓声が起きていたので(既にこれが2度目、或いは3度目という人も少なからずいようし)今夜は勘違いをした人は余り居なかっただろう。昨夜はいささか辛辣な書き方をしてしまったが、この場に居る全ての人はTHE WHOのファンであり、心からこの日を待ち望み楽しんでいることは良くわかっている。少し拗ねた気分に自分が浸ってみたかっただけなのだろう。
「Who Are You」で嵐の様な歓声が沸き、改めてこの曲の人気を思い知る。ロジャーはこの曲と次の「Behind Blue Eyes」ではアコースティック・ギターを、後半の「Eminence Front」ではエレクトリック・ギターを弾き、嘗てはバンドのリード・ギタリストであったキャリアを忍ばせる。どの音がロジャーのギターなのか殆ど聴き分けられないのが残念だ。アンプに繋がってはいるが、かなり音量を控えめにしてあるのかも知れない。
「Relay」「Sister Disco」と続いて「Baba O'Riley」。ここまでずっと、横浜や埼玉と同じ曲目が連なる。「Baba O'Riley」における客席の反応はやはりひとつのピークで、この曲がTHE WHOのレパートリー中最も人気のあるもののひとつであることは間違いないだろう。いやしかしその後の「Love Reign O'er Me」や「Won't Get Fooled Again」、「My Generation」そして『TOMMY』の中の「Pinball Wizard」や「See Me Feel Me」等でも同じくらいの歓声が上がり、極めつけな筈の曲がそこら中に転がっているのもTHE WHOの魅力だ。
「Eminence Front」ではピートが主役だが、ロジャーのコーラスがこの3日間では最もはっきりと聴こえた。横浜と埼玉ではクチパクの様に感じる程聴き取り難く悲しかったから、武道館まで来て漸く溜飲を下げた想いだ。
『四重人格』は『Who's Next』に次ぐくらいの人気があるのか、「5:15」のイントロのピアノが流れただけで会場がどよめく。ロジャーの最高の見せ場のひとつ「Love Reign O'er Me」が続く。どちらがずれたのかわからないが最初のコーラスのタイミングが合わず、ヴォーカルと楽器隊が噛み合わずロジャーがピートの方を困惑した様に振向き手を泳がせてタイミングを計り直している姿が健気だった。怒っているのかバツが悪いのか表情を読み取ることは出来なかったが、その後のサビのロジャーのヴォーカルは却って気合いが増して力強く響いた。曲の後でロジャーとピートが何やら言い合っていたのがまた複雑ではあるが微笑ましかった。
続く曲は「Won't Get Fooled Again」。ここで横浜或いは埼玉とは曲順に変更を見せる。続いて「My Generation」が演奏されたのでここの箇所は私が行かれなかった初日の大阪のセットリストへの回帰を感じさせ少し意外にも思ったが、今宵最大のハプニングはその後。My Generationのエンディングはやや短めに、徐々にフェイドアウトしていったのだが、そこで終りではなく聴き覚えのあるギターのアルペジォを紡ぎ出した―「Naked Eye」だ!最近のライブでも幾度かやっていることを知ってはいたが、日本ではやってくれないんじゃないかと勝手に思い込んでいた。お流れになった企画『ライフハウス』の為の曲の中でも最もその世界を伝える。70年代初頭のライブの雰囲気を代表する様な名曲だけれども、日本のファンでこの曲をリスペクトする人はどのくらいいるのだろう。私にとっては何より一番聴きたいと思い続けていた曲だけに、今夜はこれだけでもう全てに勝るギフトであった。
アンコールは『TOMMY』メドレーの4曲にロジャーとピートだけでの「Tea and Theatre」。これも既にお馴染みの流れだが、頗る上機嫌のピートがステージの最前部に身を乗出し客を煽りながらギターを弾く姿を見て最前列の人達が心底羨ましく思えた。
「Tea and Theatre」はたった二人だが、これまでのどの曲よりもTHE WHOがバンドであることを感じさせてくれて興味深かった。今夜も一瞬ギターを頭上に掲げかけたが下ろして立てかけた。本編「Naked Eye」の終りも、サポートメンバー最後の曲「See Me Feel Me」でも、そしてこの「Tea and Theatre」もそうだが、ラストを爆音でなく消え入る様に締め括る。ピートの今の想いを顕しているのかも知れない。

これで今年のTHE WHO来日公演に私が行かれる日程は全て終ってしまったが、「Naked Eye」が加わるなど予想外の展開を見せ始めた為、追加公演に行かれないのが本当に悔やまれる。

セットリスト

01 I Can't Explain
02 The Seeker
03 Anyway,Anyhow,Anywhere
04 Fragments
05 Who Are You
06 Behind Blue Eyes
07 Relay
08 Sister Disco
09 Baba O'Riley
10 Eminence Front
11 5:15
12 Love Reign O'er Me
13 Won't Get Fooled Again
14 My Generation
15 Naked Eye

encore
16 Pinball Wizard
17 Amazing Journey
18 Sparks
19 See Me Feel Me
20 Tea and Theatre

2008年11月17日(月)THE WHO Live at 武道館〜(2)
posted by 紫乃薇春 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2008年11月16日

THE WHO Live at さいたまスーパーアリーナ

THE WHO at さいたま〜20081116(1)

(おことわり)
文中に当夜の演奏曲目について、また文末にはセットリストの掲載があるので(ネタばれ)、殊にファンの方は御注意の程予め申し添えておく。



2008年11月16日(日)
さいたまスーパーアリーナ

THE WHO

Roger Daltrey/ロジャー=ダルトリー(Vocals)
Pete Townshend/ピート=タウンゼント(Guitar)
Pino Palladino/ピノ=パラディーノ(Bass)
Zak Starkey/ザック=スターキー(Drums)
John "Rabbit" Bundrick/ジョン“ラビット”バンドリック(Keyboards)
Simon Townshend/サイモン=タウンゼント(Guitar)

THE WHO初単独来日公演二日目。いや、日程としては三日目に当たるが、個人的な観戦としてはこれが二日目になる。
のっけからネタばれだが、今夜のセットリストは基本的には14日の横浜と一緒。曲目も曲順も変動がないが、「My Generation」の長尺ブルースの流れからさりげなく「Old Red Wine」のエンディング部分のみ手繰り寄せる様に演奏する等細かな部分に変化を見せた。その流れはロック・オデッセイの再現の様でもあって、初来日からTHE WHOの日本における足取りを追ってきた者へのささやかな(THE WHOからの)ギフトの様でもあった。
開場前から売出されるという公認グッズ目当てに充分過ぎる程余裕を持って出かけた横浜と違い(そう高を括っていたのが現地に着いてみると既にグッズを求めて並ぶ長蛇の列が出来ていて、見込みの甘さを思い知らされる破目になったのだが)私事でバタバタした上開演予定時刻も早い為、今日は会場に着いたのがかなり遅めだった。そんなこちらの事情にはお構いなく、今夜もTHE WHOは予定の5分過ぎには出てきてきっちり1曲目の「I Can't Explain」を演奏し始めた。
オデッセイの横浜、一昨日の横浜アリーナに続いてこの曲でのオープニングをこれで三度体験したが、全く飽きはしない。それどころか益々この体験を重ねたいと欲してしまう。他の曲がオープニングだったとしてもそれはそれで「良いなぁ」と思えるのだろうけれど(1970年代初めの「Heaven & Hell」や『Who's Last』における「My Generation」等)、いざ「I Can't Explain」が初っ端に来ればやはり他は有得ないと感じてしまう。この曲が彼等のデビュー曲であると思えば驚異的だ。THE WHOは何と最初から優れた創造力を発揮していたことか。いやしかし所謂「一発屋」として消えて行った大勢の者達は、少なくとも「最初だけは」華々しい作曲能力を発揮してみせた訳であって、THE WHOの本当の凄さはその後も立て続けに「My Generation」や「The Kids Are Alright」、「Substitute」や「Happy Jack」という個性的な単曲を連発しながら、その一方で当時は余り注目されなかったアルバム通してのコンセプトに目を向け『Sell Out』において発現、やがては『Tommy』や『四重人格』でより外見も内実もスケールの大きい作品として結実するに至ったことだろう(尤もこの点については『Sell Out』の同年にTHE BEATLESが『Sgt.Peppers〜』で、THE ROLLING STONESが『Saturnic Magesties』でいずれもTHE WHOより更に早くコンセプト・アルバムを出しており、しかしほぼ時を同じくしてそうした創造力のひとつの山を築いていたことが三大ロックバンドと並び称される由縁の一因でもあるのだろう)
2曲目の「The Seeker」、3曲目の「Anyway,Anyhow,Anywhere」と受けの良いナンバーが続き、次の「Fragments」のイントロで横浜同様またもや大きな歓声と手拍子が起こった。「「Baba O'Riley」と勘違いしているのでは?」というどなたかの指摘はどうやら的を射ている様だ。演奏が進み違う曲であることがわかる頃、波が退く様に客席が静まり返ったのが悲しい哉それを表している様に思えた…気持はわからないでもないが、「Fragments」も名曲なのに、しかも紛れもなく「今の」THE WHOの曲なのにこの反応は同じ客席に居合わせたファンとして複雑な気分にならざるを得なかった。昨夜また「THE WHO」で検索してあちこちの日記を読み漁ったが、殆どがTHE WHO讃歌を謳う中、一部には「聴きたい曲をやらなかった、ピートの歌う曲なんか聴きたくないんだよ」と、確かに額面安くはないチケット代と交通費を引合いに出し酷い損失を被ったかの如く綴っている文章も見受けられて、果たしてこの人は本当にTHE WHOのファンなのか、ただ自分のイメージで固めたTHE WHOを求めているだけなのかと問いたくなりもした。まだ演奏がなってなければ辛口にもなるが、非の打ち処がない訳ではないけれど幾分かの綻びをライブの醍醐味として昇華し、懐メロや伝統芸能に甘んじることなく(幾つかのパフォーマンスはそうした要素と見ることも可能だが)やるからには新しい音を拓く姿勢を失わない彼等。
いや、だが聴き方はそれぞれ、愛し方も人それぞれ。誰がどう、如何なTHE WHOを見つめていてもそれはそれで良いのだ。私が私なりにTHE WHOを愛する在り方も、他の人から見れば甚だ奇妙に映るかも知れない。
「Fragments」の後、しかし「Who Are You」で観客は再びヒートアップ。続く「Behind Blue Eyes」では縦乗りのロックばかりでなくバラードでもTHE WHOが聴衆を虜にし得るバンドであることを証明。この曲と「Love Reign O'er Me」とどちらが人気があるのだろう?などと思わず下世話なことを考えてしまう。作品としての深度は「Love Reign O'er Me」がより上の様にも感じるが、売上げと知名度最高のアルバム『Who's Next』に収録された環境にも恵まれ「Behind Blue Eyes」に軍配が上がるかも知れない。
この日のステージでは比較的長めのピートによるMCの後の「Relay」冒頭ではまたも大きな歓声が上がったが、この曲はそんなに人気のある曲だったか。それとも、ピートが曲紹介をしたそのことに対して反応しただけかも知れないと、「Fragments」に対する反応を目の当たりにした後だけに疑心暗鬼が芽生えてしまう。この時点で今夜のライブを無条件に楽しみ切れていない自分に気付き自己嫌悪に苛まれた。演奏自体は横浜と遜色なく、次の「Sister Disco」が始まっていた。以前に比べて大分速度が緩やかになったとはいえ今だ健在のロジャーのマイク・パフォーマンスがこの曲でも全開で、自分の体の正面でマイクをぐるぐる回しながら横歩きしてヴォーカルを入れるギリギリのタイミングでキャッチする。偶に取り損ない微妙に歌が出遅れるのはミスに違いないが、ロジャーはそれを愛嬌に替える術を持っている。取り損ねてもしっかりもう一回転させて別の向きで再度キャッチ出来る処は40年余りの年季を窺わせる。彼等が当年幾つになろうとどれだけのキャリアを誇ろうと今現役として活動していることが何より私には大事だが、しかし確かに彼等には長い年月を(ブランクもありはしたが)生き抜いてきたという事実がある。
「Baba O'Riley」のイントロが始まり、今度こそ本物と会場全体が揺れ動く。「Fragments」での一件から不謹慎にも生じたわだかまりの所為か今夜は涙も滲みはしなかったが、感動がない訳ではない。むしろ元来THE WHOにはウェットな感傷を拒否する処がある。正確な表現は忘れてしまったが、ピート自身の嘗ての発言にも「スピリッツ(だったか)を信じない」という風なものがあって、それが所謂「泣き」のフレーズで延々とソロを繰り広げるのではなく、もっとバンドとしての純粋に器楽的なアンサンブルを重視した弾き方に通じているのだとも云う。だがピートの望むと望まざるとに拘らずそのギターの響きからは生々しい感情が伝わり、ロジャーの唄は肉声そのものだ。むしろこの「Baba O'Riley」や「Won't Get Fooled Again」に使用した無機質な筈のシンセサイザーにまで血の通いを感じてしまう。

…一昨日の横浜のレポートが闇雲に長くなり過ぎた為完結に済ませようと思っていた埼玉のレポート、書いていたら脱線も含め一層長くなりそうで、おまけにとりとめがなくなってしまった。何処まで記したか。
ピートがリードヴォーカルの「Eminence Front」が今回中盤に挿まれているのは、ロジャーの休憩の意味もあるのかも知れない。前曲「Baba O'Riley」の最も有名なコーラスはピートが担当しているが、ロジャーの唄う殆どの部分は喉に負担を強いるものであり、仕上げには見せ場のピークのひとつでもあるハーモニカも担当する。そしてこの曲の後は「5:15」を経て「Love Reign O'er Me」「My Generation」そして「Won't Get Fooled Again」と容赦ないナンバーが続く。休憩といっても某ストーンズのミック=ジャガーの様にお色直しを兼ねて袖に退く訳ではなくギターとコーラスを受持ちながら出続けなのだが、それもロジャー、そしてTHE WHOらしい。

アンコールのトミー・メドレーは今の定番なのだろうか。最早アンコールの域を超えており、時間はやや短めだがセカンド・ステージと呼ぶ方が相応しい。その意味で本当のアンコールは二人のオリジナルメンバーのみでやる「Tea and Theatre」だと思う。ライブでは滅多に弾かないピートのアコースティック・ギターの繊細な美しさもさることながら、最小限のサウンドだからこそ手に取る様に伝わるロジャーのヴォーカルの表現力!声域は加齢と共に下がってはいるが当り前であって、むしろ今の声に合う歌い方を曲毎にしっかり掴み、最新作の一曲であるこの曲ではのびやかに、しなやかに、そして力強く語りかけてくる。
演奏が終り、弾いていたアコースティック・ギターをやおら頭上にかざすピート。会場からはどよめきが。しかしにやりと笑いながらすぐに下ろして今夜もギター破壊は行わなかった。心の片隅では期待していないとは云えないが、別にそれ(だけ)が見たくてTHE WHOを聴きに来た訳じゃない。

埼玉公演も終り私が聴けるのは明日の武道館、あと一本のみになってしまった。チケットを手にした時は「THE WHOが三回も聴ける」とほくほくしていたのに、瞬く間とはこのことだ。
後で悔やむことのない様、武道館でのTHE WHOを全身全霊に焼付けよう。

セットリスト

01 I Can't Explain
02 The Seeker
03 Anyway,Anyhow,Anywhere
04 Fragments
05 Who Are You
06 Behind Blue Eyes
07 Relay
08 Sister Disco
09 Baba O'Riley
10 Eminence Front
11 5:15
12 Love Reign O'er Me
13 My Generation〜Old Red Wine
14 Won't Get Fooled Again

encore
15 Pinball Wizard
16 Amazing Journey
17 Sparks
18 See Me Feel Me
19 Tea and Theatre

THE WHO at さいたま〜20081116(2)
posted by 紫乃薇春 at 20:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2008年11月14日

THE WHO Live at 横浜アリーナ

横浜アリーナ〜20081114

文中に当夜の演奏曲目、また文末にはセットリストの掲載があるので(ネタばれ)、殊にファンの方は御注意の程予め申し添えておく。



2008年11月14日(金)
横浜アリーナ

THE WHO

Roger Daltrey/ロジャー=ダルトリー(Vocals)
Pete Townshend/ピート=タウンゼント(Guitar)
Pino Palladino/ピノ=パラディーノ(Bass)
Zak Starkey/ザック=スターキー(Drums)
John "Rabbit" Bundrick/ジョン“ラビット”バンドリック(Keyboards)
Simon Townshend/サイモン=タウンゼント(Guitar)

ここでこうしてTHE WHOのライブレポートを書く日が本当に訪れるなんて。
2004年7月のロック・オデッセイにおける初来日にも行ったのだけれども、その時はまだこのブログを始める前だったのだ。あれから4年、「最初で最後」などと本気で思っていただけに感慨もひとしおだ。

開演予定の19時を10分程過ぎて客電が落ちると、誰からともなく歓声が上がる。歓声がどよめきに変ったのでステージに目を凝らすと、出演者が次々と登場。勿体つけることなくピートとロジャーも他のメンバー達と共に出てきて、各人が楽器を構えるとこれも勿体ぶらずにすぐさま1曲目の「I Can't Explain」のイントロが始まる。オデッセイの1曲目もこの曲だった。あの時はTHE WHOがこの世で初めて日本に降立ち一等最初に出した音、その場に居合わせられたという感慨で正に頭の中が真っ白になった。今回はその追体験にも似た感情が初めのうち芽生えたが、やがてその時差ぼけからも逃れ、今確かにTHE WHOと同じ空間でTHE WHOを現体験しているのだという実感が押寄せた。THE WHOの音はヴェールの向こうでなく、極めて実在感に満ちている。
2曲目の「The Seeker」に続き、大阪では「Relay」が演奏されたそうだが、横浜では「Anyway,Anyhow,Anywhere」。現存する二人のオリジナルメンバー、ピートとロジャーの共作になるこの曲はレコードの音源でも即興性と実験性に溢れた初期の名曲で、そうした作品を今のTHE WHOが取上げる意味が興味深い。因みにオデッセイでも演奏されたが、今夜はこの曲が入った代りに近年のバラードの名作「Real Good Looking Boy」が外れる形となった。
4曲目は最新アルバムから「Fragments」を。イントロのシンセサイザーのループに大きな歓声が起こったが、「Baba O'Riley」と勘違いしたのでは?―という意見が大阪のレポートであったが、実際はどうだろう。その「Baba O'Riley」はセットの後半に用意されていたが、個人的には「Baba O'Riley」とこの「Fragments」の曲順は入替えた方より良かったかも知れないと思う。
「Who Are You」はスタジオ録音ではキースのドラムが亡くなる直前ということもありやや軽く聴こえて正直物足りなさがあるが、ライブでは紛れもなく最高のポップ・チューンのひとつだ。プログレッシヴな展開に満ちインテリジェンスを要しながらTHE WHO本来のバイオレンスを失わない。〜Who Are You, who, who, who, who〜と聴衆が一体になるコーラスもあり、度々ライブで演奏される訳も観客が喜ぶ理由もわかる気がした。曲中に背後を振返ると、開演前には空席だらけでどうなるかとハラハラした客席もほぼ満席、そしてセンター席のみならずスタンド席の観客までが皆総立ちになり心から楽しんでいる様子で嬉しくなり、思わず笑い出すと共に涙が溢れた。そうか、今まで何処に潜んでいたのか知らないが、これ程多くの君達が皆THE WHOが来るのを待っていたんだね。
名作バラード「Behind Blue Eyes」の後、「Relay」を演奏。昔レコードで聴いた時余りのカッコよさに一発で好きになったが、シングル盤のB面曲でオリジナルアルバムには収録されていない地味な立ち位置の為ライブでは余り演奏されないのかと思っていた。当時は『Who's Last』が出るか出ないかの頃だったから尚更そんな悲観が強かったのかも知れない。だが近年、2000年に行われたロイヤルアルバートホールでの公演を収めたCDにはこの曲が収録され、更には最新作『Endless Wire』のボーナストラックにも別のライブ音源が収められ、最近になって脚光を浴びている模様。勿論ライブに行かれなければ始まらないが、ここに来て4年前の初来日と今年の単独公演。そして大阪では演奏されたと知り俄に期待が高まった。だが横浜ではあっさり3曲目から外され今夜はないものと諦めかけていた処に不意打ちで嬉しいやら戸惑うやらと云った処。近年のTHE WHOのライブでは長尺で演奏される曲が幾つかあるが、これもそのひとつで今のTHE WHOの音を堪能した。
意外な選曲は次の「Sister Disco」。大阪でのセットリストに載っていたので現場ではさほど驚きはしなかったが、アルバム『Who Are You』から表題作以外が演奏される、それだけのことが新鮮だった。原曲は最後、トーンダウンしてピートのアコースティックギターのソロで終る処、ライブではエレキだがやはりトーンを下げ繊細且つ破壊的なピート独特の弾き方でここも長尺。ライブでの実際の演奏曲目は決して多くはないがその分一曲一曲をたっぷり聴かせてくれるのが目立っていた。
そして「Baba O'Riley」。オデッセイではこの曲の冒頭のシンセサイザーループが聴こえただけで嗚咽した私だが、果たして今宵も両眼から涙が止まらず、頬を伝うのみならず床にまでボタボタと滴り落ちてどうにもならなかった。この曲がどんな曲なのか、シンセサイザーループに始まりどう展開してゆくか、わかり過ぎるくらいわかっているのにこの有様は…この曲の持つ、地の底から湧き上がってくる様な肯定感、色々辛いことも理不尽なこともあるけれど、それでも道の先には希望がある、これが生きるっていう、生きているっていうことなんだ、と優しく、しかし確信を持って諭される様なこの曲の佇まいに有無を云わさず圧倒されるからだろう。シンセサイザーループのシンプルイズベストな素晴らしさ、次第に厚みを増すサウンド、肯定的なメインヴォーカルにピートの謳う「Don't cry〜」の下りでの大合唱、そして最後はテンポを急激に早めてゆくコーダにおけるロジャーのソウルに満ちたハーモニカ、何処をとっても完璧な曲だ。
続く「Eminence Front」は一転してテクノ調のシンセサイザーに乗せたピートの独壇場。リードギターもリードヴォーカルもピート。ロジャーはサイドギターとコーラスに徹しているが、本来のリードヴォーカリストが脇役に見えてしまう場面が多いのも確かにTHE WHOらしさなのだ。良いか否かはともかく。
アルバム『四重人格』から2曲、「5:15」と「Love Reign O'er Me」を。「5:15」はまたもや長尺の曲。「Love Reign O'er Me」はピート=タウンジェンド作だが、海外のライブではロジャーに対してスタンディング・オベーションが行われるという、ロジャーのヴォーカルがその表現力を極限まで魅せるTHE WHOのバラードの最高傑作。前夜の大阪ではロジャーの声を不安視するレビューが幾つもあったので心配していたが、横浜でのロジャーは曲により不安定さはあるが出る処はしっかり出ていた様に思う。この曲でも見事に唄い切った。
そしてライブは佳境に。「My Generation」―大阪では本編のラストと読んだが、横浜では「Won't Get Fooled Again」の前に演奏されて起爆剤となった。いや、この曲だけでまた長々と続き、嘗て1960年代に「My Generation」だけで30分も40分も演奏したという逸話を思い出しながら聴いた。本編ラストの「Won't Get Fooled Again」は二度と騙されない、二度と馬鹿にされないと謳いながら「Baba O'Riley」と対を成すシンセサイザーと確信に満ちた足取り。1971年にこんな完成された曲を作りながら、ピートはその後何を迷う必要があったのだろう。彼の歩みは現在まで今だに曲がりくねった棘の道だ。

アンコールを望む客に応えて演奏されたのはロック・オペラ『トミー』からのメドレー。オデッセイの時と同じで、「Pinball Wizard」に始まり「Amazing Journey〜Sparks」そして「See Me Feel Me」。一度馴染んだ構成とはいえ演奏は正しくライブで二度と同じにはやらないし、曲も殿堂入りする様な名曲ばかりなので何度でも聴きたいと思えてしまう。その後ピートとロジャーを残してサポートのメンバーは皆下がり、ピートのアコースティック・ギターに乗せてロジャーが唄う「Tea and Theatre」。最新作からの1曲で、たった二人、しかしこれが今のTHE WHOの生の姿だ。そしてこれこそがロックなのだ。
嘗てインタビューで「ロックとは何か?」と問われたピートがギターを一発ガーンと鳴らして「It's Rock!」と云い放ったというエピソードを思い出した。これがロック、俺がロック、彼こそがロックそのもの。
若い頃にロックと呼ばれる音楽を聴きかじった時代があるが、その殆どを今、忘れてしまった。ふと我に返ってみたらその殆どがつまらないのだ。退屈に時を貪るなら音楽なぞ聴かない方が良い。
しかしTHE WHOだけはその後もずっと、波はあっても私の傍らにあった。どうせ生で聴けることなどないのだろうが、レコード、或いはCDに刻まれた彼等の世界はそれだけで充分ユニークだった。
それが今、こうして日本に居ながらにしてそのライブを享受出来る時代が来るなんて―彼等をジジイだの老いぼれだの云う人達もいるが、一度は閉ざし鍵までかけた扉を再び開けて出てきた彼等。今でも逡巡は続いていると云うが、やると決めたからには面白くない訳がない。過剰とも思える期待に彼等はがっちりと応えてくれた。ロックもこれならば面白い―いや、やはりこれこそがロック。
この感動を少なくともあと二度も味わえるなんて、私は確かに幸せ者に違いない。



セットリスト

01 I Can't Explain
02 The Seeker
03 Anyway,Anyhow,Anywhere
04 Fragments
05 Who Are You
06 Behind Blue Eyes
07 Relay
08 Sister Disco
09 Baba O'Riley
10 Eminence Front
11 5:15
12 Love Reign O'er Me
13 My Generation
14 Won't Get Fooled Again

encore
15 Pinball Wizard
16 Amazing Journey
17 Sparks
18 See Me Feel Me
19 Tea and Theatre

月〜20081114
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2008年09月07日

キース=ムーン逝きて30年

毎年の様に綴っているが、今日9月7日はTHE WHOのドラマー・キース=ムーンの命日。今年は30年目の命日に当たる。
いつもの様にiPodにTHE WHOの曲を仕込み、外出してあてどもなく彷徨い歩く。いや、実際は買物をしたり列車に乗ったりそれなりに用事はあるのだが、気分はすっかり何処かに飛んでいる。
「Naked Eye」「Baba O'Riley」「Bargain」「Love,Reign O'er Me」「Slip Kid」そして「Who Are You」など、キース=ムーンが居た頃のTHE WHOの曲が耳元に響く。「Who Are You」はキースがドラムを叩いた最後の曲だ。正確なことはわからないが、少なくともキースが参加した最後のアルバムの最後に収められた曲であることは間違いない。
残念ながら今宵は雷雨の予報で、月影を拝むことは出来そうにない。

オリジナル・メンバーの中で一番若かったキースが他界したのは32、いや31歳だったろうか。今生きていれば彼も還暦を過ぎていた筈。といって老人になったキースが昔の半分にも満たない音数のドラムをヨタヨタ叩く姿など想像出来ないししたくもない。バンドの中で最もキースと仲の良かったジョン=エントウィッスルも還暦を待たずに天に召されてしまったが、ロジャー=ダルトリーそしてピート=タウンジェンドの二人は60代の今も悪ガキの性分を失わずロックとは何か、を謳歌し続けている。
今年はそのTHE WHOが日本にやってくる。4年前の夏「ロック・オデッセイ」への参加により初来日を果たしたTHE WHOだが、今回は悲願の単独公演。ややダイジェスト版という雰囲気のあった「ロック・オデッセイ」とは異なり今度はフルサイズのTHE WHOを堪能させてくれる筈だ。今のロジャー、またピートにとってのロックとは何か、しっかり聴き届けたい。
そこでキース=ムーンの生のドラムを聴くことは出来ないが、ロジャーにピート、そして現在のドラマー・ザック=スターキーを初めとするサポート・ミュージシャン達の刻むビートからキースが今もTHE WHOに生き続けるのを感じ取りたい。
posted by 紫乃薇春 at 18:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2008年06月24日

THE WHO 単独来日公演決定

いささか唐突だが、THE WHOの単独来日公演、所謂ワンマンライブが決定した。今日は主催のUDO音楽事務所によるそのチケット先行発売日である。
この処こちらの情報へのアンテナが疎くなっており気づかずにいたが、巷では来日公演について囁かれておりまた具体的な動きも少なからずあったらしい。昨夜身内から電話を受けるまで全く知らずにいたのはていたらくだ。
発表があったのは4公演。大阪で1公演を行った後、神奈川・埼玉・東京と首都圏で3公演を遂行するらしい。

大阪公演【11/13(木)】
横浜公演【11/14(金)】
埼玉公演【11/16(日)】
東京公演【11/17(月)】

現在は出先の為、帰宅後に会場等詳細を記したいと思う。
THE WHOの来日公演は2004年夏の音楽フェスティバル『ロック・オデッセイ』に出演した初来日以来二度目だが、ワンマンライブはこれが初めてだ。初来日と同時期に行われたワールドツアーの他国での公演に比べ曲数が少なめで「ダイジェスト版」という印象もあった前回だが、今度はフルサイズで惜しみなくTHE WHOの魅力を見せつけてくれるだろうか。

大阪は遠いので見送ることになりそうだが、関東の3公演分のチケットを予約した。問題は、埼玉はともかく神奈川及び東京は平日の為、如何にして休みを得るか―である。



(出先にて携帯投稿の為、後刻編集予定)
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2007年09月07日

キース=ムーン 29周忌

20070907moony01A.jpg
昨夜、いや今朝帰宅したのは未明、3時過ぎだった。通勤に利用する主となる路線が台風9号の影響で停まってしまったが幸い、並行して走る別の2路線のうち1本がやや遅れ気味ながらも運行していた為、日付が変ってすぐの頃に地元の駅までは戻ることが出来た。
超とまでは云わないが強力で歩みの鈍い台風が直撃しそうだとあって多くの会社等は昨日は早めに業務を終了し社員達を帰宅させたそうだ。おかげで列車は普段より幾らか空いていたが、地元の駅に辿り着き、列車を降りるとそれでもホームに人だかりが出来るくらいは乗客がいた。改札を出て階段を降りると激しい暴風雨。歩いて帰るのには少々危険を感じタクシーを使おうと思ったが、需要人口が供給台数を遥かに上回っている様だ。タクシー乗場の屋根のあるステップに収まり切らず、傘を差しずぶ濡れになりながら並ぶ人の列が延々と続いていた。大いに予想は出来たことだが、これでは当分帰るのは無理だ。最終列車が到着して暫く経つまで駅の屋根の下で待つことにした。
だが台風の影響でダイヤが大幅に乱れ、通常ならもうとっくに営業を終えてシャッターが閉まる筈の駅の改札がいつまで経っても開いたままになっている。深夜の1時を過ぎて一度タクシー乗場を窺ったが、列は幾分縮まったもののまだまだ長蛇の様子。屋根の下に再度引き返し更に待つことにした。
2時を過ぎ、駅のシャッターはいまだ下りる気配がないが人の姿は減ってきただろうか。その後暫く様子を見ながら再びタクシー乗場を覗くと列がステップの半分くらいの長さに縮まっている。これ以上遅らせても待ち時間は変らないかも知れない。2時半頃になり覚悟を決めて列に並んだ。それからおよそ30分。漸く私の番が回ってきたが、タクシーに乗るまでの間にすっかり濡れ細ってしまった。これなら到着してすぐ並んでも同じだったかと思ったが、屋根もない場所で傘を差しながら煽られ1時間余りを待つよりは気休めでもステップの上に立てた方がましだろう。長時間待った甲斐をそう捉えて溜飲を下げた。
未明の3時過ぎに帰宅して、食事の後PCを開きやることを済まそうと思ったが強い睡魔が押寄せ、起動し切るまでの間少し横になるつもりがそのまま寝入ってしまった様で、目が覚めたら朝。10時過ぎだった。

*

今日9月7日はTHE WHOのドラマーとして名高いキース=ムーンの命日だ。今年で29周忌に当る。
私がTHE WHOを聴く様になった頃、既に彼は他界していたのでその生の音や姿に触れる機会はなかった。ムラヴィンスキーにしてもリパッティにしてもそういう意味ではフェアではないが、僅か4年で去ってしまったジム=モリソンなどに比べたらまだ長い年月活動していただけに音源はその分充実しており、現在でもその遺産には惜しみなく浸ることが出来る。
今日はiTunesを利用し彼がその能力を一際活かした楽曲ばかりを集めたプレイリストを作って聴こうと思っていたが、台風騒ぎで疲れ果て、寝倒れた為に時間が足りなくなってしまった。幸い過去に拵えたTHE WHOのプレイリストがあるのでそれを終日のお供にしよう。

 昨年の日記「蜘蛛の巣と謎」
 一昨年の日記「Moony」

*

こちらでの台風のピークは過ぎた様で、現在は雨は止んでいる。既に暴風域からも逃れたとのこと。
だが今日一日強風が吹き荒れるとのことで(今も外は轟轟と唸り声が響いている)、充分な注意が必要だ。
posted by 紫乃薇春 at 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2007年03月01日

dear Daltrey(仮)

今日三月一日はTHE WHOのヴォーカリスト、ロジャー=ダルトリーの誕生日。私の実兄の誕生日でもあるという話はさておき、今夜はiPodでTHE WHOを聴きながら帰ることにしよう。

THE WHOを初めて聴いたのは1982年頃だったか、その兄の所蔵によるロックのレコード棚から目を盗んで引張り出し、耳にした中にTHE WHOが何枚かあった。長い間「最後のスタジオ・アルバム」だった『It's hard』がリリースされたばかりの頃だ。83年にリリースされたLive盤『Who's Last』は既に彼等の曲を聴く様になってから発売された記憶があるので、それ以前の時期であることは間違いない。
このバンドにはドラムのキース=ムーン、ベースのジョン=エントウィッスルなど各々の楽器に抱く概念を改め直す必要がありそうな異脳の持主達がいた。楽曲の八割ないし九割を書下ろしたのは屈指の作曲家であり社会派の詩人でもある・ピート=タウンジェンド。一般にはギタリストとして知られているが、デモテープを作る作業等スタジオ・ワークにおいては独自の操作を魅せるシンセサイザーやピアノを初めドラム、ベースまたその他幾つかの楽器を巧みにこなし、それはTHE WHOの最も売行きの良かった70年代前半には本録音にも適用されて、彼はバンド自体の骨格を司っていたといっても過言ではない。曲者だらけの中にあって本来バンドの「顔」を担う筈のダルトリーは地味な存在と云われていたが、私はTHE WHOを知った当初他の誰よりも彼に惹かれたのだった。アルバムのジャケットを見る機会があって、一人だけブロンドの二枚目風情(これには異論もあろうが)で際立っており、或いはルックスにイカレたのかも知れない。
実の処歌唱は決して器用なタイプではないし、曲によってはピートがリード・ヴォーカルを採ることも多く(これはTHE WHOにおけるピートのワンマン振りを示している)、ジョン=エントウィッスルの曲では大抵においてジョン自身がヴォーカルを担当していた(不仲と云われたメンバーの関係を表していると云えるかも知れない)。出番の少ないロジャーであったが、意外にもバンド発足当時にはリーダーシップを担い、腕節もかなりのものだった様で、若気の至りもあろうが云うことを聞かない他のメンバーに対しては鉄拳制裁を行っていたとも聞く。元々彼はヴォーカリストではなくリード・ギターを担当していたという。バンドの活動と並行して鉄板工のアルバイトをしていたそうだが(腕節もそこで鍛えられたのであろうか)、その作業中に指を怪我して暫くギターが弾けなくなり、当時リズム・ギター及びバンジョーを担当していたピートにリード・ギターの座を譲り、ヴォーカルに転向したらしい。
やがてバンドの中心が高い創作能力を持つピートになり、プログレッシブな構成を持つ曲が目立つ様になり、雰囲気も変り始めてロジャーは一時期バンドから浮いた存在になりつつあった。ロジャー自身を含めメンバー個々のプロジェクトが70年代は多くの時間を占めて、バンドの活動が数年間置去りになったこともあった。78年『WHO ARE YOU』のプロジェクトで中だるみを巻き戻そうとした矢先、キース=ムーンが他界。バンドは窮地に立たされたが、同時に残されたメンバー―ピート、ジョンは勿論、ロジャーもまたTHE WHOになくてはならない存在であることを知らしめた時期でもあった。
結局82年『It's Hard』の発表とその年の全米ツアーの後活動停止。一度は解散を宣言したTHE WHOであったが85年のライブエイドへの特別参加、幾つかのチャリティー等への参加を経て90年代に入り本格的な再結成を遂げ活動が再び活性化。だが初来日手前の2002年に今度はジョンが他界。私個人の想いとして「THE WHOも本当に終りか」と至極悲観的な気持に苛まれたが、2004年7月、横浜及び大阪における「ロック・オデッセイ」への出演で遂に本当に日本での生演奏を披露してくれた。既にキースもジョンもいないステージだが、ピートがギターを操り、ロジャーがマイクにアタックすればTHE WHOの音になるのだということを実感した。そして彼等はいつまでも「懐メロ」にならない。老成しない、悪く云えば還暦を過ぎてもガキ臭いロジャーとピートが織成すマジックだろう。
THE WHOの活動停止後、80年代にリリースされたロジャーのレコード或いはCDを幾つか買って聴いたが、THE WHOでの粗いながらも殻を破って突き抜ける爽快なヴォーカリズムが濁ってしまった様で、正直ロジャーの老いを感じて哀しくなったものだった。だが「オデッセイ」で直に触れた彼の声は、確かに若い全盛期の頃に比べれば声域が狭くなっていたり、馬力も衰えてはいたのだろうが、決して老け込んではいなかった。今日で63歳の誕生日を迎えるが、今も尚「現役」なのだ。

昨年は『It's Hard』以来実に24年振りのスタジオ・ワークによるフル・アルバム『ENDLESS WIRE』をリリースしたTHE WHO。それに伴う全米ツアーも行われ、今年はアジアを含むワールド・ツアーの予定があるという。「オデッセイ」に続く二度目の来日公演(しかも今度は単独公演)も噂されているが、果たして実現するか。もし再来日が叶うなら、何をおいても駆けつけたい処だ。
posted by 紫乃薇春 at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2006年09月07日

「蜘蛛の巣と謎」

という曲がある。THE WHOのセカンド・アルバム「A Quick One」に収められた数少ないキース=ムーンの作品のひとつだ。この曲はヴォーカルがなく(途中掛け声の様なものが一瞬入ることは入る)、初期のTHE WHOの器楽演奏の特色を風変りな角度から伝える。どちらかと云えば「名曲」よりは「迷曲」或いは「珍曲」の部類に入るかと思うのだが、まるでおもちゃ箱を引繰り返した様な、或いは遊園地の愉快なアトラクションに出くわした様な雰囲気が漂っている。冒頭はバンドの全合奏で親しみ易い旋律を繰返し、中間部はギターとドラムによる掛け合いが主体となる。ここでも主旋律から派生したリズムを交互に繰返すだけだが、初めは緩やかだったのがどんどん速度を増してゆく。単純だが、キースのドラム・ワーク、またピート=タウンジェンドのリズム・ギターの巧みさを垣間見られる処だ。後半はリズムが解体し、音程も無調整な即興じみた展開となるがすぐに再び元の旋律が戻り、最後はジョン=エントウィッスルの吹くホルンだけになり消える様に終る。

キース=ムーンというとそのやたら音数の多いドラムと数々の伝説的奇行がまず思い浮かぶ。それは彼の生前現実としてあったことなので間違ってはいまい。加えて映画『トミー』で性質の悪い従兄弟「ケヴィン」を嵌り役として演じたことで何やら底意地の悪い、恐い奴、というイメージが(少なくとも私の中では)つきまとっていた。アルバム『四重人格』に収録された「Bell Boy」のヴォーカルなど声にもいやらしさが滲み出ていると感じたし、「Who's Next」の裏ジャケットでは隣のロジャー=ダルトリーの横っ面をけたたましい形相で殴り飛ばす様なポーズで写っている(思わず仰反った風なロジャーの表情が何だか情けない)。そうした振舞、表現は彼の個性を際立たせるには充分であり、かつユニークさを秘めているもので、その類稀なドラム演奏とも相俟って私としても決して嫌いではない(むしろ好む)が、知人としてお近付きになるのはいささか遠慮したい気がした。「何をされる(しでかす)かわからない」処が常に彼にはあったに違いない。
だが実際の彼は人一倍甘えん坊で寂しがりやだったという話を聞く。殊にツアー中における異常な行為の多くは時間も環境も束縛され、精神的にも肉体的にも追詰められた状況を慰める為の彼なりの手段であったとも。そして古典的なロックンロールを愛し、やんちゃで愉快で和気藹々と過ごすのが好きだったのだろう。この「蜘蛛の巣と謎」(Cobwebs and Strange)の微笑ましい乱痴気騒ぎも彼の内面を痛切に吐露したものかも知れない。
彼は「限度」という言葉を知らなかった様で、彼のドラムがTHE WHOのアンサンブルの中核をなしていたことは確かだがそのスタイルを終生変えることが出来ず、時として叩き過ぎ、また彼の存命時のTHE WHOにおいて後年はそのスタイルがバンドの曲作りの足枷にすらなってしまった部分もある様だ。彼の死因は「ドラッグの過剰摂取」と云われているが、その内訳は当時医師から処方されていたアルコール中毒の為の薬を「この薬がそんなに効き目があるのなら、沢山飲めばもっと効くだろう」と何十錠もまとめて飲んだ為、らしい。

そんな彼の命日から、今日で28年が経った。
「蜘蛛の巣と謎」〜20060907
posted by 紫乃薇春 at 04:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2005年09月07日

Moony

今日は9月7日。キース=ムーンの命日だ。

キース=ムーンと聞いても今の多くの人はピンと来ないかも知れない。私自身、彼の存在を知ったのは彼が他界してから何年も経った後だった。そもそも、彼の存命の頃にはまだ、ロックというもの自体、殆ど聴く習慣がなかった。兄の影響で少しづつ、洋楽のロックに接する機会が増えた中でTHE WHOというバンドを知った。そのバンドの伝説と化したドラマーが彼、キース=ムーンだったのだ。
初めて聴いたのは『ライヴ・アット・リーズ』、『フェイス・ダンス』、『イッツ・ハード』、それに「無法の世界」と題された曲など。だが、この中で『フェイス・ダンス』と『イッツ・ハード』では実際にはキースのドラムを聴くことが出来ない。この2作は彼の死後、元フェイセズのドラマーであるケニー=ジョーンズを迎えて心機一転の形で創られたアルバムだからだ。確かにケニーのドラムは悪くない。ただ堅いだけ、という批判もあるが、ともすれば暴走しがちな他の3人をきっちりとしたリズムで繋ぎ留める役割を(少なくともスタジオワークにおいては)果たしている。だが、やはり違った。そもそも「ドラムが碇になる」ことが既にTHE WHOではないのだ。キースの時代には誰よりもドラムが先に立って暴れていたのだ。こういう云い方を普通はしないが、彼の場合は「リード・ドラム」であったのだ。『フェイス・ダンス』でも『イッツ・ハード』でもケニーのドラムの行間についキースの影を追ってしまい、正に行間を埋め尽すあのスタイルを偲んで「これがキースだったら」という溜息を洩らしてしまう。もしキースが全盛期よろしく叩いていたら、そもそも曲そのものが丸っきり別のものになるだろう。
だが、ピート=タウンジェンドが晩年のキースについて「殆ど、まともにプレイ出来ないことがしばしばあった」という様に、死の直前のキースは著しく体調を崩していたらしい。確かに、彼の没年発表された最後の参加作品『フー・アー・ユー』を聴くと、60年代から70年代初め頃までの圧倒的なパワー、自由自在なパターンなど彼の生命力が大分鳴りを潜めている。僅かに表題作「フー・アー・ユー」において繊細でトリッキーなドラムワークが垣間見られるものの、打込みは弱く、音も軽い。余程真摯に体質の改善に取組むか、根本からドラム・スタイルを変えない限り、キースがその後も生き続けたとしても無様な老醜を曝しただけだったかも知れない。
そう思い始めるとどんどん落込んでゆくのだが、今は、少なくとも今日は、かつて「空前絶後、唯一無二」と呼ばれたドラマーがいたこと、今も少なからぬファンの胸に、バンドのスピリットに生き続けていることを偲んで、元気だった頃の彼のドラムを聴くことにしよう。

彼は一枚のソロ・アルバム、幾つかのセッション等を除いては殆ど、THE WHOにおいてプレイした。THE WHO名義のアルバムの中で、殊にキース=ムーンの素晴らしさ、凄さを聴きたいなら、1965年に発表された1st『マイ・ジェネレーション』から、1971年発表の『フーズ・ネクスト』までがお薦めだ。『四重人格』も良いが、このアルバムはキースよりもピートのシンセサイザー等ギター以外の(ギターも素晴らしいが)様々な楽器、機材の扱いの巧みさを味わうべき作品だと思う。

キース=ムーンが参加したTHE WHOのオリジナル・アルバムは以下の通り。

      『マイ・ジェネレーション』(1965)
      『ア・クイック・ワン』(1966)
      『セル・アウト』(1967)
      『トミー』(1969)
      『ライヴ・アット・リーズ』(1970)
      『フーズ・ネクスト』(1971)
      『四重人格』(1973)
      『オッズ・アンド・ソッズ』(1974)
      『ザ・フー・バイ・ナンバーズ』(1975)
      『フー・アー・ユー』(1978)

キース=ムーン:1946年8月23日生〜1978年9月7日没。

Moony〜20050907
posted by 紫乃薇春 at 06:18 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

2004年10月02日

「アンコール・シリーズ〜YOKOHAMA 24・07・04」 - THE WHO

今日、いや昨日ようやく届いたばかりのThe music.comによるネット通販のみのLive音源「その1」である。
続きを読む
posted by 紫乃薇春 at 03:00 | ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<THE WHO>

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