2013年12月21日

シンメトリーの日

1と2と2と1
裏返しても同じ賽の目
何処まで行っても1/2で
何時まで経っても2人の1人
3だの4だのが出る幕はなく
0の入り込む隙もない
混ざり合えない2進法
番の外れた者同士
淋しいままに向かうだけ
1と2と2と1
歩幅のずれた行進曲
針飛びだらけのレコード盤
磯の鮑がお似合いの
鏡の中の役立たず
posted by 紫乃薇春 at 23:09 | Comment(0) | ことばたち

2013年09月28日

ハウステンボスにて

暫く振りに訪れたハウステンボス。
幾度も見慣れた筈の街で不思議な森に迷い込み
ヌシの様な番人にいきなり出くわした。

HTBにて〜20130928


どうやら動物たちの集いにお邪魔したらしい。
皆、怪訝な表情で此方を見ている。

HTBにて〜20130928

HTBにて〜20130928


来た道を引返し
森を出て古い街道を歩いた先で

HTBにて〜20130928


厩舎を訪ね、馬に話しかけた。
けれどもそっぽを向かれてしまった。

HTBにて〜20130928


厩舎を後にして、
ふと足を留めた橋の上から夕空を眺めた。

HTBにて〜20130928


夜になって・・・

HTBにて〜20130928


別の森に足を踏み入れ
奇妙な彩りのトンネルに迷い込んだ。

HTBにて〜20130928


少し広くなった洞内の傍らで
木彫りの馬と遭遇した。

HTBにて〜20130928


トンネルを先へ進むと
彩りが変り始めた。すると突然

HTBにて〜20130928


・・・・・・ぎょ?

HTBにて〜20130928


更に、水底の様なトンネルを抜けて

HTBにて〜20130928


振り出しの森へ戻ると
満腹で寝そべる狼を踏みそうになった。

HTBにて〜20130928


気づかれぬ様、そっとよけて歩くと
木陰から灯りが漏れて見えた。
リスの親子のお家。晩御飯の様子。

HTBにて〜20130928


漸く森を抜け、振向くと
どうやらこちらが入口らしい。
しかし、後のまつり。

HTBにて〜20130928


帰り道は、雨になった。

HTBにて〜20130928

posted by 紫乃薇春 at 22:24 | Comment(0) | ことばたち

2013年02月11日

迷子の雀

雀〜20130211

怯え佇む途方の雀
どうして迷い込んできた
人と車の ジャングルに
posted by 紫乃薇春 at 22:11 | Comment(0) | ことばたち

2012年03月23日

N

ノーベル文学賞の選考を行うスウェーデン・アカデミーのノーベル委員長・ペール=ベストベリー氏(78)が3月21日、故・安倍公房が同賞の受賞寸前であったことを明かしたとのこと。
また同氏は「三島由紀夫は(安倍ほど)高い位置まで行かず、井上靖については非常に真剣に討論されていた」とも語ったとのこと。

結果的にはその後大分経って大江健三郎が受賞するのだが、こうした名前が並ぶとつい思い出してしまうのが倉橋由美子。大江作品も10代後半から20代前半にかけてよく読んだが、個人的には倉橋文学がより好きだった。安倍公房は独特の文体と世界は認めながらも、言葉が一句、或いは一字毎に停滞する様に感じて読み進められず苦手だった。
安倍はともかく、大江が受賞するなら倉橋は―と思わないでもなかったが、知名度その他の点において、ここに名前の挙がった中では最も同賞から遠い人だったのだろう。

近年、村上春樹氏に受賞の可能性があると云われているそうだが…正直ピンと来ない。
posted by 紫乃薇春 at 22:26 | Comment(0) | ことばたち

2012年02月15日

夢寝見

、と云えば井上陽水の楽曲の題名だが、実際うたた寝をしながら夢を見ていた。
場所は何処か山岳の中腹、JR(というよりは嘗ての国鉄)ではなく、東武だか西武だかの私鉄の駅があり、古びているが線路の枝分かれした、一種のターミナルを想わせる様子。その脇のプレハブの様な建屋を会社と呼んで勤務しているが、何の会社かわからない。社長と思しき人が意外に多い従業員を全員呼び、今日からロープウェイが通うのだと告げる。見ると麓の谷底から高圧線の様なケーブルが私鉄の線路を跨ぐ様にくねって伸び、私鉄駅の向こう隣まで通じている。やがてゴンドラが上ってくるのが見えた。
既視感はあるが、一体何処の山、駅、ロープウェイだったのか。だが少なくとも今一番身近な長崎の稲佐山などではなさそうだ。幼年期の記憶が元ならば、横岳辺りだろうか。ただ何となく、現在の光景として見ている様でありながら、この駅も、ロープウェイも、会社も過去の存在であり、既に廃されたものであることを認識する「外」からの自分を感じていた。

さがゆき、山村誠一が同行するパリヤーソの九州ツアーが今日から始まっている。初日は鹿児島。明日は鹿児島県下の姶良市にて公演があり、明後日から三日間は宮崎県に場を移す。
行きたいのは山々だが最も条件の良い今日は結局時間が取れず、明日以降はどんどん場所が遠ざかる。直線距離は近くても、交通の便が悪くなる。鹿児島市街ならまだしも、その他の鹿児島、宮崎など同じ九州とは云え長崎からはひと旅行である。
指を加えて日程を眺めながら、次に聴けるのは何年先かと呟くのだった。
posted by 紫乃薇春 at 23:26 | Comment(0) | ことばたち

2011年07月20日

無題

台風はまだ列島の近くにあり
今夜遅くには関東に達する様だ
季節を抜け駆け来した雨風が
東日本を覆う黒い霧を
きれいさっぱり押し流してくれることを望んでいるが
息を潰す程の歩みの鈍さが却って
満遍なく 列島全土に撹拌してしまいそうな気がしてならない

テレビやパソコンを点ければ厭でも
震災のこと 原発事故のこと 列島を取巻く諸々のこと
それら全てを司る政治の話が目に 耳に入ってくる
テレビはいつも偏向めかし
何処へチャンネルを合わせても同じ場面と同じ論調
疎い僕でも国会中継など 偶には観るもので
放映直後のニュースでは
観たばかりの中継が夢だったかの様な報道
違和感を覚えるのは何故か

ネットはいつも主観がまかり通り
都合が悪いと病の振りをする
そして口汚い罵り合いで埋め尽くされる
だがそれでも 着飾った外面だけのテレビより
近頃は清々しくさえ思えてきた

将来 ではなく 今 まさに感じる
漠然とした不安
この国は来年の今もあるのだろうか

化粧の得意なテレビでも 生放送であれば
幾分かの素顔を窺うことが出来る
本心を語っているのは誰か
誰の本音がどうであるのか
大概のことは顔に書いてある
繕おうとしても綻びが出るものだ
本当に国を そこに暮らす民を守る気概のあるのは誰か
人災とも云われる震災の後の混沌を生んだ張本人が誰か

長くなりそうな呟き
題目は無し
posted by 紫乃薇春 at 23:06 | Comment(0) | ことばたち

2011年06月02日

茶番

底の見え透いた馬鹿馬鹿しい行為や物事をしばしばこう表現するが、語源は何かと調べてみたら「茶番狂言」に由来するそうだ。
旧くは江戸時代、歌舞伎の楽屋でお茶の番をしていた大部屋の役者が余興で茶菓子等をオチに用いたことに始まり、以来下手な役者が身近なものを用いて滑稽な寸劇や話芸を演じること、またその演芸を「茶番狂言」と呼んだ。現代では芸に限らず見え透いた馬鹿馬鹿しさを総じて茶番と呼ぶ様になった。

今日午後に行われた衆議院本会議において野党より提出された内閣不信任案は反対多数で否決された。焦点は与党内からどれだけの賛成者が出るかであったが、蓋を開けてみれば僅かに2名が造反したに過ぎない。
午前中に行われた政権与党の会合、云ってみれば楽屋において一体どんな打合せがあったかは知らないが、さぞや滑稽な寸劇が行われたに違いない。

この国はこれで本当に大丈夫だろうか。
posted by 紫乃薇春 at 20:16 | Comment(0) | ことばたち

2011年01月29日

褐色の箱庭

チョコレート〜20110129

室内は暖房と幾種ものスパイスと
セピア色の甘い香りで溢れている
今日は一日壺の中で過ごした

外は時折小雪の舞う宵闇
ただの突風か 遥かな火山の所為なのか
ごく稀にドスンと壁が揺れ
窓ガラスがビリビリと慄える
その度に肩をすくめる僕等

冬はあと幾日続くだろう
posted by 紫乃薇春 at 19:15 | Comment(0) | ことばたち

2010年08月30日

昼下がり

猫〜20100830壱

猫〜20100830弐

残暑を避け、日陰を見つけ
タイルの冷たさを確かめながら昼寝に勤しんでいたのだが
脇に停まった車のエンジンの音で不服そうに目覚めた。

その後近所の人達が立ち話を始め、やめようとしないので
彼は大いに迷惑そうに起き上がると、身震いをして
別のねぐらへと去って行ってしまった。

昨日と今日とで台風が三つも発生
うち一つは既に沖縄の付近にあって
今後に注意しなければならない。

昨晩の夕立も焼け石に水
残暑と名ばかりで、まだまだ猛暑が続き
秋の訪れはもう暫く先の様だ。
posted by 紫乃薇春 at 21:53 | Comment(0) | ことばたち

2010年06月08日

プラチナ・キャンパスの暁〜1989初夏(4)

日常生活における最大の不快感は恐らく、「快楽の儀式」の最中に外からの力でそれを無理矢理中断されることだろう。それが薬物による幻想でも、性行為でも、或いは何かの趣味に興じている時でも同じだ。快楽という意味ではいずれにしても正の方向に偏倚していた値が中断の瞬間強制的にニュートラルに引き戻され、真逆か或いはそれ以下の値になり、全身を苦味が貫く。
今し方の私に正にそうした現象が襲いかかり、その所為で虫が繭から這出す様に蘇りつつあった記憶もショックで元の穴の中に戻ってしまった。この時、私のいずれかの手が股間に及び頗る個人的な行為に耽っていたならば、負に落込んだ私の頭上には更に「羞恥」の二文字が杭の如く打ち込まれ、身動きすら赦されなかったに違いない。私が寄りかかっていた壁の脇の扉が不意に開き、脳の回路がショートする程の閃光―現実には部室の照明が灯されたに過ぎなかったが―を伴いながら5、6人の現役部員たちがどやどやと入って来たのだ! この「!」はこの時私の受けた正直な印象を表している。
実際には妄想に過ぎない自慰による辱めを免れた私は、我に返ると入室してきた部員達に眼と会釈で挨拶すると入替りにそそくさと退散した。

「緑」を出て、雨のすっかり止んだことを確認した後私は図書館へ向かった。先刻寄ろうとして止めた図書館だ。まさかそれを根に持って私を拒絶することはあるまい。気紛れなのはむしろ部室と私自身で、部室の御機嫌を窺う為先に寄ったのも事実だ。部室に人格(の様なもの)が宿るなど力説すれば多くの人から精神状態を疑われてしまいそうだが、部室の虫の居処が私に限らず全ての部員たち、もしくはその他の人々の入室を一切拒否することがあるのも事実だ。信じようが信じまいが。更に他人が拒絶された状態の、謂わば「閉ざされた」部室の中で一人悠然と、あたかもはらわたにうずくまるかの如く腰掛けて他人には表現出来ないような一人きり(もしくは部室と、二人きり)の行為に耽ることが出来るのは、私の身勝手な性質と時として同調する部室の気紛れによるものだ。
…結局の処図書館は私を拒まなかった。私はいつもの様に建付けの悪い古びた扉を容易く手前に引きながらすんなりとその螺旋状の体内に潜み込むことが出来たし、また同様に過剰な期待と不当な失望を抱くこともなかった。だが、この「いつもの様」というのは好ましさばかりを意味するものではなく、私は普段から図書館とそれ程に仲が良いという訳ではなかった。ここはいつでも砂漠の匂いが空間に充溢している。人の肺は元来無色無臭の大気を好む。そしてまた、気流の僅かなすきまを見つけて息を吐出す。ここの空気はそのいずれにも適さない。どんよりと澱んだまま、微かな流れも持たないからだ。あるのはむせ返るような埃に混った木棚と壁のコンクリートの匂い、そしてまたもや天井から降り注ぐアスベストの塵の雨。厳密に云えばそれらの堆積が生み出すささやかな流れがこのひびだらけの二階建ての建物の中にもないことはないが、それは気流というには余りにも静か過ぎ、また着実過ぎる為に決して渦を作らない。つまり、空気の(或いは匂いと埃の)密度は濃くなる一方で、所謂低気圧の場所がない。図書館内部のいずれの空間も手つかずの状態、つまり外部からの力を
加えられない限り絶えずその密度は濃くなるか、或いは一時的に進展を停止するかどちらかしかない。その様な(速度の緩急はあるにせよ)一方のみへの運動を続ける図書館内部(だけでなく、その条件を充たす空間)の大気が最も掻き乱されるのは外界との強引な接点を与えること。人間を含む動体が侵入すること。穏かに進化(もしくは退廃)を遂げつつある室内は扉が開いた瞬間渦を巻きはじめ、逆行を誘発し、そこかしこに気流の裂目が生じ出す。澱み切った大気の中でそこだけが匂いも色も透明(もしくは希薄)な箇所となる。つまり、結局人は自分の力で自分の居場所を作り出すのだが…図書館に来た今の私のすることは、目的もなく時間を費やす以外にはなかった。そして催す便意と共に過去の場所になる。この時も私は先程二度部室を訪れる間に催しはじめた生理現象に導かれ、この濃厚な大気の窟を後にしようとしている。

…そして私はキャンパスの別の棟の地階に設けられた個室の中に居場所を移した。
ここはいつでも(雨でも晴れでも)水の香りがする。「緑」の部室と違い、晴れの日でも決して陽の光のかけらさえ届くことのない構造の故かも知れないが、その香りは一種独特だ。
何年も、いや何十年も培われた臭気が籠ったままの、水というよりは干乾びた骨の匂いだ。晴れた日には臭気は固形化し、鼻腔を鋭く突くがそれ以上込上げることはない。一度雨が降ると臭気は融解し密度は薄まるが、活動性を持ち訴えかけてくる。水気を帯びた臭気は自由自在に鼻腔や肛門をすり抜けて体内に入り込み、最も居心地の良い場所を見つけて居座る。これがもうじき、本格的な梅雨を迎えるとキャンバスは一帯がこの臭気の「巣」になる。そうなると本来は「主」である筈の(と云ったが果たして本当にそうか?)我々学生もしくは教授たちの方が「外来者」として臭気の腹部に居場所を見つけ潜り込むことになる。その感覚は、幾重もの脂肪の襞を持つ巨漢と接した時に、その巨大な細胞と細胞の狭間に吸込まれそうになる感覚と似ている。重量級の体重が発する引力、もしくは重力によって―だが、それは決して不快なものではない。匂いが気になりさえしなけれぱいつまででも浸っていたいと欲する程の居心地の良さを覚えるものだ。実際こうして限られた用途の為の個室に潜む私は、この瞬間ならばこの臭気、個室と心中しても良いくらいの気分になっている。心中したい
ということではなくもっと微妙な感覚なのだが、伝わるものだろうか?

暫く個室に籠ったまま私は、念入りに描かれ、洗剤でも消去れない無数の落書きをひとつひとつ拾い上げるように眺めていた。
キャンパスは時限の谷間に入ったらしく、トイレの周囲も俄かに騒がしくなりはじめた。これ以上用もなくこの貴重な個室を私が独占していては誰かの障りになるかも知れない。私はおもむろに乱れた服を直し、水を流す。いわくあり気にコロンを振りまくと、扉を開ける。出合い頭に「個室」の前で待っていた短躯の肥った男に軽く会釈する。そしてコロンの香りを漂わせたままキャンパスを立ち去る。


(了)
posted by 紫乃薇春 at 22:06 | Comment(0) | ことばたち

2010年06月07日

プラチナ・キャンパスの暁〜1989初夏(3)

(キャンパスの捕虜―未完の断片)

講義室はかれを苛んでいた。息づまる圧迫感に頭蓋骨を両脇から圧し潰された恰好で荒息を上げていた。もがいてもどうにもならなかった。動こうとすればする程、かれは新たな苦しみを味わう破目になった。
≪こん畜生!≫かれは天を仰いだ。映るのは天井。肩を激しく上下させながら、次の瞬間、眼を見開いた。
≪アスベストだ≫―ウッ!とかれは一瞬呻き声を漏らした。先刻から胸がむかついていた理由に漸く合点がいった。僅かなな充足と、その何倍もの失意及び悪寒がかれの体内で交錯した。そして数秒の後、先程垂らしたかれ自身の呻きがこだまして耳に達した。
沸き起こる<恥>。かれは思わず赤面して顔を伏せた。≪くっ!≫自虐的な舌打ち。クスクスと後頭部に反射する女子学生たちの嘲笑い。かれはいたたまれなくなった。≪ここを出て行かねば!≫しかし手足は金縛りのように云うことを利かない。どんなに力を込めてもかれの腰は重く椅子に貼付いたままで、次第にかれの毛穴という毛穴から油汗がにじみはじめた。Tシャツもパンツも既に濡れ細り、おまけに両腋からは反吐の出そうな程悪い匂いが昇りはじめた。

―ナアニ、コノ匂イ?

かれの周りの席に腰かけていた学生たちが鼻を押さえながら噂しはじめた。

―ネエ、誰カおならシタ? 
―マサカ、シテナイヨ。
―ウウン、私モヨ。
―ジャア、何ナノヨ、コノ匂イハ? 

互いに顔を見合わせて眉をひそめる学生たち。そして、かれのすぐ後ろの女子がかれを指差し、非難の視線をかれに向けながら、隣の男子学生にささやいた。

―コイツダワ、コノ男ガ原因ナノヨ。

かれはピクッと背中を動かした。そのショックで腋の下にくすぶっていた悪臭が、更に広がった。

―ホラ、ヤッパリソウヨ。ソノ証拠ニ、コイツガ身動キスルタビニ匂イガ新ラシク散ラバルジャナイ。コノ男、ヒドイわきがナンダワ。キットロクロクお風呂ニモ入ッテナイニ違イナイワ。病気モチカモ知レナイワ。

かれは振向いてその女子学生を殴りとばしてやりたかったが、既に周囲の学生たち全員が彼女に同調し自分に敵意を持っていることを感づいて動けなかった。かれは発音されないか細い声で自己弁明をするより他なかった。≪違うんだよ、おれはちゃんと毎日シャワーを浴びているんだ、臭いのはお前らなんだよ、それにおれは今、それどころじゃねえんだよ、頭の真上のあのアスベストの天丼のせいで、息苦しくて堪らないんだ、毒の塵が降り注いでいるのにお前ら気付かないのか?あいつが全ての元凶なんだ≫そう口籠る間にも悪臭は一層広まっていたが、かれの全身はすっかり汗まみれになって、上着やズボンもズブズブになり、まるで服が汗をかいている風な状態になった。かれのわきがが講義室全体に充満して、教室中の学生たちが皆ざわざわとし出したので、鈍感な教授も黒板に落書きするのを中断して駆け寄ってきた。

―一体ナニゴトデスカ? ドウシタノデスカ? 

かれの前に座っていた男子学生がかれを指して云った。

―コノ学生ガ、変ナンデス。

変なのはどっちだよ、とかれはどなろうとしたが声にならなかった。

―ドウ変ナンデス、教エテクレマセンカ? 
―教授、コノ匂イニ気付カナインデスカ? 
―イヤ、アイニク私ハ今蓄膿症デネ、エッ? ソンナニクサインデスカ? ソレハ問題デスネ。デモ今ハ講義中デスカラ、ナントカ我慢シテ下サイ、アトデ私ガ厚生委員会二伝エテオイテアゲマスカラネ。

そういうと教授は再びチョークを持って教壇に立った。かれの周囲の学生たちはまだぶつぶつ文句を言っていたが、教授は耳も遠いらしく、彼等をもう相手にしないでせっせと黒板に落書きを続けた。
ようやく終業のチャイムが鳴ると学生たちはたまっていた怒りを爆発させたかのようにダアッ! と叫ぶとかれをグルッと取囲んだ。今日ハココマデニシトキマス、教授が講義室を出てゆく足音が聞こえたが、目の前に立ちはだかる学生たちにさえぎられてその表情はかれには見えなかった。かれが席を立とうとすると、前にいた学生の一人がとおせんぼをして、かれを椅子に押し戻した。≪何だお前は?≫かれの口から僅かに言葉が漏れた。かれにとおせんぼをした学生は、キッとなって眉を吊上げた。

―何ダ? 貴様コソナンナンダ? 

男子学生がかれに殴りかかろうとするのを、横にいた女子学生が制した。

―ダメヨ、暴力ハ。ソレニ触ッチャキタナイワ。

その言葉にかれはムカッとして、思わず唾を吐き捨てた。≪おれは汚くなんかないぞ、少なくともお前のその不細工なツラよりはよっぽどきれいだ≫かれの独り言が聞こえたらしく、その女子学生は眼を血走らせて云った。

―ワカッタワ、コノ男ハ裁判ニカケルコトニシマショウ、幸イ教授モ厚生委員会ニ伝エテクダサルソウダシ、裁判デコノ男ノ学籍ヲ抹消シテモライマショウヨ。

≪何だって、こいつは一体何を言っているのか自分でわかってるのか? 第一厚生委員会って何のことだ≫かれは口を挟もうとしたが、女子学生はそのすきを与えずに言葉を続けた。

―自分デ何ヲ喋ッテイルノカワカッテイルカデスッテ? オアイニクサマ。アナタガ何ヲ考エテルカ、私ニハ全テワカルノヨ。ダカラ変ナ考エハ起コサナイコトネ。ソモソモ裁判トイウノハ、アナタミタイナ人ヲ取締ルタメニモウケラレタノヨ。コノキャンパスニ有害ナ贋学生ヲ処分スルタメニダワ。迷惑ナノヨ、アナタミタイニ不潔ナ人ガ大学ニ来ルナンテ。

かれは何か彼女に云い返そうとしたが、不意に訪れた眩暈で呆然となり、口をつぐんだ。どうやら、アスベストの毒素が脳に回りはじめたらしかった。かれはギョッとして身動きしようとしたが、体がかれの意思を受容れなかった。机に枝垂れかかり、鼻汁と涎を垂らしながらかれは微かに思考を巡らせた。≪何故こいつらは大丈夫なんだ、アスベストの塵を吸込んでどうして何ともないんだ?≫意識が薄れはじめ、学生たちの口々の罵声の中でかれは失禁する自分を感じた。≪嗚呼!≫しかしもはや取繕ういとまもなかった。

―ヤッパリコイツハ異物ダッタンダ、失禁スルナンテ。ヤアイヤアイオモラシ男。

学生たちは小学生の様にかれを囃し立て、ワイワイ騒ぎながら講義室を出ていった。
一人取り残されたかれはボロボロの布切れの様な息遣いで≪お前らはおれをなぶり立てた上に見捨ててゆこうというのか、おい、頼むから待ってくれ!≫と学生たちを呼んだが、声にならない声は閉じられた扉にむなしく反射するだけで埃だらけの床に墜ちた。かれの虫の息も、泥まみれになった油虫のように消えかかり、忘却を迎えようとしていた。



雨は止んだ様だ。だが記憶が曖昧で、呆然と物想いに耽っていたか、或いは眠っていたのかも知れない。
アスベストには或る種の麻薬に似た力があるかも知れない。静かに降る塵が鼻腔を通じて体内に吸収されると時折我を忘れる程手足或いは頭の神経を興奮させて、しかも確実に体を蝕んでゆく。「自分でなくなる」感覚が実際には感覚だけではなく現実に進行する物理?的事実だけれども、それも麻薬たる所以であり、積極的な快楽となって頬の皮膚をチクチクと刺激する―LUXUALY! 「快楽の奴隷」―大英帝国出身の伝統芸と化したロックバンドが70年代に唄っていたマゾヒスティックな曲のタイトルが一瞬頭に蘇ると、それは当時の、別の記憶も掘り起こす。当時と云っても脈絡なく明滅する断片的な記憶だが、しかしいずれもほぼ同時期の記憶、或いは体験。とりとめのないイメージが幻燈の様に入替り立替り回帰し合う処を見ると意識は酩酊している様だが、居心地が良いのでそれに従う。

(中略)
posted by 紫乃薇春 at 21:01 | Comment(0) | ことばたち

2010年06月06日

プラチナ・キャンパスの暁〜1989初夏(2)

(挿話)
私がこのキャンパスに通いはじめた頃、この薄暗い廊下の中で体育会系の或るサークルに所属していると思しき女子学生を見かけた。それは素敵な女性だった。珍しく自分から積極的に働きかけたくなる程に。しかし当時まだ内気に支配された私にそれは結局果たせなかった…彼女の隣にもう一人別の女子学生が寄添い、裁判官のような眼差しでこちらを見ていたからだ。その学生の視線は実際には私に結ばれていた訳ではなかったかも知れないが、もしもそこで私が軽率な行動に出さえすればすぐさま焦点は私を捉え、引掻いた傷痕のような笑みを浮かべながら私を裁きにかかるだろう。判決は死刑、もしくは追放。市中引回しの末にだ。そうなればここに居続けることはおろか、如何なる形においても私が社会復帰を果たすことは不可能だろう…あたかも性徴以前の少年の如き妄想に打ちのめされ、顔から火を噴きそうになった私は誰もいない自身の部室へ飛込んだ。だが拭い切れない彼女の一眼でそれとわかる娼婦の本質とそれを裏づけるように鍛え抜かれた体つきはそれ以後執拗に私の脳裏に棲みついて、一体私は幾度さみしい夜を彼女の影でまぎらわしたことか。望んでも寂しさを手に入れることの困難になった今でもそれらの日々の痕が、私の北向きの部屋の軋むベッドに敷かれたままの湿っぽい綿布団のそこかしこに幾多の黒く落ち窪んだしみとなって刻まれている。
それから一年の後、私は郊外に新設された海の香りのするキャンパスで再び彼女を見かけた。その時既に彼女は娼婦の本性を剥出していた。髪型は真直ぐだったのが処々パーマを当てられ、その色は漆黒から褐色に変り、アイラインも丸く柔らかだったものが有刺性の刃物の印象を与えるようになっていた。勿論そうした変化だけで内面を語るのは浅薄といえようが、彼女の場合は本来の性質が器に滲み出たと見るべきで、加えて非の打ち処のない筈だった体の線は既に崩れ始めていて、所謂「スレた」状態を想わせた。…前年、彼女を見留めた頃の私ならぱ恐らくその変容には為す術もなくショックを受け泣き出していたかも知れない。だがこのキャンパスという舞台における一年は私自身をも着実に変化させていた。同時に一年の月日は彼女への欲望も多くを失わせていた。その後私は幾度かプラチナ=キャンパス或いは郊外のキャンパスで彼女を見かけたが、その度に本質へと逆行する旅を続ける彼女の姿を時の流れは演出した。しかしそれも暫くの間で、私がこのキャンパスで三度目の春を迎える頃には全く見かけなくなり、いつの間にかあれ程くっきりと焼きついていた筈の彼女の容姿も私の記憶から原型を消去ってしまった。

陽の当たらない地下二階の廊下に立ち並ぶ扉のノブのひとつを捻り押し開けると、そこは廊下以上に雑然と散らかるゴミが床を彩る我が部室だ。室内はやはり薄暗い。だが向いが窓になっているので、陽射しの強い日には入室した瞬間に瞳を焦がしそうな光に驚く…というのが印象だが、実際には明るいのは窓の外だけで、室内との明暗のコントラストは十九世紀末の絵画を思わせる。不自然な程の明暗…これが曇りがちの日となると大分話は異なってくる。
室内の暗さは今程濃厚なものではなくなり、薄汚れた窓の外の明るさは構図同様室内と連なって見える。そして色調は限りなく無彩色に近く、茶色みがかっている。黒ずんだ茶色と黄ばんだ白との剥出しの画は或る映画の一場面と重なる―『ノスタルジア』。最も優れた映画監督の一人アンドレイ=タルコフスキーの、中でも一際特筆に価する作品の頗る胸に残る場面にそっくりだ。ロシアの詩人ゴルチャーコフがイタリア=トスカーナの宿の一室で寝台に横たわるシーンだ。あの部屋のベッドの左脇に据えられた窓の構図。殆どモノクロに近い色彩の中でカメラは徐々に窓をクローズ=アップしてゆく。暗い室内に対して窓は明るい(ただし陽射しは見えない)。だが、その向うは古い壁である。そして水。
この部室の窓の外も壁、いや正確には向かいの棟の窓が見えるのだが、そのガラスは数十年間替えられたことのない古い匂いを放ちながら黒ずみ俯いている。通しが悪く向こうは望めない。つまり壁の様なもので、無彩色かつ冷たい潤いのある空気が肌に馴染む私はしばしば暗がりに身を委ねたままでいたくなるのだが、光がはびこるこの日はすぐ扉の横のスイッチに手を添えて照明を灯した。私にとって決して快適とは云えないが、晴れた日の違和感を拭う為には肝心なことだ。

入口の自動販売機で冷えた缶コーヒーを買った私はカフェインの作用で一息つきながら現実の思考に戻った。
電話ボックスの前で視線のパントマイムを演じた女子学生のことがその時再び脳裏に蘇ったが、顔は既に思い出せなくなっていた。ひとつには真正面からしっかりと見なかったことも理由にあるが、つまり私にとって彼女はその程度の興味の対象でしかなかったに違いない。二、三秒後にはそのことへの関心も失せはじめた。それから私の思考は電話をかけた先、即ちこのキャンパスの近くに棲む友人のことへと移った。
彼は―ここで彼が電話に出なかった理由、もしくは不在の理由を考えてみようと私は前屈みの気分で足を組んだが、しかし理由は実際には問うまでもないことだった。…恐らくは。沖縄出身の彼は今、帰郷している筈なのだ。もう数ヶ月も前にそう告げられたことを思い出した。今回はちょっとばかり長くなるだろうと云っていたので、恐らくまだ故郷で過ごしているのだろう。
それに気付きながら私の思考は次に自分自身に向き直った。この都内に棲む友人は、私とこのキャンパスで同期だった人物だ。この大学に至るまでにはお互い色々と経緯もあり年齢にも差はあるが、そういうことはキャンパスという巨大な爬虫類の舌の形をした無機物の上では全く問題にならない。むしろ重要なのは巡り合せだ。キャンパスの腹上でお互いが出会う確率と、最低四年の歳月をどれだけ共に過せるかというタイミング。希有の確率を以て私は彼と巡り合えた訳だが、私の思考は同期の二人が何故今食い違う様な状況の下にあるかということで、平たく云えば彼は卒業し社会生活を営んでいるが、私自身は今尚キャンパスを徘徊し続けていることへの関心もしくは疑問である。理由を問うのは無粋だが、おかしいのは私なのだろう。
…本来は自身にとって好都合な筈の誰にも干渉されない思考によって何やら雲行きが怪しくなりはじめたので、私は一気に缶コーヒーを飲干すと考えるのを止めて部室を出た。再び暗い廊下。外から入ってきた時にもそうだったが、急激な明度の落差でしばらくは盲目と等しい状態に陥る。こんな時に真正面から斧を振り降ろされたりしても恐らくその鈍い刃が頭蓋骨にぶち当たる瞬間まで気付かないだろう。気付いた時にはもう遅いという寸法だ。危険な香りが脳内から漂ってくる。部室の灯りを消したままでいれば良かったとせつに願うのはいつもこの香りを鼻にする時だ。晴れぬいた陽射しの日には灯りを消していようがいまいが同じことなのだが。

階段を一階まで駆け上り、「緑」の外に出た時私は初夏という季節の天候の変化に驚かざるを得なかった。さっきまでの黄色い空はゆがんだ太陽もろとも消え失せ、代りにその豊満な下腹部を毛穴まで覗かせていたのは無彩色この上ない雲の群れだった。空気は湿っぽくざらついて、視界は白々と感じられたが、実際はむしろ黒に近い灰色だろうか。
墜ちてきそうな空を見上げながら私は立ち止まり、また数秒間迷いの呈を示したが、踵を返すと再び部室へと逆戻りした。

失われた陽光の為に先刻よりも一層暗くなった地階への階段は、無造作に貼られた活動学生の手によるビラで殆ど元の壁肌が見えない。しかもそれらは幾度も幾度も貼り重ねられ焦土の表面に似て見えたが、僅かに青い光が漂うだけの視界の中でそれはヌルヌルと粘液状の生命カを感じさせ、あたかもとぐろを巻いた環形動物の腸内に滑り墜ちてゆくかの如き感触を覚えた。しかも空気は階段を下るに従い底の方から冷たい水に変りはじめたように思われて、キャンパスの水面下で溺れ死ぬのではないかという恐怖感と、得難い性的快感を充たされた時に覚える身を捩るような心地良さとが足の付け根から左の胸にかけて絡まり蠢いて、心ならずも動悸が早まるのを感じて戸惑った。
階段を下りきる辺りで快い打楽器のリズムが耳に届いた。雨が降りはじめた様だ。再び部室に入ると今度は電灯を消したままで閉めた扉に寄りかかり、向いの窓を見つめ、それからゆっくりと視線を移動し、天井を見上げた。くすんだ白と擦切れた黒の細長い水生昆虫たちが何千も抱き合ったまま陸に揚げられ、ぺしゃんこにのされて干乾しになった様な、結果としてはムラのある灰色に見える天丼がかすかに揺れている。
アスベストだ。晴れて陽射しの気配のする時はそうでもないのだが、空気が湿り気を帯び始めると俄かにそれは存在を主張し出す。微妙に酸味を含んだ焦げ臭さが無数の塵と共に降り注ぎ、壁際に立つ私を両脇から捉える。さして広くはないが迷路のようなこのキャンパスの最も深く、また陰に満ちた部屋の中で両足は硬直し、耳は雨だれ以外のものを拒絶する。キャンパスの生贄、いや捕虜だ。そういえば嘗て「キャンパスの捕虜」という題の散文を書いたことがあった、中断してしまったが。雨の降る夕暮のキャンパスで、アスベストの塵に胸を冒されていた頃に。
posted by 紫乃薇春 at 20:10 | Comment(0) | ことばたち

2010年06月05日

プラチナ・キャンパスの暁〜1989初夏(1)

六月初旬の昼下り。この弓形に連なる島国の中程、平仮名の「く」の字に折れる外側の突端近くに位置する首都はまだ梅雨を迎えてはいないので、気温は昇り坂を踏み留まる気配を見せようとしない。いわば「初夏の陽気に包まれて」といったところだが、初夏の陽気といえぱもう少し、春の延長を想わせる心地良さが欲しい処だ。しかし実際は「夏」の文字を充てるに違わず、真夏を匂わせる陽射しが容赦ないのが通例だ。この年も例に洩れず、やや不安定ではあるものの晴れ間が覗けばたちまち眩暈に襲われる。幾らか気温が下がる梅雨が恋しくもなるが、いざ入梅すれば今度はむさ苦しさに閉口するだろう。

この首都の象徴ともいうべき環状鉄道の南端の急カーブの内壁に張りつく程の位置にある狭い大学のキャンパスを私は徘徊していた。……この環状線は地図を眺めると随分ユニークな形をしている。環状線そのものは南北に縦長の楕円に近く、北半分(地図上では上)がやや膨らみを帯びているので、丁度鶏卵を逆さに立てた風な印象を覚える。そこに幾多の路線がもつれ合い、殊に首都圏では嘗ての国有鉄道の他に幾多の民間路線が往来しているので、総図はまさにほつれた蜘蛛の巣網、もしくは蟻地獄の巣穴を見ている様な気分になる。首都の実態を思えばいずれも相応しい。それは一度陥ると加速をつけて引摺り込まれる、地上のブラックホールなのだ。
環状線を含む嘗ての国鉄を赤鉛筆なりボールペンなりで辿ってゆくと浮かび上がるのは、枝別れする薔薇科の樹木と、それに掛かる大きな繭。卵から繭へ、それは成長の過程だが、果たしてこの首都は今も進化を続けているのだろうか。「都会(まち)は生きている」といつだったか、もう何年も前に流行った文芸作品、或いは流行り歌で詠まれた様な台詞を思い出す。だが今の首府は既に疲弊し切っている様に感じられる。

「プラチナ・キャンパス」と呼ばれるこの学舎を訪れた理由は特にない。ただ、母校であるということ、その懐かしさに誘われただけでしかない。肝心なのは私がここにいる理由ではなく、これから何をしようとしているか、だ。果たして本当にそうか。だが、深くは問うまい。古いチャペルの向い側、銀杏並木の脇の電話ボックスを前に腕組をしている。
カード使用可の緑色のプッシュ=ホン。前世紀末には全盛を誇ったが、昔は空想科学小説の中の玩具でしかなかった携帯電話が現実に登場し普及してからは廃れてしまった哀れな遺物。だが確かに世話になった恩を忘れてはいない。
扉を開けて受話器を握り、たどたどしく電話番号を押し終えて都内に棲む友人の声を待つ。ラ行の発音に似た呼出し音が等間隔に繰返される。踊るような期待と恐怖に似た不安とを心臓の襞にバッチワークの如く縫いつけるこの断続音がプッシュ音よりも私は好きだ。これが回を重ねれば重ねる程苛立ちや不安が募るのも事実だけれども、反面果てしなく続くことを祈る想いも秘めている。呼出し音が三回か四回鳴ったところで―ガチャッ!と先方の受話器が外れるあの余韻のない、息を殺すような音がする瞬間、それが私にとって最も不幸な瞬間のひとつだ。動悸は明らかに速まり、しかも不規則に刻まれて、左胸奥のスペアの利かない果実型の筋肉が酷使されるのを如実に感じる。数年分の寿命が一瞬のうちに費やされる。それを防ぐ為には先方が留守であることが明らかな家(しかも留守電機能を持たぬこと)にかけるか、或いははじめから電話などかけるべきではないだろう。とはいえこの思いやりを持たぬメディアを無視しては成立ち難い処が現代社会、少なくともこの国の憂鬱な現実に違いない。
かけた先の呼出し音がきっちり二十回続けて鳴るのを確かめた後、私は受話器を元の位置に戻した。チャッ! という咀嚼を思わせる短い音と共に小さな「返却口」に十円玉が三枚ばかり転がり落ちたことで、今しがた近くを通りかかった数人の女子学生たちは私がテレフォンカードを使用していなかったことに気付いたかも知れない。が、彼女たちは実際には私に無関心にすぐ通り過ぎ、代りに私に粘液めいた関心を寄せたのは、私の隣のボックスからと或る先方に電話をかけていた別の女子学生だった。
友人はこの時不在だった。いや或いは我を忘れて熟睡しているのかも知れないし、或いは誰からも愛されなかった数日の間に栄養失調と水不足とで干乾び所謂「ミイラ」と化してしまった可能性もなくはない。この際の「愛する」とは何らかの形で触合うことを意味しており、その手段は直接会うのでも電話でも構わないが、一方通行でしかない手紙、或いはメールでは意味がない。然るに彼が「ミイラ」化しているとすれば少なくとも逆上って一週間以上の間誰とも触合っていなかったのではないか? もしその間に誰かが彼と接触する意志を持って行動を起していたら、彼と実際に接することが出来たか否かに関わりなく彼の身の上の異変に遅かれ早かれ気付くだろうし、そうなれば微妙な時差はあるにしてもいずれは私の耳にもそのお世辞にも愉快とは云えないニュースが伝わってくるに違いない。
だが私はこうした可能性―即ち電話先の友人が眠りに墜ちている或いは干乾びている(かも知れない)という想いを二、三秒の逡巡の後に否定し、電話ボックスを離れた。隣を使用していた女子学生が物問いたげな様子でいたが気づかぬ振りで脇をすり抜けるとキャンパスの奥に建つ図書館に向かった。
女子学生が私に関心を持った理由もそれとなくわかっていた。私が受話器を握っている間、ただでさえうだる様な初夏の空気が棺桶のように狭いボックスのドアを閉め切ったままでは一層の熱気にむせるのを我慢出来なくなり途中でバタン! とボックスが歪む程の勢いで扉を開け、それを片足で押さえたままにしておいたこと、その一瞬に私が彼女に送った卑猥な流し眼が―実際には私の眼は彼女に焦点が合っていた訳ではないのだが―幾分気に障ったのだろうと思う。けれども私は基本的には余程積極的に興味を惹かれた相手でなければ(女でも男でも)自分から働きかけることがない。それは消極的な私の性格故と言えなくもないが、つまりは相手に出来る限り能動的に振舞ってもらうのが好きなのだ、相手が私に興味があるのならば。
キャンパスを奥へと歩く闇、背後につける気配は感じられなかったのでどうやら女子学生の私への関心は希薄の域を出なかったらしい。

図書館の入口まで来て私は二、三秒躊躇った。これは、誰しも多かれ少なかれ備え持つ優柔不断さというもの。或る目的に向かって行動しているが達する寸前、「本当にこれで良いのだろうか?」と惑う、不安。これは「だらしなさ」だろうか? 自己防衛の「本能」とでもいうべきものだろう。
結局、私は図書館をびとまずボイコットして、所属していたサークルの部室へと向かった。

部室の集まる棟は通称「緑(の広場)」で通っていて、……実の処は新築当時から外壁は黄土色、内壁は剥出した灰色のコンクリートだったに違いなく、おまけに今では学生たちのとめどなく吸い散らかす煙草や建物の隣にある焼却炉の絶え間なく噴出す灰塵によってすっかり煤にまみれ、黒ずんでしまって、一体どこが緑なんだ?―HAHA、ということになるのだがしかしこの場合の?や嘲笑はあくまでも名称と実態が一致していないことへの悪意のない戯れであって、その不一致に不快感を訴えている訳でもないし、またこの建物自体への嫌悪の顕れというのでもない。むしろ、健康を害しそうな程のこの遺跡にも似た建物に私は非常な愛情を覚えている。
「緑」は、キャンパスからは地上につき出した二階建てだがその一階に開かれた茶色い蟇蛙の笑いに似た入ロ―実際には「緑」の一階とキャンパスの庭とでは低い腰ひとつ分くらい段差がある為、そこに入ってゆく過程には四、五段程の階段を上らねばならない―を入ってゆくと昼でも薄暗いホールに飲料やインスタント食品、或いは煙草等の自動販売機が立ち並んでいるのがまず眼に入る。
右を向くと食堂がある。昼下りには必ず誰かが何処かの食卓を陣取っていて、それも一人二人ではないので、関心を傾けなくても雑談が耳に入る。
それから左を振向くと、食堂のメニューを陳列した棚を挟んで上と下への階段がある。二階はやはり食堂で、一階のホールのメニュー棚は実は二階のものである。。一方、下へと続く階段はこの建物に地階があることを意味していて、陰なる世界への好奇心を人並みに持っている人ならばその欲求を充たす為にそれを降りてゆくことに躊躇いを覚えはしない程度の解放感を湛えながら待ち構えている。その巧みな誘惑にのって地階に下ってゆくとはじめて、それまで片鱗も見せてはいなかった部室の群れが姿を顕す。しかも地階は一層だけではなく私の所属サークルの部室はより深い地下二階にある。何があろうと日光が直接差込めることはない古い廊下は既に元の色がどうであったか誰にもわからない程変色しているようで、キャンパスの門の開いている時間帯ならば、いや門の閉ざされた時間でさえ幾人かは必ずいるいずれかのサークル所属者特有のキナくさい体臭に混ざる様に黴臭さを醸しているが、それはやがてここに棲む覚悟を決めた者にとっては一種の郷愁すら感じる芳香だ。それに馴染めない人はいずれサークルから姿を消してしまうのが慣わしである様だ。……
posted by 紫乃薇春 at 17:18 | Comment(0) | ことばたち

2010年04月28日

迷子のオブジェ

吹き流し〜20100428

何処から迷い込んだか
持主不明の訪問者
posted by 紫乃薇春 at 17:28 | Comment(0) | ことばたち

2010年04月21日

不義理の部屋で

二十一年前に産み落とされた言霊。

**********************

日付が変わる
二時間程前には眼覚めていたが
雨戸が半開きで
ガラス戸も網戸を残して開いていたので
これで雨なら 僕はいい濡れネズミだ
それから半時間程は
布団の中で自分の体と戯れ合ってた
血管と肉の襞を波が次第に一点へと打ち寄せ
心ならずも 「あ」と短い声を漏らした瞬間
それは時が逆行しはじめる瞬間でもあって
指と 波の退いた浜辺を紙で拭うと
雨戸と窓を閉めた

今 部屋は黄色いランプの下で
しわ寄せた顔で踊り狂っている
遠くで汽笛
(警笛?)
でも (彼)はこの部屋の住人じゃない
隣家の爺さんに覗き見された気分で
ランプを消した

秋の果実の季節から
夏の終りまで
眠りにくるまって過ごした

イェロー・ランプを再び灯すと
フィラメントが切れたので 僕はライターを探しあてた
左手に火 右手にペン
次第に熱を帯びはじめる指先にひきかえ
この部屋は 底冷えがするようだ


(1989.4.21)
for T.I.

**********************

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無断転載等一切は固くお断りします。
posted by 紫乃薇春 at 20:19 | Comment(0) | ことばたち

2010年01月20日

大寒

「大寒」と呼ばれる暦の日
だが今日は上着も要らない程
暖かな一日となった

風が吹いても春の香り
いやもっと生温かい肌触り
新春という言葉はあるが
立春を迎える前から春の風とは
おかしな気分だ

幾年か前 年末の寒波と裏腹に
年が明けると程なく春の
訪れた年があったが
今年もそんな塩梅なのだろうか
太宰府天満宮の梅が例年より早く
既に咲き始めているらしい

夕方 須佐の社にお参りした
桜はさすがにまだ咲かないが
この調子なら 綻びが
早まるのではあるまいか

終日雨が落ちている
霧にも充たない微かな滴が注ぎ 枝に点る
地面には溜りが出来て空を映す

夜 激しい風と共に
雨音が窓を慄わせて過ぎた

社〜20100120

雫〜20100120

鏡〜20100120
posted by 紫乃薇春 at 22:31 | Comment(0) | ことばたち

2009年08月20日

森〜20090820壱
自宅の近くには幾つかの小さな山があり
その山にはそれぞれ森がある
山火事や野火事で焼けた斜面もあるが
ふた昔も前のことなので
今では新たな草や木が生い茂っている

今はそれより 人の手が入って削られた山肌が目立つ
森の面積も子供の時分に比べて少なくなった
木立の減った分だけ人口が増えて
またこの土地で新たに生まれた子供達も増えて
馴染みのない顔を多く見かける様になった

それでも家から畑の脇を通って繁華街へ降りる途中の山と
何年も前に撤去されてしまったモノレールの廃線を潜って
隣の町へ抜ける山は今も健在だ
だが繁華街へ降りる山道は傍らに集合住宅が建ち
渇いた遊歩道へとすっかり整備されてしまった

隣の町へ抜ける山道のある森は今でも鬱蒼として
この頃の土地開発の流れから取残された様だ
繁華街までの山道が舗装されたのと裏腹に
こちらは年に幾度か訪れる激しい雨風に侵されて
道の一部が崩れたのをそのままにされている
雨降りの後など滑り落ちそうで踏込めないが
晴れた日でも足元を掬われそうで通るのを躊躇う
普段行き来するのは森の向こうに畑を持つ農夫くらいで
昔よくその道を通った青年達にも忘れられた存在だ
だが人通りがないことは虫達にとっては天国で
この残暑の下蝉は声を枯らして鳴いているし
足を出す毎に種類もわからぬ蝶や蛾やその他の羽虫が飛び立つ
足下に気を取られながら歩いていると蜘蛛が巣を張り待ち構えているし
時には大きな蜂が唸りながら飛んでくることもある
一歩踏入れば森を抜けるまで一本道なので
蜂を怒らせてしまったら命取りだ
恐怖心が先に立てば絶対に立入らない方が賢明だ
森〜20090820参
だが昼間はまだ木漏れ日が差し
目の前に何があるかも見えるから良い
夜の森は危険だ
道の崩れた場所も踏んでみなければわからないし
気づいた時には谷底に嵌ってしまい 助けを呼んでも民家は遠く
夜が明けるまでそのまま埋もれているしかないだろう
藪蚊が無数に飛交っているので
一晩も過ごしたら体中腫れ上がるに違いない
だが蚊よりも怖い毒蟲が落葉の陰から這出して
咬まれたり刺されたりするのがもっと怖い
そんな時は 無害とわかっている蝙蝠の羽の音や
梟の鳴く声さえも怖い
樹に繁る葉に遮られて星さえ見えず
魔物に囚われた心地で慄え上がるだろう
生きてこの森を再び出られないという
果てのない想いに憑かれてしまうだろう
そんな夜更けに 実際には寄りつくことはなくても

子供の頃と同じ妄想を抱きながら
思い出した様に時折歩いてみる
すれ違う人もない
百メートルもない 森の道
森〜20090820弐
posted by 紫乃薇春 at 21:18 | Comment(0) | ことばたち

2009年06月16日

昼顔

昼顔〜20090616

「昼顔を毟ると雨が降るよ」
子供の頃に聞いた話を
この時期 毎年思い出す

紫陽花の賑わいを余所に
ひっそりと咲く 雨季の花
posted by 紫乃薇春 at 15:45 | Comment(0) | ことばたち

2006年12月08日

ゆがんだ季節


 若人たちの季節はすぎた
 朽ちゆく白梅のあとに
 紅すぎる桜も散って
 あとは   太陽が灼け落ちる
 さびた鉄の匂いと
 塩の結晶が地表を覆う
 黄色くゆがんだ季節を待つだけ

 眼をそむけたくなるような
 むきだしの生肉を干物にしたような
 そんな裸の出来事が起きた
 いいや   ひとつだけじゃない
 唾を飲みくだすひまもないくらい
 ああ、日々の出来事なんだ
 これが、とてもじゃない
 すむための日常じゃない

          想い出した日々をたずねて
          海を散歩してみたんだ

 砂は死んでいた
 灰色のはらわたを上に向けながら
 そしてここにも光の粒が
 なんて塩辛い、風
 こうして立っていると皮膚も肉も溶けてゆくんだ
 骨は犬がくわえてもってゆく
 すべて、なくなってしまった 」



(「もはや、何も残らず」〜1989.3.10
 小田春史 詩集≪ゆううつなことばたち≫〜『冬の詩篇』より)

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 無断転載等は固くお断りします。
posted by 紫乃薇春 at 13:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | ことばたち

2006年08月08日

立秋

夜半過ぎに帰宅した
今夜は朧な月が浮かんでいたが
星は滲んで形を持たなかった
寝苦しい 熱帯夜のことだ

未明 彼方から雷鳴がした
ニュースによれば 台風が近づいているらしい
私の部屋は窓が厚く 気配が鈍い
階下に下りて耳を澄ますと
足早に 雨音がした

今日から秋
だが 額の汗は止まらない
まだ 仕事はこれからと
夏が含み笑いをしている様だ

窓布を捲ると
一筋の閃光が屋根瓦を貫いた

今日から秋
昨日出逢った立羽蝶やミンミン蝉
金蚊や女郎蜘蛛は
この雨の中 どう過ごすのだろう
これも試練と耐えているのか
恵みの水と賛歌するのか
それとも 散り落ちる葉を追って
命を急ぐのか

今日から秋
書棚の中の忘れ物の様に
一人 夏に置いてけぼりを喰っている
posted by 紫乃薇春 at 03:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | ことばたち

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