2015年02月10日

コメダ珈琲店にて

コメダにて〜20150210壱

四日振り、いや五日振りの仕事休み。朝はたっぷりと寝て過ごし、しかし午前の内に目覚めたが、休日らしいだらしなさと戯れている間に昼を過ぎてしまった。
午後の仕事に行くのとほぼ同じ時刻に外出をして、同じく今日が休みの家人と共に佐賀までドライブをした。

各地で梅の開花の噂を聞き、是非観に行きたい処だが、見頃にはまだ少々時期が早い様な気もする。
次の休みが月半ば。折よく連休となるので、天気と体調が良ければ大宰府か島原辺りへ行ってみたいと思う。桜よりは花期が長いと云いながら、ここ数年どうもぴったりの見頃に出逢えていない。まだひと握りの開花であったり、或いは既に盛りを過ぎて花びらの間引かれた頃に参じるのがオチだ。
今年は如何な塩梅か。

佐賀の市街近くまで来て、市内の喫茶店に寄るかそれとも先日博多からの帰りに見つけた星乃珈琲店まで足を延ばすか、少し迷ったが結局、市内ゆめタウン近くのコメダ珈琲店でお茶をして、ついでに早めの夕食も摂ることにした。
コメダにて〜20150210弐
たっぷりのブレンドコーヒーとポテサラサンド。この、サンドウィッチやトーストの類が名古屋発祥のお店らしさなのか、二層の具を挟んで分厚く、具も盛り沢山。ひと皿で相当なボリュームである。以前一度来た時その量に圧倒されたが、美味しいのでついまた注文してしまう。
定番のデザート・シロノワールまで食べたかったが正直、お腹の余裕が殆どない。ミニサイズなら入るだろうか。

明日は建国記念日だったか。近頃めっきり暦に疎くなっている。とにかく今夜は遅くなり過ぎない内に帰らねばならないだろう。
持場の関係で祝日出勤なので、他の多くの人が休みになる。また、幾らか寂しい職場で過ごすことになりそうだ。

コメダにて〜20150210参

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2015年02月04日

立春

昨夜は思いの外睡魔の訪れが早く、買っておいた鬼打ち豆を撒き忘れたまま寝入ってしまった。
はっとして目覚めると、既に日付の変った後。うっかりしていた、と家人に呟くと、「撒いておいたよ」と窘め顔で応えが返ってきた。ごめん、ありがとう、と礼を伝えて、すぐに再び眠りに堕ちてしまった。
結局今年はまだ、福豆を一粒も食べていない。尤も齢の数だけとなれば、数えるのもそろそろ面倒な年頃ではあるが。

立春〜20150204壱

暦の上では今日から春。だがどんよりと重く黒ずんだ雲が腹這いになり、時折雨粒の滴る冷たい夜明けを迎えた。
その後昼の時報を聞き、陽が西に傾くに従って雨の気配は幾らか遠のいたが、春らしい温もりからは程遠い一日を過ごした。

二番制の朝の仕事の帰り道、数ヶ月振りに佐世保市街外れの神社を訪ねた。こちらに来てから毎春、桜の様子を見守りに来る小さな社だ。小さいが、本殿の裏には平戸八景の一つが隠された趣深い社である。
立春〜20150204弐
恐らくはこの春もあるだろう「さくらプロジェクト」のことを想いながら境内を少し散策したが、どの桜も未だ蕾は硬く閉じている。しかしいずれも枯れることなく確かに新たな芽を宿しているのであって、やがて冬将軍が逝く頃にはまた艶やかな色を見せてくれるのだろう。

アウロラのブルーインクのポドルスが欲しいと思い、先日頼んでおいたものが今日送られてきた。
が、梱包を解き、箱から取出すと。甚だしく液漏れをしている様子。運搬の途中で漏れたものか、或いはイタリアからの空輸の際には既にこの状態だったのかは定かでない。ビンが割れている様子はなく、フィルム包装されている為、幸い指や衣類等を汚すことはなかった。
何らかの理由でフタが緩んでしまったのだろうが、取りあえず症状を発送元に伝え、交換か返品かあちらに委ねることにした。
残念だが、もう暫くカートリッジの世話になろうと思う。
立春〜20150204参
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2015年02月01日

如月咲く日

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月明け、久々に仕事休みの日曜日。
朝は早くに目覚めたが、すぐに寝直した。昼、正午の時報が目覚まし代りであったが、テレビの旅番組や料理番組など観ている内に時が過ぎ、気づけばまたも寝落ちしていた。
そのまま引籠りの休日を過ごしそうな気分でいたが、ふと、休みの日でなければ果たし難い用を思い出して重い腰を上げた。
その後佐世保の街に繰出し、新たなショッピングモールで時間を費やして、夕方からは思いの外活動的に過ごした。

家人が今日、新たな万年筆を購入したので、試し書きさせてもらう。パイロットのグランセ(GRANCE)。軸の色はアメシスト。良い色である。
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インクは純正の黒。驚く程インクフローが良く、まるでペリカンの様で実に書き易い。

アウロラの場合はむしろ、殊に初めの内は控え目過ぎるインクフローが万年筆マニアには有名な特徴であるらしい。
代表作オプティマなどは使い込む程豊かにインクが乗るらしく、イプシロンはどうだかわからないが、とにかく日々綴ってゆきたいと思う。
しかし字の拙さは相変らずで、文章を書くよりまずは平仮名・片仮名から習字でもした方が良いのかとも思う。

月が替って今月は、職場用にとカレンダーを自作してみた。
年賀状のデザインを流用してみたが、あながち悪い出来ではないと自画自賛。困ったものだ。

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2015年01月31日

睦月末日

怒濤の慌ただしさの中、息つく暇もなく過ぎて行った年末と打って変って、ぽっかり空いた霹靂の様に間延びした年明け。
そんな1月も、今日で終る。

昨夏より同じ部署で時を過ごした同僚が一人、本日付で退職した。
所謂同期は彼だけだったので、一抹の寂しさが否めない。
また、家人を除けば此方に移り住み恐らく最も多くの言葉を交わした人物だから、これから暫くはそこはかとない喪失感を抑えきれないだろう。
が、あくまで前向きな意図による退職だから、今後の彼の健康と飛躍を祈ろう。
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アウロラ・イプシロンを手にして三日目。
一昨日よりは昨日、昨日よりは今日、徐々に発色が増してはいるが、まだ「書く」というより、ペンに「書かされている」感覚が強い。
尚も焦らずゆっくりとペンに馴染んでゆきたいと思ってはいるが、扱いこなす前にペン先が駄目になりはしないか心配でならない今日この頃である。

疲れず、何時間でもペンを走らせていられる、そんな書き方は一体どれ程書けば身につくのだろうか。

使い始めた最初の頃より、インクの色が幾分濃くなった気がする。
それだけインクが浸透してきたのだろうか。
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2015年01月29日

初アウロラ

オーロラ、ではない。尤もアルファベットで記せばいずれもAURORAであり、意味する処は極光で間違いないかと思うが、私の云うアウロラ(AURORA)は、イタリアの筆記具メーカーのことである。
現在、暦通りではない勤務に就いている為に、平日ではあるが今日は非番の日となった。同じく今日が休みの家人と共に昨晩から車を走らせ、道中予約無しで泊まれる宿を見つけて仮眠を摂った。今朝―というより昼近くなってしまったが、博多に赴き、駅ビルと化したアミュプラザや天神辺りの店を巡り久々に色々と買物をした。
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元来散文や詩の様なものを綴ったり、手紙魔と呼ばれる程に書簡をしたためたりするのを好んでいたが、酷い乱筆がコンプレックスで、ワープロまたパソコンが普及し出してからは手書きをすることが殆ど無くなってしまっていた。
きっかけは何だったか、すっかり忘れてしまったが、イタリアにアウロラという筆記具のブランドがあるのを知り、深く惹かれた。これまで強い意識はなかったが、フェラーリといいアズーリ(サッカー)といい、或いはヴィスコンティの映画も然り、イタリアの文化、イタリアの人々が生み出す何かが殊に好きなのかも知れない。

字が下手なことを殊更強く意識させられる筆記具の代表として、長いこと万年筆を苦手としていた。実際、まだ十代の頃初めて手にした万年筆のペン先をものの数日で書き潰してから、自然と避けていた節がある。ボールペンやサインペンがあれば大抵の用は足りるので、少なくとも私にとっては万年筆が必需品であった試しがなかった。
がしかし、長らく事務上の必要を除けば手書きから離れていた私が近頃再び書くことに意識を向け始め、折しも家人が最近万年筆に拘りを持つ様になって、この歴史ある筆記具に無性に魅力を感じたとしても我ながら決して意外なことではない。そこに、順序は定かでないがアウロラの存在を知り、他の例えばボールペン等製造はしていても本領は万年筆だと知れば、より強く関心を抱くのも然り。
アウロラには何よりオプティマと呼ばれる美のシリーズがあるが、久しく万年筆など使っていないほぼ初心者にとってはいささか高価過ぎる代物である。よりカジュアルで力まず手に出来る製品として、イプシロンという種類があり、丁度今イプシロンキャンペーンと称して、買上げ時に無料でペンケースを同梱するとのこと。それにつられた訳でもないが、黒と迷った挙句試書させてもらい、より書き味の滑らかに感じるブルーの方を選んだ。青とは云え、幾分紫がかった群青に近い色である点にも惹かれた。
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インクはアウロラの青。同メーカーの純正品は黒と青の二色しかなく、黒は濃淡の殆どないマットな色だそうだが、青は仄かに紫を帯びた仲々良い色である。メーカー推奨のインクにドクター・ヤンセンというメーカーのものがあるらしく、様々テーマに添った色を用意しているそうだが、東京か関西辺りまで行かないと入手は難しい様だ。

実は、アウロラというメーカーに強く惹かれはしたが、はっきりした紫色の万年筆がないらしいのが暫く悩む種となっていた。ネットで見る分にはオプティマのバーガンディが部分的に紫に見えないこともなかったが、博多にある幾つかの取扱店舗で実物を見ると明らかに赤であり、それは深みのあるとても良い色ではあるが若干望みとは異なっていた。ゆくゆくもっと高価なアウロラを手に入れたいと思う日が来るかも知れず、バーガンディも一つの候補ではあるが、丁度その頃に紫のアウロロイド樹脂を用いた限定品が発売されないかと期待したい処だ。
が、とにかく今は漸く手にしたイプシロンに馴染み、その握り具合と書き味を堪能したいと思う。

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posted by 紫乃薇春 at 22:59 | Comment(0) | 日記

2015年01月01日

謹賀新年

2015(平成二十七)年も無事開けた様で、何より。
まずは明けましておめでとうございます。不束者ですが、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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と新春の挨拶などした処で、久し振りの日記である。ブログにおいては昨年の4月末以来、mixi等幾つかのSNSにおいても初夏頃に記した某コンサートのリポート以来およそ半年振りかと思う。
実は長いこの間にも未公開の状態で投稿の下拵えだけは日々行っていた。中には既に全文打終えて公開可能な記事もあるのだが、しかしいつ頃からか(殊にブログにおいて)毎日最低1エントリという本来は無い筈の慣わしの様なものが出来てしまい、それが近年実生活の多忙さと折合いがつかず自身の首を絞める形になって、出来上がった日記にも仲々陽の目を見せられずにいた。
正直、馬鹿げた話である。たかが日記、(「されど日記」でもあるが)しきたりなど要らず書き流して行けば良いのだが、旧年中はそう割切ることが出来なかった。新たな年を迎えるにあたり、今年からは気負わず書ける時だけ書いて、きちんと公開して行きたいと思う次第である。

年末は実の処慌ただしく、連日の超過勤務。本来の非番が買上げられたこともあり、休日は片手で足りるだけしか無かった。そんな中でもとにかく年賀状を作成して、旧年内の投函に漕着けられたことは幸いである。
一時期はパソコンがあればmixi等幾つかのSNSで年賀状を届けるサービスがあり、住所を知らなくてもリンクしている人には送ることが出来た。だがスマホやiPhoneが主流になってから、未だに俗に云うガラケー利用者の私にはその手のサービスが縁遠くなってしまった。メールアドレスを知る人にはこの後順次年賀メールを送るつもりでいるが、そうでない方には失礼ながらこのエントリを以て年賀の挨拶とさせて頂く。

不順な天候が年々気になる処だが、大晦日の雨の後著しい寒気がなだれ込んだのか、九州北部の此方雪化粧の新年を迎えた。天候は目まぐるしく変り時折陽射しも垣間見えるので深く積もる様子は今の処ないが、ふと窓の外に目をやれば激しく吹雪いている。
この数年遠出はせず現在の地元で正月を過ごしていたが、今年は久々に鉄路で旅気分である。当初は馴染み深い京都へ行く予定だったが、自分達の現状を省みてもう少し近く、福岡で三が日を過ごすことにした。「博多で」と云いたい処だが、宿は博多でもそこにばかり滞在する訳ではなく、例えば太宰府など近隣の観光地を訪ねる予定もあるので福岡と書いた。
北日本と違い雪に必ずしも強いとは云えない九州で、この吹雪は交通網に多大な影響を与えないかと不安だが、取りあえず鉄路は今の処大きな乱れもなく運行出来ている様で安心した。尤も現地に着いてから徘徊するのもままならぬくらい、荒れた天気に見舞われる惧れも無くはない。

次の日記がいつになるかは定かでないが、福岡から戻り三が日の出来事など記す時間があれば幸いである。
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2014年04月23日

黄色い愛

蒲公英〜20140423

時に、路傍の花は。
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2014年04月14日

緑の匂い

緑の匂い〜20140414

今朝方まで雨は残って
昼下がり、緑の匂いが日だまりを慄わすのだった。
posted by 紫乃薇春 at 21:27 | Comment(0) | 日記

2014年03月28日

朝に

薄明滲む頃、向かい合う月と明星を見た。
互いの光を盗もうとするトムとジェリーの様だ。

朝〜20140328

この後、再び野母崎へ。
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2014年03月26日

野母崎にて

本日仕事で野母崎へ。往きと帰りと道すがら、沖合いに浮かぶ軍艦島に出くわした。
写真や映像では幾度も見たことがあるが、実物を目の当たりにするのは初めてのことである。

軍艦島〜20140326

確かに名の通り、海原を漂流する艦船の様だ。幽霊船を思わせるシルエットが心許ない。
それにしても興味深い長崎の南端であるが、まさかプライヴェートより先に仕事で訪ねることになろうとは思わず、苦笑い。
posted by 紫乃薇春 at 21:10 | Comment(0) | 日記

2014年03月21日

春分

春分〜20140321

変哲もなく過ごした節気の夕暮れ。
posted by 紫乃薇春 at 22:04 | Comment(0) | 日記

2014年03月19日

朝に

朝〜20140319

思いがけぬ早さで呼ぶ声に
未だ寝ぼけた表情の停車場。
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2014年03月12日

大野にて

左石駅〜20140312

今日の扉は左の石。
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2014年03月08日

週末の朝

土曜日、朝〜20140308

日の出前に逃避行。
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2014年03月07日

神社にて

神社にて〜20140307

置きざりの遊び心。
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2014年02月28日

観梅

二月末日。概ね晴れだが、そこはかとなく靄がかかって見えるのは飛来した物質の所為か。以前は限られた時期にしかニュースにされるもなかったが、ここ数年は年中無休でこの靄の話をしている様な気がする。
花粉の飛散もそろそろ本格化する頃で、幸いまだ辛い症状に苛まれたことはないが体を蝕まれていることには違いない。春という言葉が億劫にすり替るのも、時間の問題か。

桜はまだまだ蕾だが、梅は各地で咲き乱れているらしい。いや既に、早い場所では散り始めている様である。
観梅〜20140228
桜の様に必ずしも毎年ではないが、梅の花の咲く風情も私は好きで季節になるとしばしば名所を求めて彷徨い歩く。鎌倉にいた頃は荏柄天神の梅をよく観にいったものだ。尤も境内全ての梅が見頃の時期に出会うことは仲々なく、何処か寂しい気分で帰ることが殆どだった。意外に実家の紅白梅が見事に咲くもので、玄関先でそれを眺めて溜飲を下げることも度々あった。
九州に移り住んでからは何より、太宰府天満宮の梅が見事なものである。殊に飛梅と呼ばれる白梅は道真公の逸話と相俟って迫力のある大木だが、実は他の梅と開花の時期が合わず、境内が満開になる頃には飛梅はほぼ散り終えてしまっているのが実情である。それに県北と云えど長崎から太宰府までは遠く、ちょっと近所でも、というつもりで訪ねる訳には行かない。
これまでで最も見応えがあったのは、滋賀県南部・石山寺の梅園。もうかれこれ二十年近く昔のことだが、三月も下旬になって訪ねた時は様々な色合いの紅白の梅が咲き揃い、桜でないのに春爛漫。桃でもないのに桃源郷という響きがこだました。しかし観たのは一度きり、鎌倉からも九州からも尚遠い幻の様な思い出である。
此方に来て最も身近な梅の見所と云えば、武雄の御船が丘梅林だろうか。園でなく梅林というだけあって、梅の数は群を抜いている。そして紅梅も白梅もそれぞれあるのだが、実の処いささか艶の乏しさがある。確かに満開を迎えた時など一帯が香に満ちて、梅の仄かな色気が漂うが、桜などと比べるとどうしても痩せて見える。石山寺などで堪能したふくよかさが感じられない。それでもとにかく梅が観たいという時には、自宅から一時走れば辿り着く易しさは重宝する。
しかし今年は県内の名所が観たいと我儘を云った。島原城の梅園である。長崎とひと口に云っても南北に広く、県北から島原まではひと旅行するくらいの距離があるのだが、家人に促し南下した。

島原城は島原の町のほぼ中心。半島ではまだ中ほどだが、県内で見れば随分南に当たる。
余りよく知らずにいたが、ここの梅は県内で最も早く咲くことで有名なのだそうである。正直出足の遅い今年、予めそれを知っていればわざわざ行くこともなかったろうが、数日前のリポートで「まだ幾日か保ちそう」という報告を頼りに駆けつけた。
観梅〜20140228
残念ながらというか、案の定というべきか、二月末日の島原の梅は既に散り始め。遠目にはまだ満開を迎えていないのかという風情だが、近くに寄ってよく見ると既に散り落ち萼だけが残る枝が何本もあった。
しかしそれでもまだ紅白とも残る花は残り、県内では数少ない艶やかな梅の色を宿していた。堀端で入館料を払い小一時間、往復の途に比べたら短めの滞在だが、敢えて天守閣には上らず、梅を眺めることだけに専心した。
島原では既に次の催し、雛祭に合わせた企画を推進している様で、平日ということもあり梅園を訪れる客はまばらだったのが寂しい。その分のんびり観ることが出来たとも云えようが、梅の木と観梅の客とどちらが多いかわからないくらいの賑わいを見れば、こっそりと梅の精、或いは仙人がその人並に紛れて微笑む姿を垣間見られたかも知れない。
観梅〜20140228

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2014年02月24日

朝に

朝〜20140224

珍しく、靄消え切らぬ中を出かけた朝。
早朝の公園は有翼の主達の楽園らしい。
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2014年02月05日

春節祭

長崎ランタンフェスティバル2014

2014年(平成26年)1月31日(金)―2月14日(金)
長崎中華街、湊公園、浜町アーケード、他

立春と前後して今年も春節祭、所謂ランタンフェスティバルの時期が来た。此方に移り住んだのが2009年の8月。翌2010年以来毎年、この時期に一度は長崎市街を訪ね同フェスティバルを見物しており今年で5回目になる。

長崎ランタンフェスティバル〜20140205

主会場は新地の湊公園で、北西側に舞台が組まれ龍踊りをはじめとして様々な出し物が行われる他飲食物や土産物等の売店が立ち並び、一方南東側には人物や魚、鳥等色々な形のランタン(提灯)が飾られ、そして公園の最も目立つ場所にはその年の干支を象った巨大なランタンオブジェが据え置かれる。初めて見たのは猛々しい虎(寅)のランタンで、それから兎(卯)、龍(辰)、蛇(巳)と来て今年は馬(午)である。これらは毎回新たに造るのではなく、どうやら同じオブジェを修繕したり手を加えながら繰返し使っている様だ。
湊公園以外の会場、例えば中華街脇の銅座川上や唐人町、浜町等には他の年の干支が飾られる。今年なら銅座川上には昨年の巳年のオブジェが置かれ、唐人町の入口にはまだ先の酉年のランタンが飾ってあった。どれもこれも見応えのあるものだが、殊に今年の午のオブジェは全十二支で最も高く、およそ10mだそうである。
湊公園の隣、中華街には毎年、沢山の赤いランタンが吊される。ランタンより訪れる人の方が多く、人波を掻分けて進むのも一苦労だが、角度を変えながらランタンを見上げていると、ふとした瞬間川の流れの様に見えることがある。一つ一つの灯りの向うには、大河に似た時が刻まれているのかも知れない。

長崎ランタンフェスティバル〜20140205

昨年までは築町電停から中華街を抜け、湊公園で暫く過ごした後はアーケード方面をそぞろ歩くのが常だった。それはそれで楽しかったが、少々マンネリを覚えてもいたので、今年は湊公園から唐人町を巡ることにした。
巡るといってもそう広大な範囲でもないが、辺り一帯が嘗て唐人屋敷と呼ばれる家屋のあった場所だと思うとそれなりに広い。一棟にしては余りに大き過ぎる気もするので、幾つもの建物が建並んでいたのだろうと思う。
住居としての唐人屋敷は殆ど残っていない様だが、幾つかの御堂及び福建会館(會館)が歴史を伝える建物として現在も保存されている。それらを巡るコースが四堂巡り呼ばれ、今の時期には迷わぬ様路地にランタンが灯されている。湊公園に最も近い土神堂から天后堂、観音堂と巡り、最後に福建会館を訪ねる逆時計回りのルートである。
以前日中に唐人町を訪れたことがあるが、その時は土神堂と福建会館にしか入れず、天后堂及び観音堂は外から眺めるのみであった。天后堂は門が施錠されており、観音堂はとある幼稚園の敷地内にある為頼めば或いは見学させて貰えたのかも知れないが、弱腰の所為で切り出すことが出来なかった。ランタンフェスティバル開催中の今は来訪者も多く、いずれも開放されている(尤もいずれも係の人がかしこまった体で堂内に座っているので、そわそわして気分は急ぎ足になってしまったのだが)。
赤土を用いた御堂は日本式の寺院等とは大分趣が違い、中華独特の風情だろうか。黄檗の萬福寺辺りと比べるとどこも遥かにこじんまりとしているが、歴代の唐人達の想いが刻まれ大切にされてきたのだろう。いずれも火災で消失し、明治になって再建或いは改修されたそうだが、見事に復元されているものと思う。
長崎ランタンフェスティバル〜20140205

四堂巡りはそれぞれをじっくり観て小一時間もあれば巡り終えてしまうものだが、平日で出足が遅かったこともあり、湊公園に戻る頃には出し物も全て終ったあとだった。
時間が許せば再度訪ねて今度はアーケード等にも足を運びたいが、今年はちょっと厳しいか。
posted by 紫乃薇春 at 23:22 | Comment(0) | 日記

2014年02月04日

立春

一年を二十四に分割する節気も一巡し、今日がその最初の暦。立春である。
毎年立春には立春であることを意識し、大抵はこんな具合に日記の材料にもしてきた。昨年も同様に日記を書いたのが、例年より最近の様な気がする。昨日のことの様―とまでは云わないが、加齢と共に月日の経つのが早くなるという一例である。
誰が云ったかは忘れたが、時の感じ方の差は分母の違いだと聞いたことがある。年数・時間・秒等、いずれにしても齢を取れば取る程分母は大きくなってゆく。1分の1ならばそれはその人の全てであるが、10000分の1であったり100000分の1であったりすればそれまで生きてきた中の一瞬に過ぎないであろう。それが全てだとは思わないが、確かに一理ある話ではあるまいか。

暦の上では今日から春だが、昨晩以来軒並冷え込んだ。今日の予想最高気温は摂氏6度で、昨日より10度も低いとのこと。長崎県北としては正に真冬の気温である。
「立春寒波」という、テレビ番組(ニュースだったか)での誰かの云い回しが妙に響いた。ありふれた表現なのかも知れないが、ツボを心得ている様に思う。
立春〜20140204
しかし風向きが変ったからなのか、暫く続いた大気の濁りが幾らか収まり、午後には久々に澄んだ青空が戻ってきた。主にPM2.5と呼ばれる汚染物質が一体どれだけ蔓延っているのかと思うが、気流の違いで大幅に量が増減するというのはやはり然るべき場所から押寄せているということなのか。そういえば先頃長崎県では、PM2.5が健康に及ぼす影響についての調査を行うことを発表した。大村市にある県環境保健研究センターが長崎大学病院等と連携し、向う3年間に亘り喘息患者の病状とPM2.5の相関関係を調べると共に、主な発生源―懸念される大陸からの飛来がどれほどのものか、また県内(国内)における自動車の排気ガスや煙草等による同物質がどの程度のものなのかについても探る模様。自治体が独自にこの様な調査を行うのは珍しいことらしいが、無用な力を背後に交えることなく、是非とも正確なデータを出して頂きたい処である。

夕方、桜の様子を観に須佐神社を訪ねた。
立春〜20140204
2月上旬のソメイヨシノは、既に蕾が芽生えてはいるがまだ小さく、硬い。しかしこの立春寒波のおかげで、今年の桜は綺麗に咲いてくれるのではないか。
今年は引越の話も出ており早ければ年度末にも―と相談していたが、少なくともこの春の転居はなさそうだ。計画を立てるだけ立てながら、結局来年或いは再来年になるかも知れない。
引越したら転居先で新たな桜を探すつもりだが、少なくとも今春のさくらプロジェクトにおいては恐らく、この数年見続けた須佐のソメイヨシノをまたマイ桜に選ぶことになりそうだ。

今夜はいつも飲む野菜スープに加え、根菜の煮物を炊いた。立春にその様なものを食す風習が殊にある訳ではないが、大根にしろ馬鈴薯にしろ今が一番美味しい季節。おまけに身体を温める働きもあるらしく、寒いこの時期有難いことである。
立春〜20140204
風邪はもとよりインフルエンザ、ノロウィルス等まだまだ猛威を奮う季節。不用意に罹患することのない様、自身で出来ることは心掛けて過ごしたい。
posted by 紫乃薇春 at 23:05 | Comment(0) | 日記

2014年02月03日

節分

大寒を過ぎて先月下旬に入る頃から、暫く温暖な日が続いた。その日毎に変動はあるが緩やかに気温は上昇を続け、月末には遂に日中上着を脱ぐ程になった。
が、2月に入り1日夜の雨の後、また寒さが戻りつつある様だ。投票の為昨夜出歩いた時はまだ軽装で凌げたが、今日は昼夜の差が著しい。日中は汗ばむ程であったのが、夜はその汗が冷えて思わず身震いをして、帰宅してから久々に暖房を入れる羽目になった。明日はまた一段と冷え込むらしい。

近年、節分の迫るこの時期になると「恵方巻」なるものを度々見かける様になった。太巻の丸かぶり寿司で、元々は関西の一部でのみ節分に食べる風習があったとのこと。それが最近になり、急速に全国にひろまったらしい。背景には商魂が見え隠れし、云うならばバレンタインデーのチョコレートの様なものだろうか。
巻き寿司の類は嫌いではないが、太巻となると1本に様々な具が入り、口にしないネタも使われる。自身には余り縁のない食物かと思っていたが、近頃は細巻だのケーキを巻き寿司に見立てた恵方巻ロール等、本来とは姿を変えた代物も多数登場し始めた。ケーキも好きだが細巻なら具もシンプルな中から選べる為、今年は近所のスーパーで細巻寿司の詰合せを買ってみた。
節分〜20140203
緑のはかっぱ(胡瓜)、黄色いネタはお新香で、赤いのは梅紫蘇かと思ったらしば漬だった様だ。信号機の様な色の取合せだが、それなりに美味しく頂けた。ただ前日に買っておいたら酢飯がいささか硬くなり、食感が損なわれてしまったのが残念である。

夕方、佐世保の亀山八幡宮を訪れた。毎年節分祭が行われているそうだが、今年は早めに時間が空いたので見物してみようかと思い立った。
当初テレビだかの広告を見た時は豆撒きが16時から、と読めた為さすがに間に合わないかと思ったが、改めて確認した処午後6時からとのことだったので、充分参加出来そうだ。17時過ぎには現地に着いて参拝を済ませたが、境内にはまだ殆ど人がいない。恒例の催しという割には余りに閑散としていないかと少々不安になり、募り来る寒さを足踏みで凌ぎながら待っていた。
しかし心配は無用だった様で、18時が近づくにつれじわじわと人が増え始めた。迂闊だが、行事は本殿の前でやるものとばかり思っていた。いつまで経ってもまばらだなと首を傾げていたのだが、ふと気づくと参道脇を外れた櫓の前に人だかりが出来ている。以前夏祭に参加した折、よさこいやのど自慢等の催しが行われた場所だ。はっとして移ると、会場はそちらの様子。18時少し前に進行の人が出てきて段取りを説明。ウォーミングアップと称して集う人達に「鬼は外、福は内」の掛け声の練習を促し、18時になった処で宮司と年男、年女の有志の方々が登場して、豆撒きが始まった。
節分〜20140203
初めに枡の中の大豆をひとしきり撒いた後、「皆さんお待ちかねの」と云って一人一人ザルを抱え、袋詰めの豆を撒き始めた。撒かれたのは豆だけではなかった様で、ポン菓子やスナック菓子、紅白の餅など色々である。初めての参加でもあり群れの最後列でひっそりと見守っていたのだが、還暦と仰る強肩の方が遠投してくれたおかげで私もおこぼれに預かることが出来た。戦利品は白い餅一個。
豆撒きが終ると社に再びお参りし、くじ引きに群がる列を後目に境内を立去った。

夜、帰宅して食事を済ませ、改めて家人と豆撒きをした。二人きりでの豆撒きは何処か地味な寂しさがあるが、無病息災を願っての風習は加齢と共に実感を増して、是非大切にしたいものである。
撒き終えて残った豆を年の数だけ食べた。豆は数え年と云われ、実年齢に一つを足して食べるものと教わってきたが、さて今年は幾つだったか。
節分〜20140203
posted by 紫乃薇春 at 23:05 | Comment(0) | 日記

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