2015年03月08日

佐賀へ

先月半ばに佐賀へ行き、コメダ珈琲店に寄った際に気になるポスターを見かけた。佐賀交響楽団定期演奏会のお知らせである。曲目はワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲、珍しいハイドンのトランペット協奏曲、そしてドヴォルザークの交響曲第7番。
そういえば久しくクラシックの、殊にフルオーケストラの実演にも接していないな、と思った。帰りがけレジの前にチラシがあったので、参考にと1枚貰って店を出た。
それからずっと頭の片隅にそのことがあって、しかし最近まで今月の仕事の勤務指定がわからずにいた。日曜日は出番であることが多いので、余り期待は持たずにいた。
けれども先月末に漸くシフトが明らかになって、見ると丁度当日が非番になっている。おかげで今日、無事佐賀まで駆けつけることが出来た。実はいささか寝坊気味だったが、幸い家人も今日は休みで、珍しく高速道を飛ばして佐賀まで付合ってくれた。

会場は佐賀市文化会館。日曜日の為か開場が13時30分、開演は14時と早めである。
佐賀へ〜20150308壱
開場の時刻よりは少し遅れて、しかし演奏が始まるまでには充分間に合って、コンサートは聴かず佐賀の街散策を楽しむという家人とは後程待合せることにして、当日券を買い場内へ。駐車場はほぼ満車に近い感じだったが、客席には随分余裕がある。1階席にも空きはあるが敢えて2階へ上がった。久々のクラシックコンサートで緊張も少しあり、空いている最後列で寛ぎながら聴くことにした。


佐賀交響楽団 第38回定期演奏会

2015年3月8日(日)
佐賀市文化会館大ホール

ソリスト:金丸響子(トランペット)
指揮:今井治人

ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲。
冒頭の和音と各声部の進行から力強く、明快なこの作品。途中調整の崩壊してゆく箇所もあるが、それすら確信を以て描かれる。正に勝利の音楽。実は実演では殆ど聴いたことがなく、今回殊に楽しみにしていた。
アマチュアのオーケストラにありがちな、抜けの悪い籠った音をしばしば感じるのが残念だが、楽曲は演奏を凌駕する。そんな好例だった。木管楽器が終始安定していたのも、この曲の中盤など実に活きていたと思う。歌劇、楽劇を問わずワーグナーが描いた全音符の中で最良の成果のひとつがここにある。某音楽評論家の決め台詞ではないが、聴いていて文字通り「目頭が熱くなった」。

実に不勉強ながら、続くハイドンのコンチェルトは初めて聴く曲である。知らずに聴いたらモーツァルトかと思う様な心弾む旋律に溢れているが、忽ち別世界へ飛んで行ってしまうのではなく楽想を吟味しながらじっくり展開する処がハイドンらしさか。
ソリストの金丸響子史は佐賀出身のトランペッターで、或いはこれが凱旋公演であるのだろうか。柔らかな音色を持ち、高音部は時として木管楽器を思わせる響きが独特である。ワーグナーに比べ小編成でのアンサンブルがソロ楽器を引立たせながら、決して只の脇役としての伴奏ではなく対等に会話し合い豊かな音楽的感興を生み出しているのが印象的だった。

約15分の休憩を挟み、メインプログラムはドヴォルザーク。
今回のこの、第7交響曲というのが少々ユニークな選曲である。よく知られる第9番(“新世界より”)或いは『イギリス』としばしば呼ばれる愉悦に満ちた第8番ではなく、確かにドヴォルザークの後期3大交響曲と呼ばれてはいるが、7番は愛称で呼ばれることもなく出番もやや少ない。しかし楽曲として劣っているかと云えばそんなことはなく、旋律美の大家であるドヴォルザークらしい魅惑のメロディーに満ち、8番よりも重厚で、構成の点では9番よりも整っている。まとまりが良過ぎてやや地味な点を除けば、ドヴォルザークの最高の作品のひとつであることは間違いない。
弦楽と金管楽器による第1楽章冒頭、ミストーン等もありやや乱れてしまったのが残念。演奏全般を通じて、木管楽器に比べ弦楽器は音が籠り気味であり、金管楽器は音程の維持に苦心している様に聞こえた。ティンパニ奏者は出過ぎず、常に全体を考えながら実に適切であるが、時にはバランスを無視して突抜けても良かったかと思う。良い意味でそれが他のパートの刺激になることもある。
曲頭いささか靄々としてしまったが、演奏が進むにつれ内圧が高まってゆく様な緊張感。籠った響きが次第に開かれてゆく。楽音に歓びが漲ってゆくのがわかり聴いていて慄えた。職業音楽家と違い、たったひとつの演奏会に向けて培ってきた情熱が全て注がれ、花開く。私も嘗て同じ立場にいたから、その歓びが身にしみる。
指揮の今井治人氏は佐賀大学の文化教育学部准教授とのことだが、技術的に万全とは云えないアマチュア・オーケストラから楽員達の自覚を喚起し、大ホール最後列までもダイナミックに伝わる響きを引出したその手腕は敬するに価する。


終演後、佐賀のゆめタウンにいるという家人と合流し、店内での買物と食事をした。
佐賀へ〜20150308弐
コメダ珈琲店にお礼参りに行きたい処でもあったが満腹になり過ぎ、断念。その代りではないが帰途に寄ったスーパーでさがほのかとチョコショートを買い、帰宅して夜のティータイム。さがほのかは酸味控え目で糖度が高く、何もかけたりつけたりする必要のない美味しい苺。チョコショートも正にチョコレートケーキの王道を行く味で、頗る満足した。

佐賀へ〜20150308参

posted by 紫乃薇春 at 23:25 | Comment(0) | 音楽

2013年11月10日

灰野敬二 at YCAMDOMMUNE

現地ではなく、DOMMUNEのネット配信を視聴。
20時頃より1時間弱のソロ演奏。ヴォイスによる独白から始まって、エレクトロニクスが加わり比較的音程のはっきりした歌唱が現れ、その後ギターも使用して(いつもよりは短めながら)巨大なうねりを生み出してゆく。久しく接しておらず懐かしさすら感じる音色だが、音の出し入れが以前より豊富になった気がする。
演奏の後、21時頃からは文筆家・五所純子を聞き手に対談が行われた。これが思いの外長く、22時30分頃までのおよそ1時間半。灰野氏のバンド・不失者の新譜やライブ映像等を交えつつ、これまで培ってきた音や言葉を含む事象への拘りや関わり方について語る。興味深い話が展開される。
対談を終え、DOMMUNEからは先程の灰野氏の演奏の様子を再び配信。現在もまだ、視聴中である。

DOMMUNE
http://www.dommune.com/

本州では最も九州寄りとはいえ山口まで行くのが大変で、せめて新幹線の駅付近なら―と躊躇ったが、やはり現地まで行けば良かったと後悔。と同時に未だ灰野氏の健在振りに安堵した。
posted by 紫乃薇春 at 23:11 | Comment(0) | 音楽

2013年10月03日

TATSURO YAMASHITA Performance 2013 at NAGASAKI (セットリスト有・ネタバレ注意)

TATSURO YAMASHITA Performance 2013

2013年10月3日(木)長崎ブリックホール
OPEN 18:00/START 18:30

【注意書】
随所に演奏曲名を記している他、文末にセットリストを載せているので、これから同ツアーの公演を聴きに行かれる方、殊にネタバレを好まない方は閲覧御注意を。

山下達郎〜20131003

昨年の3月以来およそ1年半振りとなる、山下達郎の長崎公演。前回は「BIG WAVE」のテーマから始まったステージ、今年は『僕の中の少年』の頭を飾る「新・東京ラプソディー」で幕を開けた。難波弘之氏の弾くピアノのリズムがざわめきの残る場内に響き渡り、不揃いだった客席の息遣いが次第に合わさり始める。生じた一体感を背負って連れ去るかの様に疾走する「SPARKLE」のギター、山下達郎ならではの骨太のカッティング。3曲目の「LOVE SPACE」まで休みなしで演奏された。

山下達郎は今年2月に還暦を迎えたそうで、別段59歳時分との変りなどない、と云いながらもそれとなく節目を匂わせる。どの曲も(彼自らMCで云う様に)発表当時のオリジナル・キーのまま歌われ、歳は取ってもまだまだ元気、現役であることを強く訴える。但し、高音が連続する「LOVE SPACE」の一際高い声が要求される部分では地声の延長でなくファルセットに切替えるなど、微妙に年齢を感じさせる場面もあった。
この曲のスタジオ録音は若さ漲る達郎の声が正直苦手で、むしろ年輪を刻んだ今の声で聴くのを楽しみにしていたが、裏声がやや痩せて聞こえ残念。とはいえ総じて見れば随所に凄みを感じる健在振りで、癇に障る程の歌の上手さや声量も好みを超えて未だ圧倒的であるのは間違いない。
今年はまた、アルバム『MELODIES』の発売30周年、及び『Season's Greetings』発売20周年に当たる年でもあり、両作のリマスター盤発売に伴ってその2枚からの選曲、殊にやや地味ではあるが充実した選曲が目立ち、取分け前半は達郎曰く「(昨年発売の3枚組(初回プレスは4枚組)ベスト盤)『OPUS』を聴いて勉強してきた一見のお客にとっては」恐らく知らない曲だらけで申し訳ないけれども、「身の不幸と思って」頂くしかない、とも。しかし、その時一番やりたいこと、最も伝えたいメッセージを込めた作品を妥協なく発信するのは、表現者としてあるべき、好ましい姿勢だと思う。
尤も昨年のツアーで語っていた「ライブハウスでやりたい」案件はスタッフから「(収容人数の関係で)お客さんいじめだからやめて」と云われ未だに実現していないそうで、押しも押されもしない(風に見える)山下達郎の様な大御所であっても全てが思いのまま、という訳ではないらしい。

『MELODIES』は山下達郎最大のヒット曲「クリスマス・イブ」や一時期お茶の間を席巻した「高気圧ガール」など著名な曲が収録され耳に馴染みの良いアルバムであるが、一方でライブでは殆ど演奏されることのない作品も幾つか含んでいる。この日取上げられた「あしおと」や「ひととき」などもそうで、アルバム発売当時のツアーでやって以来実に30年振りとのこと。続く「スプリンクラー」も同時期の作品だそうだがアルバムには入らず、当時はシングル・リリースのみだったらしい。その後ベスト・アルバム『TREASURES』に収録の後、『OPUS』にも改めて収められた。上記2種のベスト盤に収録され、またファンの間での評価も高いと聞くので当然ライブでも定番なのだろうと思っていたが、これもまた当時のツアー以来30年振りの陽の目とのこと。
私が九州に移り住んだ頃、達郎ファンである家人の車には『TREASURES』か『FOR YOU』のどちらかが必ず入っていて、この「スプリンクラー」も繰返し耳にした。車で聴くのは雑音の海を泳ぐのと同じで致し方ないのだが、当初は「ピンピンピンピン、ピンピン」という大正琴(恐らく)の撥音ばかりが鼓膜に響き、正直それが耳障りで苦手な曲だった。或る時、静かな環境で偶々この曲をヘッド=フォンで聴き、初めてそのアンサンブルの全貌に触れた。楽曲のサウンドには並ならぬ意識を持つ山下氏のこと、多くの、というより殆どの曲が一辺でない重層的な響きを備えているが、コード進行とそれに伴うベースライン及びリズム・パターン、そして被さる主旋律また対旋律が各々これ程有機的に応じ合う曲は実に稀である。極端でもなんでもなく、各音が見渡せるか否かで主旋律が全く違うメロディーに聞こえる程、この作品の編曲は重要である。そこで漸く大正琴のあの音の必要性、必然性に合点がいった。
以来山下達郎の楽曲の中でも殊にお気に入りの作品の一つとなった「スプリンクラー」だが、今回生演奏でイントロから歌の冒頭を聴いただけで号泣するとはまさか思わなかった…どうやら自身の思う以上に聴きたかったらしい。
客席から舞台に向かって右手に陣取る難波弘之氏のキーボード群、左手に構える柴田俊文氏のキーボード群の他に、ステージ前方右手(難波氏の手前)に置かれたキーボードが開演前から気になっていた。誰がどの曲で弾くのだろうか?と思っていた処、9曲目の「FUTARI」で達郎自身によって用いられた。まだライブ前半でメンバーを伴っての(しかも厚みのある)演奏だが、何故か弾き語りに聞こえる不思議。ここでのヴォーカルはこの日一番の輝きに満ち溢れていた。

山下達郎〜20131003

『Season's Greetings』は所謂クリスマス・ソングを集めたアルバムで、今回は中盤のアカペラも同アルバムから「My Gift To You」と「Bella Notte」、そして服部克久氏編曲のストリングスに載せてジュディ=ガーランドの「Have Yourself A Merry Little Christmas」を情感たっぷりに歌った。
実の処今はまだ10月に入ったばかりで世間はハロウィンまみれ。季節外れのクリスマス・ソングも「案外良いものだな」とほくそ笑む次第なのだが、これが師走に入りツアー終盤、殊に最終24日の中野サンプラザともなればシーズンも真只中。宴の後は外の寒気も心地良く、居合せた人々は皆その周りだけ違う時間をたゆたう様に幸せの気配を漂わせていることだろう。無理を承知で行ってみたい気分になったが、既にチケットは完売してしまった様だ。

後半は珍しく(?)政治の話を少し含ませてから「DANCER」。続く「希望という名の光」は昨年同様今回もメドレーで、岡林信康の「今日をこえて」そして「蒼氓」の一節へと繋いでゆく。
山下達郎公演の伝統行事の一つ、「LET'S DANCE BABY」における客席からのクラッカーは、昨年より多く鳴った様に聞こえた。前回に続き私もまた便乗したし、こういう楽しみ方は勿論良いと思うが、明らかにフライングの人、用意はしたがタイミングがわからないのかは恐る恐るか何拍も遅れて鳴らす人、余りにも不揃いなのが気になった。クラッカーが使われだしたきっかけは元の音源にあるので、再度『GO AHEAD!』なり『OPUS』なりを聴いてから紐を引いて欲しい。
「LET'S DANCE BABY」からは終盤のクライマックス、「ボーナス・トラック」と宣言してからKinKi Kidsに提供した「硝子の少年」そしてスタンダード・ナンバー「I Got A Woman」を続けて歌い盛上げる。ふと気づくと場内はいつの間にかほぼ総立ち。ノリが良いといって猫も杓子も立上がれば良いというものでもないだろうが、山下達郎の醸すグルーヴは只では済まず、皆足腰が疼いて堪らないのだろう。
「アトムの子」は漫画好きな山下氏から故・手塚治虫へのトリビュート・ソング。この曲もメドレーで「アンパンマンマーチ」を歌い、何故?と思ったが、アンパンマンもまた“アトムの子”なのだ。日本は手塚治虫を体験して以降その影響を一抹でも受けずに育ったものは皆無だと云われるが、それ以前に「アンパンマンマーチ」は優れた名曲でもある。

怒涛の「アトム」の後寛いだ気分で奏でる「LOVELAND, ISLAND」で本編を終え、一旦退場。オープニングから青いシャツを着ていた山下達郎であるが、アンコールの声に応えて再登場後は還暦を意識して?赤いシャツに色直し。「クリスマス・イブ」に始まり「RIDE ON TIME」でのオフマイクのアカペラと拡声器使用は、これも伝統行事。「別に意味はないんですが」と云いながら、お客の側のクラッカーの様に彼自身がせずにはいられないのだろう。
ソリッドな「YOUR EYES」を以て全プログラムを終了するまで、この日も3時間超えの長丁場。だが意外な程短く感じ忽ちの内に時間が過ぎるのは、類い希なエンターテイナー・山下達郎の確かな手腕と才能によるものに違いない。

あくまでも“ファン”でなく一定の距離を置く只の視聴者の立ち位置で山下氏の公演には接しているが、音楽的高揚で時折我を忘れそうになる瞬間が愛おしく思える様になってきた。
我儘を云えば幾つかの気に入った曲、例えば「HEY REPORTER!」や「風の回廊」、これも最近浮上し出した「ターナーの汽罐車」等、通い続けていればいつか聴ける日が来るだろうか。
何よりも「蒼氓」のフルコーラスを生で聴きたいと望んでいるが、古くからのファンの方によれば嘗ての(ライブにおける)「蒼氓」の位置に当たる曲を今は「希望という名の光」が担っているという話も聞くので、少なくとも当分(全曲を)歌うことはないのだろうか。

メンバーは昨年と同じ布陣。全国ツアーを再開した5年前よりこの顔ぶれは不動らしい:

小笠原拓海(Drums)
伊藤広規(Bass)
難波弘之(Acoustic Piano & Rhodes)
柴田俊文(Keyboards)
佐橋佳幸(Guitars)
宮里陽太(Saxophone)

国分友里恵(Background Vocal)
佐々木久美(Background Vocal)
三谷泰弘(Background Vocal)

山下達郎(Vocal, Guitars, etc.)

最後に今一度お断り:
これより下に当夜のセットリストを掲載するので、ネタバレNGの方はお引取りを。

山下達郎〜20131003

01 新・東京ラプソディー
02 SPARKLE
03 LOVE SPACE
04 ずっと一緒さ
05 あしおと
06 ひととき
07 スプリンクラー
08 PAPER DOLL
09 FUTARI
10 God Only Knows
11 Groovin'
12 My Gift To You
13 Bella Notte
14 Have Yourself A Merry Little Christmas
15 DANCER
16 希望という名の光(〜今日をこえて〜蒼氓)
17 メリー・ゴー・ラウンド
18 LET'S DANCE BABY(〜硝子の少年〜I Got A Woman)
19 アトムの子(〜アンパンマンマーチ)
20 LOVELAND, ISLAND

アンコール
21 クリスマス・イブ
22 RIDE ON TIME
23 愛を描いて-Let's Kiss The Sun-
24 Your Eyes
posted by 紫乃薇春 at 22:27 | Comment(2) | 音楽

2013年09月21日

熊本にて

9月半ばの九州は比較的涼しい秋の日が続いていたが、下旬に差掛かるこの頃になって残暑がまだ息絶えてはいないことを主張する様に動き始めた。
昨夜遅くから熊本に来ているが、今日日中の予想最高気温は33度。真夏日である。実際は何度まで上がったか知らないが、確かに陽射しは重く、午後は曇りがちだが蒸し暑く、先日までの爽やかさは何処かに行ってしまった様だ。

熊本にて〜20130921

《子どもゆめ基金助成活動 30周年記念事業》

・午前の部
対談『翻訳の悩み、挿絵の苦労』
10:00〜12:00
出演 金原瑞人(翻訳家)×佐竹美保(挿絵画家)

・午後の部
『谷川俊太郎と中高生の座談と音楽を楽しもう』
13:30〜16:00
出演
谷川俊太郎(詩人)×中高生(公募)
谷川賢作(ピアノ)×さがゆき(ヴォーカル)

【熊本子どもの本の研究会】の発足30周年ということで、熊本駅前に建つ「くまもと森都心プラザ」5階のホールにて本日午前午後とそれぞれに催しが組まれた。
午前の部は「翻訳の悩み、挿絵の苦労」と銘打ち、翻訳家の金原瑞人及び挿絵画家の佐竹美保による対談。午後は「谷川俊太郎と中高生の座談と音楽を楽しもう!」と題して谷川俊太郎と学生達による座談会、及び谷川賢作とさがゆきによる楽曲演奏が行われた。
午前の部は時間が厳しい為遠慮し、午後の座談と演奏にのみ足を運んだ。
定時過ぎに進行の方の挨拶があり、「座談と音楽、となっていますが」と断りがあり、先に演奏が始まった。
さがゆきは今年の5月以来、谷川賢作に至ってはいつ以来かはっきり思い出せないくらい久し振りの実演奏。ただ朧気ながら、下北沢レディジェーンでこの二人にギタリスト鬼怒無月を交えたトリオでの演奏を聴いた記憶があり、恐らくその時以来だろうと思う。

子どもの本の研究会理事長による紹介を受けて二人が揃って登場。まずは武満徹の「翼」、続くさがゆきの「5月の風の中で」で幕を開けた。
ほぼ2曲毎にお喋りと曲紹介が入り、3曲目は中村八大の「遠くへ行きたい」と、谷川俊太郎(詞)谷川賢作(曲)親子による4曲目「かぼちゃ」。5曲目は谷川俊太郎の詞に林光が曲をつけた「クリスマス」で、続く6曲目はジャズアレンジで『鉄腕アトム』の歌を。因みにこの曲も谷川俊太郎の詞によるものである。
7曲目「一尺四方の宇宙」の前に谷川賢作が「あと3曲」と語っていたが実際は残り2曲の計8曲。「一尺四方の宇宙」及び最後の「おくりもの」はさがゆきの新曲だそうである。
催しの性質もあり今日のさがゆきは歌らしい歌を歌らしく歌うのだろうと高を括っていた。初めの3曲程は実際ほぼその通りだったが、谷川親子の共作である「かぼちゃ」辺りから賢作氏曰く「壊れ始めた」。曲による緩急を伴いながら、さがゆきのユニットの一つココペリを彷彿とさせる高次元で自由度の高い「歌モノ」として今日の演奏は在った。父親の血を継いで詩情豊かな谷川賢作の、表に裏に屋台を支えるピアノの力が大きいことも見逃せない。

熊本にて〜20130921

15分程の休憩の後、谷川俊太郎と学生達による座談会がスタート。時間配分や催しの標題を見ると、こちらがメイン・プログラムか。当初は「あらかじめ選ばれた中高生五人」とされていたが中学生からの応募がなかったとのことで、結局高校生ばかり四人と谷川氏が向かい合う形となった。
初めのうちは学生達の緊張もあり俊太郎氏が専ら聞き役に回っていたが、「君達も質問を」という氏の促しで恐る恐る口を開き始めると次第に四者四様のユニークな個性が伝わってきて、座談会に当てられたおよそ1時間半は瞬く間に過ぎた。
言葉に敏感で、生まれてこの方「サボった」ことが一度もない律儀さながら、夢がない――将来やりたいことが何もないと云う女生徒。親族の一人が癌で余命いくばくもないという話から、死生観を巡る深い対話へと没入してゆく男子生徒。その横でもう一人の男子生徒は当日、模試をサボってしまったことの是非を谷川氏に問い、自身も試験・受験が嫌いで云々出来る立場にないと云う谷川氏と漫才の様な応酬を繰り広げ、お気楽人生を邁進したい意思表明。残る女生徒は口下手だと云いながら、自身にマイクが巡ってくると俊太郎氏も思わず応えに悩む程抉りの効いた問いを浴びせていた。
谷川俊太郎の所謂話の振り方、拾い方が実に巧く、思わず爆笑してしまうやり取りを見せる一方で、端々に潜む真剣な姿勢と慈しみを感じさせる眼差しに氏の人柄が滲み出ている様だった。既に80年余りを歩み続けてきた方だが、その脳も肌身も未だ若々しい。これまで幾度も機会がありながら実は氏の生身に接するのはこれが初めてだったのだが、熊本まで駆けつけた甲斐があったと思う。

終演後は谷川俊太郎、谷川賢作、さがゆきそれぞれの区画でのサイン会があり、さがゆきの列に並び俄かファンの振りを装いながら会場で購入したCDにサインを貰い少しのお喋りをした。5月連休に聴いたライブの会場では結局買えなかったうずらぎぬ、及びCONFEITOのCDを漸く今日入手出来たこと、何よりである。夜は会場を余所に移して祝賀会が行われるとのことであったが、夕方には博多に行き今夜の内に地元に戻らねばならない為遠慮させて貰った。
長崎県北でのライブがしたいというさがゆきの希望に今回は助力一つも出来ずじまいだったが、私自身の悦びの為にも後日必ず機会を作りたい処である。

熊本にて〜20130921
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2013年05月17日

5月の風の中で(2008年10月19日、Live)

こちらの動画は2008年10月19日、富山のファミリーパークで行われたというさがゆき及び小室等によるライブの模様である。



「5月の風の中で」はさがゆきのオリジナル曲で、元々は林正樹(Pf)とのデュオ「ココペリ」におけるレパートリーだが評判が高く、しばしばその他の活動でも取上げられている。曲名からして今の季節にぴったりであろう。
尤も芸歴50年を超える日本フォーク界の大御所・小室等はともかく、さがゆきについては御存知ない方が未だに多いのではないかと思う。この人も芸歴30年はゆうに超すベテランの歌い手だが、初期の中村八大ユニットでの活動を除いて殆ど無名だった。近年この小室等とのデュオ「ロニセラ」を含め、ラジオやテレビでの露出も徐々に増え始め緩やかに脚光を浴びつつある様でもあるが、それでも「知る人ぞ知る」立ち位置は変っていない。
幸運にも私は20年近く前に入り浸っていたライブハウスの一つで彼女の出番に接する機会があり、強靭で且つ幅の広い表現力と一筋縄ではゆかない音楽性に魅せられて足繁く実演に通い、その気さくな人柄もあっていつの間にか個人的知遇を得るまでになった。九州に移住して現場からはやや遠のいてしまったが、今でも強く支持する音楽家の一人である。

今度、といってもまだ何ヶ月も先だが、9月の21日(土)に熊本で、ピアニスト・谷川賢作とのライブを行うそうである。去る5月3日横浜で行われたインプロ祭を聴いた際当人に「なるべく行きたい」と伝えた処、彼女個人の前後の日程が空いているので此方(長崎県北)にも良い場所(会場)がないかと尋ねられた。ベースキャンプの置かれた関係から佐世保とその周辺にはジャズの土壌があり、それなりにお店もある様ではある。
良いハコがあればソロで是非やりたいと仰って下さっているのだが、生憎殆ど開拓出来ていない。遅蒔き気味ではあるが、近々佐世保のライブハウスやジャズクラブを巡ってみようかと思う。襟を正したライブ向けの会場でなく(多少の音の出せる)飲食店等でも構わないというので、どなたか良い店を御存知ないだろうか。
posted by 紫乃薇春 at 21:35 | Comment(0) | 音楽

2013年05月15日

Hans Knappertsbusch & Wiener Philharmoniker - Sonderkonzert of 1963 Wiener Festwochen (2nd Half)

先日はムラヴィンスキーとレニングラード・フィルによるショスタコーヴィチ「第8交響曲」の動画を紹介したが、本日はハンス=クナッパーツブッシュ及びウィーン・フィルハーモニー管弦楽団他によるリヒャルト=ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』より第1幕を。
同じ指揮者と楽団による同曲のスタジオ録音盤を持っており嘗て度々愛聴していたが、ライブ音源の、しかも映像が残されていることはつい最近まで正直知らなかった。独唱者は違う様だが、クナの動く姿、指揮する様子を見られるのはどれも貴重なものだと思う。1960年代前半ならウィーンフィルもまだ、戦後の全盛期の内であろう。今では希薄になってしまった(それでも他のオーケストラに比べれば遥かに濃厚であるが)古き都の音の薫りが、貧相なパソコンのモニター越しにも漂ってくる。

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posted by 紫乃薇春 at 23:20 | Comment(0) | 音楽

2013年05月03日

『横濱国際インプロ音楽祭2013』より

インプロ祭〜20130503

先月末に始まった連休も早や後半。憲法記念日の5月3日は概ね晴天に恵まれた。「五月晴(さつきばれ)」という言葉が即座に浮かんだが、実の処昨日の方が空の色はもっと青かった。黄砂が多いのか湿度の所為か晴天ながらも幾らか黄ばんで見え、時間によっては雲が蔓延り陽射しを遮った。
この五月晴という言葉、本来は旧暦五月の晴天を差したそうで、現代では五月の晴れ間を云うのに「ごがつばれ」とわざわざ読み替えることもあるらしい。


<synapse+tatami>

2013年5月3日(金)
横浜/エアジン

さがゆき(Voice)
加藤崇之(Guitar)
坂口光央(Keyboard)


さて、唐突だが久々の上京。上京したその足ですぐ横浜、関内へ。今、横浜では『国際インプロ音楽祭2013<春>』なるイベントを催しているらしい。横浜といっても馬車道にある老舗・エアジンによる単独の企画の様で、あちこち渡り歩く必要はなさそうだ。
スケジュールの顔ぶれを見ると、必ずしも本来のインプロヴィゼーションとは云えない演目もある様に思う。が、エアジン主催なのでどの日に行ってもそれなりに楽しめるだろう。
本日の出演者は上記の3人。さがゆきと加藤崇之でシナプス、さがゆきと坂口光央でたたみというそれぞれのユニットを成す人達が、3人まとめて今夜は一つのユニットと化した。シナプスは即興もあれば純然たるスタンダード・ジャズで通す日もあり一筋縄では行かないコンビ。たたみの方は実は知らず、私が関東を離れたこの3年4年の間に生まれたユニットなのだろう。嘘か真か坂口光央には畳が似合うとさがゆきが云って名付けたらしいが、スタンダードな外見とは裏腹にリズム崩壊、和声崩壊の濃密な即興演奏を得意とする人らしい。さがゆき・加藤崇之は元よりで、そんな3人が集う今夜のライブは正真正銘のインプロヴィゼーション、完全即興であった。

インプロ祭〜20130503

九州から陸路を乗継ぎ、スケジュールには20時開演と記してあったのでそれに間に合う様何とか駆けつけたつもりだったが、着いてみたら既に始まっていた。
エアジンは馬車道にある雑居ビルの3階。5年か6年くらい前まではかなり頻繁に足を運んだ馴染みの店である。1階に居酒屋、2階にはスナック、時折そのスナックからカラオケの歌声が漏れてくることもあるが、前を横切り更に上を目指すと途端にガラリと違う空気が漂ってくる。
開演前には店にあるCDを流して、スタンダードであったりアヴァンギヤルドてあったり、いずれもマスターの高い美意識で選ばれた音が出迎えてくれる。仕事帰りで遅刻した時には既に始まった生演奏が容赦なく立ちはだかるのだが、今日は間に合うと高を括っていただけにいささか不意打ちを喰ってしまった。
階下のスナックに差掛かる前からビヨ〜ン、ギニョ〜ン、ワワワワワ…と、擬音にしたら如何にも怪しげな轟音が響いてくる。(えっ?)と虚を突かれ、まさか、と足早に急階段を駆け上がり扉を押すと、今正にさがゆきが、加藤崇之が、坂口光央が異形の音を生み出している最中であった。後で聞いたが、店の方では19時30分開演と示していたらしい。
元来この手の即興に慣れ親しんだ私だが、九州に移り住んでからは触れる機会もなく、寝起き呆けの処をやおら丸裸にされる様な残虐さを味わった。慌てて飲物をオーダーし、空いている席にソワソワしながら腰を下ろした。
しかしひとつふたつ呼吸を整え、届いたドリンクで喉を潤す間に此方もすっかりインプロ迎撃体勢に。入店前いつ頃に始まったのか、さあ来い、と手ぐすねを引きかけた処で呆気なくセットが終了してしまった。私が来てからは約20分程の前半だった。

後半は坂口光央のソロから始まり、エアジンの生ピアノと持込みのエフェクターを繋いだキーボードを縦横斜めと弾き崩し、二度三度の山を築いた処で客席後方から忍び足にさがゆきが加わる。暫く二人の絡み合いが続いた処で坂口がフェイドアウトし、さがゆきのソロに。レコーダーの早回しなどと比喩される囀りは今も健在。再び坂口がフェイドインしてデュオに戻る処、別の客席後方から今度は加藤崇之が加わる。トリオとなり、さがゆきが退いて加藤と坂口のデュオとなり、更にまたトリオとなり、むせ返る程のピークが姿を変えながら幾度も押し寄せ、果てしなく続きそうに思えながらスッ、と消える引き波。
即興というのは何もガチャガチャけたたましくやるばかりではないんだと悟らす様に、続く後半第2セッションでは決して荒ぶることなく、要所にアクセントはあるものの徹底して静謐な演奏を展開した。
再び音の雨霰となる第三セッションの後、アンコールを兼ねた短くも濃密な演奏で後半を締括った。およそ45分程。

インプロ祭〜20130503

休憩中と終演後と、久々にさがゆきや加藤崇之達と実のある話が出来て良い夜を過ごした。しかし、加藤さんの体調が非常に思わしくない様子で心配でもあった。
さがゆきは9月にピアニストの谷川賢作と熊本に来るらしく、なるべくなら行きたいと伝えて店を出た。出来れば長崎県北まで足を伸ばして来たいと語ってくれたが、ライブであれば格好のハコがあるかどうか、これから探らねばなるまい。
明日は昨年11月以来半年振りとなる、黒百合姉妹のライブを聴く。前回は南青山マンダラだったが、今回はし慣れた吉祥寺Star Pine's Cafeに場所を戻し、副題も『星の夜』復活である。
posted by 紫乃薇春 at 22:34 | Comment(0) | 音楽

2013年02月28日

青空

青空〜20130228

あくまで個人的にではあるが、同名の映画のサウンドトラック・アルバム『プルシアンブルーの肖像』に収められた「青空」は、同アルバム収録の「冬花」(「夢」のインストゥルメンタル・バージョン)と共に安全地帯の最高傑作だと思う。この処俄かに気になりだして、動画サイトを漁ってみたらアップされていた。
クラシックの某評論家が天賦の才においてはアマデウスを推しながらも、個々の楽曲については例えばベートーヴェンの第6交響曲の第1楽章を挙げて「アマデウスにも描けない名曲」と評したが、同様の印象をこの曲に私は感じる。絶対的な才覚なら井上陽水を高く支持するが、この曲は玉置浩二でなければ描けなかっただろう。清々しくも哀しい明るさを秘めた美旋律と、それを支える瑞々しく慄えるアレンジである。玉置のヴォーカルは必ずしも好みでないが、この曲にはこの声でないと真実味が生まれない。

丁度このアルバム(映画)の頃だったのか、井上陽水と行ったジョイント・コンサート『スターダスト・ランデヴー』での安全地帯のオープニング・ナンバーが「青空」であり、退場時のSEが「冬花」だった。リアルタイムで居合わせることの出来た私は誠に幸運であったとつくづく思う。
長らく安全地帯のCD等持たないまま過ごしてきたが、『プルシアンブルーの肖像』を中古販売で発注、先刻発送のお知らせが届いた(新品があればそれに越したことはないが、現在廃盤の様だ)。

YouTubeにある「青空」及び「冬花」を貼っておくが、いつ無効になるかわからないので悪しからず。

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posted by 紫乃薇春 at 17:13 | Comment(0) | 音楽

2012年10月17日

オーパス

遅れ馳せながら昨日山下達郎のオールタイムベストアルバム『OPUS』を購入した。幸い寄ったCDショップにボーナス・ディスク付きの初回限定盤がまだ置かれていたので入手。
メインは3枚組で、SUGER BABE時代から最新作の『RAY OF HOPE』までの主だった楽曲をほぼ年代順に網羅している。生粋のファンである相方は大満足の様子だったので、正統派の山下リスナーにとっては恐らく申し分ない内容だろう。本来はアウトサイダーで、最近になってその魅力に触れた俄かリスナーの私としては、聴き込むきっかけとなった「Hey Reporter!」や「俺の空」が入っていない為正直残念な部分もあるのだが、多くの山下ファンからは「異質」と捉えられる楽曲らしいのでそれは仕方ないのだろう。
初回プレス限定のボーナス・ディスクにはKinKi Kidsに提供した「硝子の少年」などのセルフ・カバーや「希望という名の光」の別バージョンなど計6曲が収録されている。4枚合わせての合計はほぼ4時間で、これは彼のコンサートにおける平均演奏時間3時間半を30分上回るが、厳選された曲目が順も相応しく並び聴いていてダレることはない。

アマゾン辺りへのリンクを貼っておこうかと思ったが、何故か限定盤の価格設定がおかしい為割愛。今なら店頭でも容易に手に入ると思うので、購入をお考えならそちらをお奨めする。
posted by 紫乃薇春 at 22:21 | Comment(0) | 音楽

2012年09月27日

つま恋回想

某動画サイトを昨夜徘徊していたら、1985年つま恋でのONE LAST NIGHTの音源が幾つか上がっているのを偶々見つけた。音質は良好とは云えないが、貴重な内容のものが多くつい聴き入ってしまった。
聴きながら、当時のことを思い出していた。実際にその日その場に居合せたライブである。当時学生だった私は、中学時代からの古い友人と大学で知合った以後深い付合いとなる友人と3人で、ムーンライトながらがまだムーンライトながらでなかった、所謂大垣夜行と呼ばれていた頃の深夜運行の快速に乗り、あれは金谷だったか、最寄の掛川には停車しない為、その手前で降りてタクシーを拾って現地に辿り着いた。
夕方6時過ぎからのオールナイト公演に、前々日の夜から動き出し殆ど一睡もせずに臨むという今では避けたい様な強行軍だが、ライブの内容とも相俟ってそれなりにテンションが上がりフラフラになりながらも楽しかったのを覚えている。
睡眠不足と声の出し過ぎ、手拍子の叩き過ぎで帰宅してから一週間、殆ど何も出来ずに突伏していたのも今では良い思い出である。
posted by 紫乃薇春 at 23:26 | Comment(0) | 音楽

2012年06月01日

訃報

去る2012年5月31日、歌手の尾崎紀世彦氏が死去。享年69。

美声と豊かな声量で有名な歌い手であることは疎い私でも存じ上げていたが、親しみが増したのは円谷ファンである私にとって『ウルトラセブン』の主題歌でコーラスの一人を受持ったという話から。
最近のニュースで失踪騒ぎを聞いたが、実は癌による闘病の為ずっと入院中であったとのこと。やつれた(=醜い)姿を晒したくない一流のダンディズムだったのだろうか。
謹んで御冥福を祈る。
posted by 紫乃薇春 at 22:32 | Comment(0) | 音楽

2012年03月26日

山下達郎 at 長崎ブリックホール

TATSURO YAMASHITA
PERFORMANCE 2011-2012

2012年3月26日(月)
長崎 ブリックホール

OPEN 18:00/START 18:30

山下達郎@長崎〜20120326壱

公演内容の詳細やセットリストの公開はなるべく御配慮頂きたいというのが当人からのお達しらしいので、まあ程々に。

あると聞いて以前から気になっていた山下達郎ツアーの九州公演、長崎か福岡のどちらかは行ってみたいと思っていた処幸い長崎公演にチケットのキャンセルが出たので足を運んだ。
平日の夕方からの為、現地到着までが一苦労。数ヶ所での渋滞にも嵌りつつ漸く会場に辿り着いたのは開演5分前。長丁場のライブと聞いていたので済ますべきものをそそくさと済ませ、客席への扉を押開けようとしたその時背後でブザーが鳴った。
バタバタとして息をはずませながらも上着を脱ぎ、着席して一呼吸するだけの間はどうにかあって、携帯の電源を確認したり荷物を椅子の下に押込んだりしていると、まだ客電の明るいままSEが流れ始めた。昨年秋にリリースされた最新アルバム『Ray Of Hope』より、アカペラの前奏曲である。

山下達郎のコンサートは当人の言によれば演劇的趣向を取入れているらしく、舞台設営にも毎回相応の拘りを持って組んでいる様だ。今回のツアーでは向かって左に楽器屋、右に倉庫を模した建屋を据え(随所にギターやコルネット、打楽器の類等幾つもの楽器がオブジェとして散りばめられてある)戸外の路上でパフォーマンスを演じるという、謂ばストリート・ミュージシャンの気分で臨むものらしい。2階席後方からなので細かい処は見えないが、センターのヴォーカル・マイクのスタンド背後には小道具も色々用意されている様だ。
徐々に客電が落ちてゆく中左袖よりバンドのメンバーが、そして楽器屋の外階段から山下達郎が登場すると大きな拍手。山下が「トレードマーク」と語る茶色のテレキャスターを構え合図を送るとすぐさま一曲目「Big Wave」のテーマが始まった。

ここ数年の井上陽水もそうだが、プログラムに記された開演予定時刻通りに始まってくれるコンサートやライブというのは実に有難い。関東住いの頃しばしば聴いたライブハウスでの出し物等は予定を30分押しなど当り前で、慣れてはいるが待つ間に胃やら腸やらキリキリと痛んでくる体質なので正直始まる前に消耗してしまう。今日の様に開演ギリギリに到着した時など5分なりとずれてくれれば良いのに…と思わないでもないが、それは此方の身勝手というものである。
演奏曲目はソロ・デビュー以前のシュガー・ベイブ時代の作品から最新作まで新旧取混ぜ、初めてのお客もいるので有名どころや定番の曲を必ず入れて…と、オリジナル・レパートリーの250曲近くにもなった現在では「どの曲をやるか」よりもむしろ「どの曲をやらないか」で頭を悩ませるらしい。しかし「新譜を出すと、その中の曲も演ってやらないと可哀想」とも語り、アルバム単位で見れば『Ray Of Hope』からの曲がアンコール含めおよそ25曲の内5曲と最も多かった。殊に昨年から始まった今回はアルバム発売に合わせて行われるツアーとしては1998-1999年の『COZY』以来12年振りとのことで、より新作の比重が増したのではないかと思う。
ライブ序盤に演奏した「プロポーズ」を女性からの反響の最も多い曲、としながら前半最後では男性諸君が恐らく一番聴きたい曲と銘打って「俺の空」を演奏。長い振り(伏線)に思わず笑ってしまったが、後半の佐橋佳幸とのギター・バトルからラストの捨て台詞「返せよ、この野郎」まで良い意味で非常にアグレッシブで鳥肌が立った。
この「俺の空」は最も顕著だが、冒頭間もない「SPARCLE」のイントロなど要所要所で山下自身のギターがクローズアップされていた。歌い手としては云わずとも多くの人々からリスペクトされる彼だが、同様に優れたギタリストであることを確認出来る生演奏であった。

山下達郎@長崎〜20120326弍

彼のライブには幾つかの恒例行事がある様で、中盤に設けられたアカペラ・コーナーもそのひとつ。当人が「困った時のアカペラ頼み」と語る程思い入れがあり、また力を注いでいるアカペラだが、実演ではどうやるのだろう、コーラス部隊が袖に3名いるのでその人達とやるのだろうかと思っていたら、あらかじめ録音したコーラスを再生しながらメイン・パートを歌う謂ばカラオケ方式だった。多少拍子抜けがしたが、カラオケ自体山下自身が幾重にも声を重ねて多重録音したものであり、ライブよりスタジオワークに立会っている気分ではあるが遜色はない。しかし「僕には絶対音感がないので」と云ってハーモニカで音合わせをしていたのは少々意外だった。あれだけ達者なアカペラの主に絶対音感がないというのが腑に落ちないが、しきりに自身のトークを(東京者としての)洒落だのジョークと促していたので、これもその類かも知れない。
その他の恒例行事としては「Let's Dance Baby」における〜♪心臓に指鉄砲〜という箇所での、客席からのクラッカー。この曲は発表以来、唯一どの公演でも欠かしたことのない皆勤賞の曲だそうだが、その理由がこのクラッカーだそうだ。元はとある公演で二人の客が(レコードでのピストルのSEの部分で)洒落でクラッカーを鳴らしてみた処、瞬く間に全国に波及しどの会場でも多くの客がやる様になったとのこと。山下自身は幾度も「次からはもう、この曲は演らないからクラッカーは持ってこない様に」云おうと思いながら、その度に客の顔が目に浮かび云えず、ここまで来たら最早「毒を喰らわば皿まで」。続けられる限り歌ってゆくので宜しくとのことであった。

事前に聞いてはいたが長いライブ。どのレビュアーの話もおよそ3時間半というが、開始同時に時計を見ると18時35分、終了直後に再度見たら22時02分。約3時間27分、確かに噂と殆ど違わなかった。
長いと云えば長いが実際はそこまでとは感じない、良い意味でのエンターテイメント性に満ちた飽きの来ない内容。曲、お喋り、パフォーマンス、恐らくほぼ全てが「仕込み」なのだろうが、それがアドリブに見えてしまう軽業。それでいて音作りと云い構成と云い完成度抜群。本来は裏方志望で非常に音にうるさい山下達郎という人物の面目躍如か。
長尺には大きなうねりを伴っている。イベント、もしくはパフォーマンスのピークが中盤のアカペラと終盤の「Let's Dance Baby」、テンションのピークが前半の「俺の空」と本編最後の「アトムの子」ならメンタル面での頂点はライブ中盤から終盤に差掛かる流れの中で謳われたRay Of Hopeいや「希望という名の光」であろう。この曲自体が今回のツアーの内なる主題とも云えるが、この曲に入る前のMCを聞きながら実はとある曲を思い出していた。「希望という名の光」を初めて聴いた時その曲と通じるものを感じたのだが、「希望」の間奏の後、よもやのその一節が謳われた:

〜ちっぽけな街に生まれ
   人込みの中を生きる
 
 泣かないで この道は
   未来へと続いている〜

本当に僅かなフレーズのみを選び取っただけで終ってしまったが、この瞬間が最大のハイライトだったと思う。
昔も今も山下達郎のファンでは決してなく、どちらかといえば生理的にはむしろ合わない処が多く、ただ認めざるを得ない力のある人、という位置にいるのだが、そんな人のコンサートに行き激しく涙腺を刺激されることになるとは、正直悔しさもある。それだけ私が素直でないからか。
しかし「口から先に生まれてきた」との当人の弁通り、本当によく喋る人だ。少々きついことを平然と放つもののユーモアがあり面白おかしく笑えるトークもかなりあるのだが、フォークを揶揄する発言などはいささか旨味に欠けていた。まあ、本人がそれを好かない気持はありありと伝わってきたが…いささか手前味噌な発言が多いのもどうか。「洒落だから」と云われても、落ちの付かないこともある。
とはいえ歌声そのままに、殊の外早口でリズミカルに喋る口調はそれ自体が歌の様であった。この界隈、歌が上手いとか声が良いとか云われる歌手は無数にいるが、歌う様に喋れる人となるとそうはいない。この山下達郎とかの井上陽水くらいのものか。

山下達郎@長崎〜20120326参

今回の布陣を:

小笠原拓海(Drums)
伊藤広規(Bass)
難波弘之(Acoustic Piano & Rhodes)
柴田俊文(Keyboards)
佐橋佳幸(Guitars)
宮里陽太(Saxophone)
国分友里恵(Background Vocal)
佐々木久美(Background Vocal)
三谷泰弘(Background Vocal)

山下達郎(Vocal & Guitars)
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2012年02月07日

「まなざし」セレクション構想

今度、歌詞に「まなざし」の出てくる曲を集めてセレクションを作ろうと目論んでいるのだが、果たしてどんな曲があるだろうか。
例として、

井上陽水「ドレミのため息」
ユーミン「春よ、来い」
大貫妙子「夏に恋する女たち」

この三人の曲だけでもおさらいすればかなりありそうな気がする。
どちらかと云えば女性曲の方が多いか?
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2012年02月05日

The Duo at NEW COMBO

NEW COMBO〜20120205壱
生憎の小雨模様の下、本日は福岡のNEW COMBOまで今年の初ライブを聴きに遠出した。鬼怒無月と鈴木大介、二人のギタリストによるデュオ、その名も“The Duo”が正式名称のユニットのライブである。

鬼怒無月×鈴木大介 The Duo ツアー2012

鬼怒無月(Guitar)
鈴木大介(Guitar)

Special Guest
田口悌治(Guitar)
松下龍二(Guitar)

福岡 Jazz Inn NEW COMBO
開場18:00/開演19:00

名古屋→和歌山→京都→大阪→岡山→広島と巡り、今夜の福岡がツアー最終日とのこと。基本はデュオとしてのステージであるが、この福岡を含め数ヶ所ではゲストを加えてのライブ。余所は聴いていないのでわからないが、福岡では上記の通りギター二人。鬼怒、鈴木と併せてのべ四人のギタリストによる演奏が行われることになった。
第一部の前半はThe Duoの二人だけで出てきて数曲。二人とも持ち替えなしのガット・ギターのみ演奏。鈴木は要所にてエフェクターを使用。一方の鬼怒はギターからの出音のみだが、相変らずアタックの強い音。意図的にフレットの上を押さえて余韻の少ない打楽器の様な音を出したり、ビックで弦を擦り金属質のノイズを醸したりしていた。弦の撥く場所を変え、トーンの違う音を使い分けるのも巧み。ロックを根に持つ鬼怒無月が生音のみ、クラシック出身の鈴木大介がエフェクターを用いるというのが何とも裏腹な様でユニーク。
ヘンリー=マンシーニの「子象の行進」に始まり、The Duoの2枚目のアルバム『Cinema Voyage』に収録された鬼怒のオリジナル「空の映写技師」、ブラジル音楽の最重要人物の一人とも云われるエルメート=パスコアールの「Bebe」、アル=ディ=メオラの「メディテラネアン・サンダンス」にインスパイアされ、このニュー・コンボでのライブをきっかけに生まれたという鈴木のオリジナル「メラネシアン・サンズ」、そして大問題作(?)「ターコイズ・ステップス」まで5曲を、鬼怒の弾まぬ語りと鈴木の意外に達者な喋りを交えながら(だが鈴木によれば「この後素晴らしいゲストが控えているので」、「(MCは少なめで)サクサクっと」)ひと息に演奏。強靭な打音の鬼怒とまろやかな鈴木の音色の違いが対比を成し、入替り立替り旋律と伴奏を受け渡しながら進むのだが、受持ちが替る度にガラリと響きが変る。
ここで「ゲストの一人目」松下龍二を迎え、その松下が編曲したというBattlesの「Race In」を。Battlesというバンドを恥ずかしながら私は存じ上げないが、世界の音楽の潮流を変えたとまで云われるニューヨーク出身の若手スーパー・グループだそうだ。ジャズの巨匠・アンソニー=ブラクストンの息子、タイヨンダイ=ブラクストンが嘗てその「頭脳」として在籍し、日本でも渋谷のタワー・レコード洋楽部門における売上げ1位を獲得したと云われる。
その本人達も驚くだろう…というギター・トリオのアレンジで今夜は演奏。松下がギターの弦とボディを叩きながら紡ぎ出すリズムに乗せ、鈴木が表の旋律を、鬼怒が裏旋律を重ねてゆく。やがてそれらは混ざり合い、絡み合って平行感覚を失わせる様な超絶技巧を三者三様に繰広げる。
二人目のゲスト・田口悌治を迎え、第一部後半はギター・カルテットで田口のオリジナル「Leaving Behind」と「Trilogy」を演奏。「Leaving Behind」の曲紹介の際、ニューヨークでのレコーディングに纏わるアダム=ナスバウムという「知る人ぞ知る」名ドラマーの名前に鬼怒が反応。また「Trilogy」では鈴木が「直前まで一生懸命練習していた為」楽屋に置き忘れた譜面を取りに行くハプニングなど、思わぬMCで盛上がる一幕もあった。
NEW COMBO〜20120205弐
20分程の休憩の後、第二部は第一部の終盤同様カルテットでの演奏から始まった。
ブラジル三部作と称してアントニオ=カルロス=ジョビンが手がけた同名映画のサントラより「黒いオルフェ」、同じくジョビンの「波」そして「ブラジルのもう一つの国歌」とも云われるアリ=バホーゾの「ブラジルの水彩画」の3曲をほぼ続けて演奏。第一部もそうだったが、四人でのステージでは一人がリズムを担当(主に松下)、後の三人がめくるめく様に主旋律をバトンタッチしてゆくスタイルが中心。主旋律を受け渡した他の二人もリズム或いは裏旋律に回り、全員がガット・ギターであるが音の厚み、また広がりが凄まじい。音色もバックグラウンドも見事に異なる四人の音が決して濁らず、調和に満ちたアンサンブルを形成する様がまた素晴らしい。四人とも各々一人で恐らくなんでもやれてしまう卓越した技量の持主。The Duoはそんな彼等の内二人が組んだスーパー・ユニットであり、二人だけでクラシックのオーケストラの様な、或いはジャズのビッグ・バンドの様な重厚な音楽を生み出しているが、二人が三人になり、更に四人になることで豊かさが五倍にも十倍にも増してゆく様に聞こえる。非常に耳心地の良い響きに満ちているのだが、実はステージの上では類い希な程熾烈なバトルが展開されている。
ブラジル三部作終焉と共に松下が去り、某アニメーションの主題歌「いつか王子様が」とハービー=ハンコックの「カンタローブ・アイランド」を鬼怒、鈴木、田口の三人で演奏。四人でのアンサンブルの余韻が続くかの様に、三人になっても音の厚みが衰えない。このトリオでは殊に、鬼怒と田口のソロの応酬にほとばしる火花が客席まで飛び散り、極めてスリリングだった。
その後二人の演奏に戻った時、さすがに少し音が淋しくなったかと感じたが、一曲やり次の曲に進む頃にはデュオの充分な濃密さが再びそこにあった。「Nullset」は鬼怒が自身のタンゴのバンド・Salle Gaveauの為に書いた曲。Salle Gaveauが活動を始めた頃、私はまだ関東在住であったが既にライブに通える時間が殆ど取れなくなっており、結局未だに一度も聴かぬままである。その為Salle Gaveauとの比較は出来ないが、説明を聞かなければ全く気づかないであろう程このデュオによく似合う楽曲であった。残る3曲、「イザベルの花」は鈴木大介のオリジナル。「忘れられた舟」は鬼怒による5拍子の曲で、鬼怒曰く「変拍子…」と語っていたが、5拍子は鬼怒にとって変拍子の内に入らないのではないか。9拍子だの11拍子くらいでないと「らしくない」気がする。
現在の最新アルバム『SEASONS』より「夏のしるし」で一旦ステージを締括った後(ここでの鈴木のエフェクト使いは強烈!)、アンコールとして同アルバムから「Snow Apple, or Waiting」を演奏。この曲を書いた当時のエピソード―某CMの為に書きながらボツとなり、そのCMに嘗て首相を務め現在は陶芸家として名を成す人物が出演したことから仮タイトルを「殿様」としていたことなど、鈴木のユニークな話に会場は大ウケであったが、曲及び演奏はこの日一番しっとりと聴かせてくれた。

第一部が1時間余り、第二部に至っては1時間半近くとボリュームたっぷり、そして内容もずっしりの今年の聴き初め。今年も既にひと月余りが経ち、関東にいた頃と比べ本当に機会が減ったことを実感するが、少ないながらもこういう充実したライブを聴けるなら幸せなことだ。
今年は4月にロジャー=ダルトリーの来日、また春〜夏と井上陽水のツアー再開もあり、都合がつけば楽しみもありそうだ。

NEW COMBO〜20120205参

セットリスト(鈴木大介のブログによる)

1st
01 子象の行進
02 空の映写技師
03 Bebe
04 メラネシアン・サンズ
05 ターコイズ・ステップス
06 Race In(+松下)
07 Leaving Behind(+田口、松下)
08 Trilogy(+田口、松下)

2nd
01 黒いオルフェ(+田口、松下)
02 波(+田口、松下)
03 ブラジルの水彩画(+田口、松下)
04 いつか王子様が(+田口)
05 カンタローブ・アイランド(+田口)
06 Nullset
07 イザベルの花
08 失われた舟
09 夏のしるし

アンコール
Snow Apple, or Waiting

(※文中の敬称略)
posted by 紫乃薇春 at 23:14 | Comment(0) | 音楽

2011年10月29日

RUINS alone CD発売記念西日本ツアー at 佐賀

2011年10月29日(土)佐賀 LIVE BAR 雷神
「怪傑・豪傑 vol.3」

RUINS alone【CD発売記念西日本ツアー】
(吉田達也/Drums、Vocal、etc.)

対バン:
 やおよろず
 The Quiet Vegas
 白痴

RUINS〜20111029-01

先日福岡にてソロを聴いた山本精一が2年振りで久々…ということを当該の日記で書いたばかりだが、今夜聴く吉田達也はいつ以来かと過去のメモを漁っていた処、2005年の9月以来実に6年振りであった。長く関東に棲んでいた所為か一時期は山本精一より吉田達也のライブに接することの方が遥かに多かったが、環境の変化がもたらす影響を物語るかの様だ。
因みに6年前は大阪のBridgeにて高円寺百景、ルインズ波止場、是巨人と出演3バンドの全てに吉田達也が携わる「吉田達也叩きっぱなし」ライブであり、ルインズ波止場には先日の山本精一も係っていた。非常に濃く楽しいライブであったが、その時のハコ・Bridgeは既に無くなってしまったと聞く。質の高いライブを供する店が維持費や理不尽な著作権に蝕まれ幾つも姿を消している現状はとても寂しく、嘆かわしいことだ。

今夜は対バンが3つあり、どうやらいずれも地元のバンドらしい。吉田達也(RUINS alone)が当然トリだと高を括っていたらさに非ず、RUINS aloneは三番手で今回のライブを企画した白痴というバンドがトリを務めた。
一番手のやおよろずはまだ学生?と思しき若者達の4人編成で、ギターの特徴あるリフとキーボードの効果音めいたアグレッシブな音の動きがユニークだが、基本的にはシンプルなビートと絶叫系ヴォーカルのバンド。一番気になったのはドラムの人のいでたちで、THE WHOのロゴの入ったTシャツを着ていた。背中のデザインは見逃してしまったが、胸は意外にマニアックなIt's Hardのジャケット・デザイン。THE WHOが好きなのだろうか。残念ながら話しかける時間がなかったが、機会があれば訊ねてみたい気がする。
続くQuiet Vegasは少し大人びた雰囲気で、ギター、ドラム、ベース&キーボードのトリオ。やはり基本は明快なビートだが途中の曲で一瞬七拍子が聞こえた様に思ったのは気のせいか。いざという時のドラムの疾走には漲る気迫を感じた。シタールの様な多弦ベースとキーボードを繋ぎ合わせて時折幻想的なコーラスを生み出したりしていたのがユニーク。ギターの人は直前に指を怪我してしまったそうで、出音は思いの外綺麗だが細かい処理にやや精彩を欠いたのが残念。メインヴォーカルはギターの人が担当していたが、これも声質と声量に難があり残念な印象だった。
トリの白痴はQuiet Vegasのメンバーに聞いた処によると、少なくともドラムの人はまだ高校生だそうで、今回のライブはそうした若い人達が企画したのかと思うと頼もしくもある。ギター及びベースによるコミックバンド的要素とドラマーのヴィジュアル系要素を少量づつブレンドした感じで演奏自体はやや微妙であったが、吉田達也の後では勢いで押し通すしかなかっただろうか。ドラマーは小柄な女の子だが、全体重を預けるかの如く楽器に挑みかかり、音量だけならヨッシーに負けず劣らずだったのは今夜の敢闘賞に値する。
RUINS〜20111029-02
さて、吉田達也/RUINS aloneだが、御年50歳とは思えない相変らずの馬力である。RUINSは本来ヨッシーとベーシストによるデュオ・ユニットだが佐々木恒氏の脱退以来適任者がいない為、現在はたった一人でaloneと銘打って活動している模様である。ベースの穴は現在傍で扱うマックで補っている様だ。相手が人間ではないので咄嗟の場面転換等に息遣いより機械的な操作でやり取りする形になるが、収められた音は全てヨッシー自身が予め演奏しておいたものに違いなく、ぎこちなさや破綻はない。多くの楽器を人並外れた能力で扱うことが出来る吉田達也ならではの方法である。
デュオとしてベースと格闘技宜しく取組んでいた頃の荒々しさは若干控え目になったが、パートナーをベースと限定しなくなったことで逆により多彩な音が聴かれる様にもなった。尤もRUINSにとってそれが良いのかどうか一概には云えず、むしろRUINSと名乗らずに吉田達也ソロとしてやる方が好ましいのではないかという気もしなくもないが、しかし始まってしまえば底抜けに面白いことに変りはなかった。
他の出演者が皆ビートを元にアンサンブルを構築し唄を被せるオーソドックスなロックのスタイルであるのに対し、全身の器官がそれぞれ独立した時間を司る楽器として機能しながら怒涛の変拍子奇々怪々な旋律・和声を繰出してゆく。だが彼のこのプロジェクトの場合即興は殆どなく極限まで練上げた(予め仕上げられた)曲であり、下地となるのはあくまで彼の楽曲と肉体それ自身である。これぞプログレと云ってしまえばそれまでだが、たった一人で曲を構築しながらこんなに自在に全身を操れるのは吉田達也以外、そうはいないだろう。
どんなに音がでかくなっても、音数を刻んでも響きの端正さを失わないのはさすが。ヨッシーが来るとあってドラムがパワフルなバンドばかりを集めた様な今夜のライブだが、他は音数が増えると一本調子になったり、音量を上げると雑音が目立ってしまったりした。自ら出した音量・音数を支えきるだけの器を持合わせていないのだろう。他のバンドが一曲終る毎にMC等で一息入れていたのに、吉田達也は「どうも」等の挨拶もリズムの狭間に組込み、初めから終りまでのおよそ30分間を一切途切れずに(あたかも長大な一曲であるかの如く)やり通した。一見すると対バンの面々の方が若さ故の馬力に勝っていそうなのだが、ヨッシーは傍若無人に暴れている様でも無駄な力は使わないのだろう。だからこそメリハリもより際立ってくる。
聴いていて「ここ」という場所で必ず鋭い音を叩き込んでくれるのが個人的に吉田達也の最も嵌る処で、先日の山本精一とは好対照である。山本の場合は、(私なら)ここでこう弾く、という処でまず大抵外される。そこが山本の魅力でもあって、しばしば意表を突かれる、度肝を抜かれる事態に陥るのだが、吉田達也の持つ体内リズム、体内旋律が殊の外私に合っているのかも知れない。と云って到底私にはあんな曲、あんな演奏はは書けも出来もしないが。
しかし6年振りとはいえ、毎度聴く方も大量のカロリーを消費させられる人だ。今夜は初めから終りまで終始椅子に腰掛け寛ぎながら聴いていたつもりだが、終演後の帰り道結構な全身疲労と睡魔を覚えながらこれを綴る破目になった。
RUINS〜20111029-03
今夜の会場・雷神は客席35と決して広くはない(むしろ狭い)が、まだ新しく綺麗で、混み過ぎさえしなければ仲々居心地の良い店である。ステージの真前にテーブル席、その後ろ一段高い処にカウンター席がある。カウンター席の背後には客席を横切る通路があり、更に後ろにはボックス席とバー・カウンター。大分昔に通った心斎橋のクアトロを少しばかり彷彿とさせる様な、クアトロを百分の一くらいに縮小した様な造りである。
吉田達也にとって人生初の佐賀県でのライブ(本人談)だったそうだが、会場に居合せたのは出演者とその顔見知りもしくは関係者と思しき人達が殆ど。吉田達也目当てで行った純然たる客は我々だけしかいない風なのが残念だった。もっと浸透しこちらでのライブが増えれば楽しみも増すのだが…。
尚、RUINS aloneの同ツアーはこの後11月13日まで続き、九州・中国・四国・近畿の各地を巡る。お近くの方、御興味がおありの方はこの機会に是非足を運んでみて欲しい(詳細は吉田達也/磨崖仏の公式サイトを参照のこと)。
posted by 紫乃薇春 at 23:46 | Comment(0) | 音楽

2011年10月18日

-Alternative side- 山本精一 ソロ・ライブ

2011年10月18日(火)福岡 Utero

山本精一 Solo Live
 -Alternative side-

開場:19時 / 開演:19時30分
前売:2,500円 / 当日:2,800円

山本精一ソロ・ライブ〜20111018壱

2009年7月・横浜エアジンでの“山さ山”こと山本精一×さがゆき×山本達久トリオ以来の「生」山本精一である。山本精一という名をよく知らない方には「ボアダムズの」と云った方が通りが良いだろうか。尤も私はボアダムズは殆ど聴いたことがなく、山本精一と云えばまず「想い出波止場」が浮かぶ。
実を云うとうっかりしていて、今回の山本精一・福岡ライブは昨日と今日の2Days。ふた月程前に久々にその名で検索してみたらスケジュールが出てきて、10月に福岡に来ることは何となく頭にあった。だがきちんとメモを取らずにいた為、日付等は曖昧なまま暫く忘れてしまっていた。今日になって突然思い出し再度調べると、何とライブの当日だった。但し二日目。
二日それぞれプログラムが異なるらしく、昨日は「-Songs-」とあるので恐らく所謂「歌モノ」だったのだろうと思う。以前山本精一ソロで弾き語りを聴いたことがあり、その時はアコースティック・ギター一本でオリジナルを少々、あとは山本が好きなポップスや歌謡曲を山本独自の視点で再構築―というよりはむしろ解体してみせたが、昨日もそんな感じだったのだろうか。
一方今日は「-Alternative side-」と題されており、頗る多面性を持つ山本音楽の、別の側面(敢えて一面とは云わず)を魅せる内容となった。出来れば両日聴いて少なくとも二つ以上の異なる山本精一を堪能したかったが、仮に早めに思い出しても実の処昨日は時間が取れず聴けなかった様な気がする。

会場は思いの外狭く、壁際とドリンクコーナーのカウンター周りに幾つか椅子がある以外はオールスタンディング。カウンターの更に後ろ、PAの前に立ち始まるのを待っていると、開場予定時刻の19時半ほぼきっかりに山本精一が現れ、PAの人と軽く打合せ。それから客席を通ってステージに上がり、暫く機材のチェックをした後、まだ場内のSEが止まぬ間に始まるともなく演奏が始まった。
Alternative sideとある通り、この日の前半は挨拶以外殆どマイクを使わずギターのみでの演奏を繰広げた。即興だがさがゆきや加藤崇之などがやる完全即興とも違い、緩やかな分散和音から次第に熱を帯びて音色を変え、やがて爆音が押し寄せるという出だしの流れ。PAはともかく山本の出音は爆音であってもとても綺麗で、第一部の前半は灰野敬二のソロや嘗ての不失者を彷彿とさせた。殊に不失者の曲「めまい(Vartigo)」を想わせる様なリズムも調整もなく、ただ巨大な音の波が前後左右となく揺らぎながら迫りくる場面があり、空間認識が危うくなりそうな感覚を覚えつつも興味深かった。時折ハウリング・ノイズも交えたが、実際の音量はそこまででかくはなく、休憩を含めておよそ2時間半を聴き終えてもさほどの難聴にはならなかった。そういえばギターの他にキーボード(もしくはサンプラー)も用いていた様で、ギターの音と巧みに交錯させながらより多重な音の層を生み出していた。
ソロなので終始山本一人でやるのかと思っていたが、第一部の後半から客席にいたドラムの人を呼びその後は二人での演奏。ドラムが入るとどうしてもリズムが強調される所為か、それまでのジャンルのない音世界からロック色が強くなった。しかしただロックを演じる訳ではなく、端々にはみ出した音が怪しげに踊る辺りが如何にも山本精一らしい。途中でギターの弦が切れた辺りから山本の変態振りが露わになり、良い意味で壊れ始めた。ドラマーは地元の人だろうか、存じ上げない人だが健闘していた。よく山本のあの規格外の演奏について行ったものだと思う。しかしそのまま二部、そしてアンコールの途中まで叩いて客席に戻った姿は精根尽きた様にふらふらだった。

短い休憩の後は一見単調なビートが延々と続くインプロであったが、随所に奇妙な部品を散りばめながら急変する音のベクトル。時折音を落としつつも次第に高揚して、およそ30分もの嵐が続いた。しかし「オルタナティブ・アプローチはここまで」。第二部ラストからアンコールにかけて、恐らく前日そうだったであろう「歌」で締め括った。「下手なので人前では歌いたくない」と嘯く山本精一だが、きっと人一倍歌うのが好きなのだろう。ほぼオリジナルで占められていたが、当人が最初にコピーしたと語る加藤和彦の「あの素晴らしい愛をもう一度」の辿々しくも切ない唄とギターのフィンガー・ピッキングがすすり泣きを誘った。だが最後の「二つの木の歌」の終り間近、ギターの音を激しく歪ませてまるで『惑星ソラリス』の地球から急速に遠ざかるラスト・シーン、エドヴァルド=アルテミエフが自己を刻印したシンセサイザーの響きに通じる異世界を垣間見せた後、フッと消え入る様に終演。
山本精一ソロ・ライブ〜20111018弐
そこそこ面白いライブはしばしばあるものの仲々真骨頂を見せてくれない山本精一であるが、今夜は今まで聴いた中では最高の出来映えだったと思う。
今月下旬には吉田達也がRuins aloneのCD発売ツアーで福岡及び佐賀まで来るというし、偶にはこうしたアヴァンギャルドなライブを聴きだいと思っていた処で、今夜は思う存分楽しませて貰うことが出来た。
posted by 紫乃薇春 at 23:49 | Comment(0) | 音楽

2011年06月16日

上京〜どらビデオとさがゆき

上京〜20110616

昨日からバタバタとして実感のないまま今朝を迎えた。何か作業をする間に知らず知らず寝落ちしていたらしい。寝覚めの汗が気持悪いが、それでも眠れずに過ごすよりはましだろう。しかし軽く寝違えたのか、首やら肩が妙に重い。
今日は朝の内に家を出て、そのまま上京する。生憎天気は雨模様で、それも結構しっかり降っている。相方に最寄の駅まで送ってもらったが、車の乗降場所から改札までの僅かな距離でずぶ濡れになってしまった。この季節がなければ真夏に深刻な水不足で喘ぐのだろうと理解はしているが、出来ることならなるべく雨に祟られずに過ごしたいものだ。
数日前の週間予報で関東地方は週半ば晴れ間が覗く様なので期待していたが、今朝の予報では午後を中心に降るらしい。佐世保から特急「みどり」に乗りぼんやりしながら車窓を眺めていたが、多少の波はあるものの博多に着くまで絶間なく水紋が窓ガラスを刻んでいた。

3月下旬に一度関東を訪れているが、その時は身内の用事で小田原と鎌倉に僅かな時間滞在したのみだった。文字通りの上京は一昨年の秋以来ではないかと思う。
今回は明日、新大久保のEARTHDOMで行われるイベントに黒百合姉妹が出演するのを聴きに行く為だ。今夜は渋谷のBAR ISSHEEでさがゆき及び「どらビデオ」こと一楽儀光によるライブ(即興か?)があるので出来ればそちらも聴きたいが、東京に着いてからの体調と相談になるだろう。到着時刻もかなりギリギリなので、寝不足の苦酸っぱい不快感が収まらないとましてや雨の中出歩く気も起きそうにない。
博多で新幹線に乗換えおよそ三ヶ月振りに本州の風景を眺めているが、新下関から先暫くは余り覚えていない。どうやらうたた寝していたらしい。広島の手前で目が覚めた。その後岡山、新大阪と大きな駅に停車する度に窓の外を見てみるが、何処まで行っても雨の景色が続いた。

結局、東京に着いても雨は止まなかった。決して激しい降りではないが、傘を差さなければ確実に濡れる。尤もこの程度の雨なら普段は気にすることもないが、今は原発事故の所為であれこれ囁かれている昨今である。この雨粒ひとつに一体どれだけの放射性物質が含まれているのだろう。不安になりながらも宿は最寄の駅から近く、傘を出さずに歩いた。
体調がまだすっきりしない為今夜のライブをどうするか迷っていたが、さがゆきに渡すものもあり聴きたさが勝ってゆくことにした。渋谷という町がこの数年でどう変ったかも見てみたかった。
JRを乗継ぎ久々の山手線。人の流れが長崎の西涯とは比較にならない程激しく渦を巻いている。元々関東で生まれ育った者としては慣れた人込みの筈だが、2年近くも離れていると脅威に感じる。渋谷で降り、センター街に踏込むとそこは相変らず若者の街だった。

BAR ISSHEEはセンター街を突当たりまで進むその少し手前のビルにある。渋谷では嘗て夥しい数のライブを聴いたが、このお店は一度来たきり。それもその日の終演間際だった。うろ覚えで無事辿り着けるか心配だったが、案外体は忘れないものだ。
開演には間に合わず、扉を開けると既に既にどらビデオのソロ演奏が始まっていた。演奏というがあらかじめプログラミングされた音源と映像をキーボードの操作で目まぐるしく出し入れする、或る意味DJの様な雰囲気。だがそれが極めてユニークだ。日本も含め幾つかの国ではとても大っぴらにメディアに乗せられない様な、法とモラルすれすれにも見えるパフォーマンス。だがすんでの処で品位を失ってはいない処がこの一楽さんという人の素晴らしさ。
続いてさがゆきのソロが始まったが、どらビデオの最後の曲のテーマが性的不能を意味する英語であると聞くやお題をそのまま拝借し、独自の世界を繰広げた。そのお題も奇天烈だが、さがゆきのテンションの高さが尋常ではない。元々何処か異次元で音を出している様な人ではあるが、もう20年近く昔に知合った頃はともかく私が関東を離れる間際の時期にはそうした暴れ振りはいささか鳴りを潜めていた筈。この日は何がさがゆきのスイッチを入れたのか。どらビデオか、或いは更に要素があったのか。これから今でも原田仁と「Lucky Voodoo」を充分演じられるに違いない。
短めの休憩を挟んで後半はどらビデオとさがゆきのデュオ、そして急遽この日来店したサックス奏者、フルヤ・タケシをゲストに迎えてのトリオ。大きく波打ちながら終始テンションが上がりっ放しの演奏が続いた。お店のマスターが語った通り、前半におけるどらビデオとさがゆきのソロ、後半のデュオ、そしてトリオ、いずれも全く異なる色彩に満ちており、一粒で三度美味しい今夜のライブだった。

しかし凄い音圧。嘗てはこうした音に馴染んでいたが、この数年すっかり離れていたことを図らずも実感した。殊にトリオでの冒頭、近頃はすっかりなまっていた鼓膜が仰天しながらピリピリ慄えるのがわかった。心にはまたとない栄養だが、体はスタミナがないと置いてきぼりを喰ってしまう。
少々隔世の感を覚えながらも久し振りにこうしたライブ、やはり良いものだとしみじみ想った。
posted by 紫乃薇春 at 23:16 | Comment(0) | 音楽

2011年06月04日

福岡にて

関東から西、殆どの地域において既に早い梅雨入りが伝えられる中、取り残された様にぽっかりと晴天の続く九州北部。雨が降らないのは外歩きの多い生活者には有難いが、長い目で見れば水不足など心配だ。また遅れた分後ろにずれ、却って夏場になり長雨に祟られるのも嬉しいことではない。それに晴れ間が続くとはいえ日々湿度は増して来ており、前線が間近に迫っているのを肌で感じる今日この頃である。
3月の井上陽水公演以来、ほぼ三ヶ月振りの福岡。今日は天神のドラムロゴスという店で細野晴臣を聴く。他に対バンも幾つかある様だが体調が今ひとつ勝れない為、既に最初の出演者の出番が始まっているがそれは外して風街喫茶店に寄り、細野氏の出番前まで寛いでいる。随分緩い過ごし方だが、細野氏のライブに臨むにはこれくらいで丁度良いのではないだろうか。つい最近彼の新譜『HoSoNoVa』がリリースされたのを買って耳を通したが、低血圧な緊張感を保ちつつもこれ以上ないくらいの緩さだった。元々飄々とした人柄であくせくとか汗だくという印象からは遠い人だが、本人が晩年と呼ぶ年齢に差掛かり益々、淡々たるリズムとペースに磨きがかかったのかも知れない。
風街喫茶店〜20110604
風街喫茶店はオーナーがはっぴいえんどのファンであり、かの名作「風街ろまん」から名づけたとのこと。はっぴいえんどといえば嘗て細野氏が在籍した伝説のロックバンド。直接ではなくとも縁の店でライブの前の時間を費やすというのも仲々面白いものだ。
長浜公園〜20110604
まだ陽のあるうちに風街喫茶店を出て、親富孝通りをそぞろ歩きながら「ドラムロゴス」へ。向かいには長浜公園というのがあり、庭園風に設えてあるというがどうもそうは見えない。少し踏入ってみたが思いの外狭く、すぐに店へと向かった。
夜の7時過ぎ、扉を開けて中に入ると前の出演者・UAの出番の真最中だった。UAといえば4年前の七夕に京都の東寺で行われたイベント以来。その時も実のお目当てはYMOのステージであって、いずれも対バンの裏には人脈があるのかも知れない。独特の抑揚を持つ歌い手さんであるが、今の私の体内時計とは合わない様だ。嘗て『YOSUI TRIBUTE』で「傘がない」を歌っているのも聴いたが、曲の新たな魅力を引出す処までは行かなかった。
のんびり会場へ向かったのが仇となった様で、オールスタンディングの場内は既にすし詰めに近い状態。結局UAの演奏中は舞台の様子も殆ど見えないまま、ホールの最後部に佇んでいた。UAが終ると客の群れに動きが生じたので幾らか前に進むと、辛うじて人垣の隙間からステージのセットを見ることが出来た。
ドラムロゴス〜20110604
細野晴臣の出番は19時50分からとなっていたが、セッティングが押して始まったのは20時を過ぎてから。「今夜は10分くらい歌って30分くらい喋りで」などと冒頭挨拶し会場を哀しい笑いに誘ったが、実際には曲8割、MC2割くらい。今年4月のライブでは、震災の影響もあり僅か2曲しか歌わなかったとも聞いたが、その後の日々が音楽への熱意を回復させたのか。
出だし2曲程はアルバム『HoSoNoVa』の音そのままの緩い響きを奏でていたが、震災のこと、原発についての話を切出し「ミュージシャンは皆この福岡や京都に逃げてます」「僕みたいな老人はもう良いか、って。20年経って癌になると云われても、80(歳)だし」「一番深刻なのは子供のある人、若者達。若者でも老人でもない君達はどうするの?」と客席に匙を投げながら始めたクラフトワークの「放射能」辺りから、音色もシビア且つタイトさを帯び始めた。
その後はっぴいえんどやティン・パン・アレーの盟友・鈴木茂を迎え、演奏が加速してゆく。ゆったり椅子に腰掛けながらのステージだが後半は立上がり、テンポも次第に増してゆく。それに呼応するかの様に、客席からの拍手も一曲毎に大きくなってゆくのだった。
元来はペースであったりパーカッションであったり楽器演奏が本職の細野氏だが、その歌には彼ならではの味がある。個性は違うがエリック=クラプトンともその点は通じる。本人は晩年を意識しているなどというが、まだまだ老込まずあくまでマイペースで活躍を続けて頂きたい処だ。

細野晴臣の後もう一組予定されていたが、体調の不良が改善しない為退場した。
体力・気力が充実していない時の長時間立ちっはなしは出来れば遠慮したいものだ。
posted by 紫乃薇春 at 23:01 | Comment(0) | 音楽

2011年04月22日

サイマルラジオという、インターネットを通じて全国のラジオ放送が聴ける仕組を利用して、横浜の地域FM局「FMサルース」に出演したさがゆきの声を久々に聴いた。
相変らずよく通る声。知らない人が聴けば何の変哲もないラジオのコーナーに出演した一ゲストかも知れないが、本人を知る者としては何だか妙に照れ臭い。パーソナリティーが引出したトークの内容も長年のファンとしてはほぼお馴染みで、しばしば頷いたり、時折突込みを入れてみたり。だが、震災の後暫く迷いがあったというが、今は改めて歌うことに命を賭している様子、その充実振りが声から伝わってきて嬉しかった。

最近発表されたばかりの水谷浩章(B)とのデュオ・ユニット『うずらぎぬ』のCDから2曲、「おいしいもの」及び「五月の風の中で」が聴けたのも幸いだ。元々余り一般的なルートでは流通しないさがゆきのCDだが、このうずらぎぬも御多分に漏れず当面はライブ会場等のみでの販売とするらしく、遠方に移り住んだ今となっては入手もままならない。嘗て生で聴いた音を偲ぶだけの日々を過ごしていたが、およそ2年振りくらいでその新しい音に接することが出来た。
うずらぎぬといえば当初は楽曲中心に演奏するユニットであったが、ライブの回を重ねる毎に即興演奏が割合を占めていった。当時の記憶からCDも即興だろうとぼんやり思っていたが、どうやら曲演奏主体の内容らしい。調べてみると曲目は他に「けしゴム」「水の輪」「SAKANA」「夏の記憶」など全11曲。この内の数曲は過去に別のユニットでも録音されたことのある曲。「五月の風の中で」も数年前に『ココペリ』というユニットで収録し発表されたが、林正樹の一人でオーケストラを操る様なむせかえるグランドピアノの響きとはまた違う、歌とベース、それにまだ初々しさの残るギターの紡ぎ出す行間の多い音が新鮮であった。尚、ギターはさがゆき自身による演奏とのこと。

さがゆきと云えば来る5月には別のユニット『CONFEITO』を伴い九州ツアーを敢行するらしい。これは助川太郎(G)、土井徳浩(Cl)とのボサノヴァ・トリオ。行きたいのは山々だが、同じ九州といえど宮崎は遠い。
せめて博多で、いや出来ることなら長崎、佐世保辺りでのライブを望む処だ。
posted by 紫乃薇春 at 22:57 | Comment(0) | 音楽

2010年12月02日

博多 〜うたう夜〜

実に久し振りの博多の街。昨年12月21日及び22日にサンパレスで行われた井上陽水公演を聴いて以来である。正味一年経ってはいないが大差はない。特急に乗れば二時間足らずで着く容易さが「いつでも行かれる」という安心を生み、却って足が遠退くこととなった。
今回はまた鉄路による久々の遠出でもある。昨暮から今年初め京都での年越しを最後に、まともに利用することなく過ごした。特急での二時間弱は長距離と呼べるか微妙だが、そもそも日常に鉄道を殊に必要としない環境ではその利用自体が稀であり、列車の旅は元来好きだが正直緊張もある。昨晩は目が冴えて仲々寝付けなかったが、遠足の前の晩に興奮して夜更ししてしまう児童と違わないのかも知れない。ついでに云えば泊りがけの外出も今年2月の長崎におけるランタンフェスティバル以来である。
うたう夜〜20101202壱
今日は生憎の雨模様。降出すのは午後もしくは夕方との予報だったが、まだ午の時報も聞かぬ内から雨音がし始めた。前日まで比較的晴天の日が続いていただけに何故今日になって―という想いも実の処ないではないが、今日は夕方博多に着いてすぐコンサートを聴き、その後の晩餐のみで終ってしまいそうで、博多の街をぶらつくのは恐らく明日。むしろ今夜の顔触れから察するアンニュイな気分にこの天気は合っている様な、こじつけている様な。明日は午後から天候が回復するらしい。

JRの佐世保から特急「みどり」に乗り博多まで。佐世保市街地ではしっかり降っていた雨が、途中佐賀県内を通る間には小止みになったのか窓に走る水滴も粗方消えた。
しかし福岡県に入り、二日市を出て博多の街並が見え始める頃になると再び雨足が強まり、博多に着いて改札を出ると大雨と云って差支えないまでになった。アンニュイな情緒を楽しむというには程遠い空模様に思わず肩をすくめた。
以前訪れた時工事のシートが張り巡らされていた博多駅は、今も尚工事が続いていた。だがタクシーに乗る前ふと見上げると、既に出来上がったらしい出入口の新たな屋根が覗いているなど幾らか変化はある様だ。
うたう夜〜20101202弐
先に宿にてチェックインを済ませ、アクロス福岡へ。今宵の公演の始まりである。

A PROJECT OF TAEKO ONUKI &
RYUICHI SAKAMOTO UTAU TOUR 2010

大貫妙子(Vocal)
坂本龍一(Piano)

18:15 開場
19:00 開演

2010年12月2日(木)
アクロス福岡

バック・ミュージシャン無し、終始大貫と坂本の二人だけの演奏。こうしたシンプルな編成のステージは私にとっては比較的馴染み深いが、所謂商業音楽の畑に身を置いてきたこの方々が敢えてやる処に意味があるのだろうか。尤も坂本龍一はデュオどころか完全に一人でピアノだけ、という公演も多い様だし、嘗て彼のキャリアの中で最も有名だったYMOも基本はトリオと人数は少ない。一方の大貫妙子も小編成のステージが決して珍しいことではないらしいので、二人、というこの人数そのものにはそれ以上の意味はないのかも知れない。
セットリストを書ける程この二人に精通している訳ではないので詳細には触れないが、全体は休憩こそ入らないが、二人での演奏〜坂本ソロ〜再び二人での演奏と大きく三部に分けられた。開演時間になり、会場からの挨拶とお願いの後緩やかに落ちた客電。二人は揃って左袖から現れ、坂本はピアノ、大貫はスタンドマイクの前に立つとおもむろに一礼してすぐ演奏に移った。
このコンサートに臨む前、二人のツアーについて書かれたブログ等の幾つかに目を通し、その内のひとつにとある公演における曲順の詳細を載せている記事があった。今夜のセットも恐らく大差ないと思われるが、読んだリストでは一曲目に「美貌の青空」となっていた処今夜の一曲目は「Tango」でその後に「美貌の青空」が置かれるなど、若干の変更があった模様。殆どの曲は坂本が過去に書いた曲にこの度大貫が歌詞を乗せたもので、一部は大貫の楽曲。そして一曲だけよく知られた山田耕筰の童謡「赤とんぼ」を、他の人の作品から取上げる形になった。
ここで「赤とんぼ」を選んだのにも意味がある様で、日頃から言葉の選び方、韻や抑揚をを何処に置くか等気を遣うという大貫が、「赤とんぼ」が発表された当時議論された歌詞と旋律の関係、在り方所謂「赤とんぼ論争」について言及していたのがその顕れだった。
二人でのセットではほぼ一曲毎にMCが入る。主に大貫が話題を切出し、坂本がやや理屈を以て絡むのに大貫が感性で受けたり逸らしたりという知的な掛け合い漫才の様な喋りで、その和やかな空気と曲演奏での繊細さ及び緊張感の波間を観客は往き来した。前半最後の曲で歌い終えた大貫が静かに右袖に下がり、そこから暫く坂本の独演会。あたかも大貫の退場と共に水底に沈みたゆたう様な時間が訪れた。坂本は何を想いながらピアノに向かっていたのだろう。何もない真っ白な、或いは真っ暗な中で音だけを感じていたのかも知れないし、終演後の御飯のことを考えていたのかも知れない。だが紡がれる音からは、祈りの響きが伝わってきた。
深い深い淵の底から「Aqua」という曲と共に浮上した坂本。ここで大貫を呼び戻し、再び二人での演奏。打鍵の音より残響に惹かれるという坂本らしく、音数を減らすだけ減らし余韻を重んじる弾き振りの曲が多数を占める中で、終盤に演奏した「A-life」は往年のYMOを想わせるリズムの権化。音の粒どれを取っても生き生きと際立ち、この夜一番のハイライトとなった。
アンコール一曲目は坂本だけが登場し「戦場のメリークリスマス」を。その後大貫も出てきて大貫の曲「色彩都市」、そして再度のアンコールでも大貫の作品「突然の贈り物」を演奏して終演。本編では意識と無意識の狭間にある様な世界にいたが、アンコールは爽やかな季節の風を感じさせた。

体調も絡み途中幾度か睡魔の波も訪れたが、予想以上に「良い時間」を過ごせたと思う。
坂本龍一も大貫妙子もどちらかと云えば相方好みの人達だが、今回誘ってくれたことには心から感謝しよう。
うたう夜〜20101202参
posted by 紫乃薇春 at 23:25 | Comment(0) | 音楽

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