2012年12月12日

木下惠介100歳

木下惠介百歳〜20121212

今年2012年は映画監督・木下惠介の生誕100年に当たる。12月5日がその誕生日であった。迂闊にもつい先日まで、同じ松竹の先輩に当たる小津安二郎の誕生日と混同―もしくは取違えていて、この12月12日をその日と誤って覚えていた。因みに本日は小津安二郎の109回目の誕生日であり、同時に49回目の命日である。
5日にはしかしながら奇しくも(皮肉にも?)木下監督の『花咲く港』をDVDにて鑑賞していた処だった。この『花咲く港』と『カルメン故郷に帰る』のどちらかをその誕生日に観ようと思っていた処で、その意味では奇遇なのだが、しかし気持は『カルメン』に傾いていただけに、自身の手抜かりとはいえ一杯喰わされた気になった。

『花咲く港』は1943年に公開された、木下惠介の初監督作品である。同年には黒澤明も『姿三四郎』でデビューし、所謂戦時中ではあるが日本映画界においては未来に続く光明の年でもあった(尚、翌1944年には川島雄三が『還ってきた男』でデビューしている)。
時勢に違わず本来は国策映画として企画された作品であるが、南九州の離島を舞台に一人一人の濃い性格付けを通して、木下惠介は現代でも充分に見応えある喜劇を創り上げている。その後の妥協しない慎重さで普遍性と完成度の高い作品群を連ねてゆく黒澤に比べ、木下の方は(妥協はないのだろうが)やや性急で綻びた作品をしばしば産み落とすことになるのだが、こと処女作に関しては木下の方が普遍性に勝っている様に見える。思えば、木下惠介という人は早熟の天才だったのだろう。新しモノ好きという性格も初期の活動においては殊に活きて働いたのかも知れない。尤もそれが最大限に発揮されるのは、1951年公開の『カルメン故郷に帰る』であるが。
戦前の松竹を支えた二人の「ヤスジロウ」の一方・島津保次郎の下で助監督を務め、手腕を認められたのか優秀なスタッフに囲まれ、画も音声も戦時中の作品としては実に綺麗である(現代のリマスタリングの賜物でもあるのだろうが)。
キャストにもまた恵まれた。笠智衆や東野英治郎、坂本武といった当時の所謂「小津組」の役者達(上原謙も或る意味そうだ)、実力派の小沢栄太郎や東山千栄子、村瀬幸子、後にテレビドラマで味のある父親役を多く演じる大坂志郎が当時はまだ初々しい新人として出ており、水戸光子や槇芙佐子といったクセのある綺麗どころも配している。主人公は離島を訪れる二人のペテン師で、どう見ても胡散臭い「渡瀬健介」(野長瀬修三)を演じる小沢栄太郎は正しく怪演という他ないが、辿々しいズーズー弁が妙に滑稽な上原謙も魅力的。とかく美貌だが演技は…と揶揄されがちな俳優だがこの映画では実に生き生きとして、内容の薄いロマンスの二枚目役が多いが本領は喜劇役者なのだと想わせる。
面白おかしい場面ばかりでなく、槇芙佐子扮するせつ子の父・袈裟治の乗った鰹船が米国の潜水艦に撃たれて沈んだというくだりに悲哀が、そして本来の国策映画としての背景が垣間見える。ペテン師二人が、舞台である離島で嘗て造船所を造ろうとして尊敬を集めた人物の遺児を名乗るのもまた同様である。物語の合間に米英との宣戦布告のエピソードが挟まる辺り、確かに時代を匂わせる。『二十四の瞳』等戦後の作品では登場人物に反戦の含みを語らせることもしばしばあった木下惠介だが、1943年の本作ではさすがにそれは伏せられている。

当日観るつもりでいた『カルメン故郷に帰る』は1951年に発表された日本初の長編カラー(総天然色)映画。綴れば幾らでもネタの出てくる作品であり敢えて多くは書かないが、続編に『カルメン純情す』(1952)を持ち当初は三部作となる予定であったという。如何な理由で二作のみで終ってしまったのかは知らないが、三作目も是非観てみたかったと頗る残念に思える作品。
因みに『カルメン故郷に帰る』はカラーであるが、『カルメン純情す』はモノクロであり、木下監督自身のカラー次回作は1958年の『喜びも悲しみも幾歳月』まで待たねばならなかった。『カルメン』のフィルムは富士フイルムによる国産であるが、当時のカラー・フィルムは感光性が悪く、晴れた日の昼間かギンギラの照明を使用しなければ上手く写らず、現場では相当に手を焼いたのではないかと思う。『カルメン故郷に帰る』はカラー版と並行してモノクロ版も撮られたと云われ、近頃ブルーレイのみの特典として出回っているそうだが、再生する環境が今の処ない。是非観てみたいので、DVDでも発売するか、出来れば全国の映画館での上映を望む処だ。

木下惠介の誕生日・12月5日はまた、私の最も敬愛する女優・香川京子さんの誕生日でもある。こちらは1931年生れで今年81歳になられた。
以前日本映画学校が主催した黒澤明特集で、何日目だか忘れたがゲストとしていらしていた。その際恥外聞も知らず、ミーハー丸出しで色紙と花束を携えひと時の会話と共にサインを頂いたことがある。その頃で既に還暦を過ぎていらしたが若々しさと落着いた物腰が麗しく、背の高さと姿勢の良さ、鼻筋の立派さに見とれ赤面して舞い上がってしまった。
早くからフリーに転身したおかげで様々な名匠・巨匠監督の作品に出演し、ファンを喜ばせてくれる香川さんだが、どういう訳か木下惠介監督の作品(映画)には一度も出演していない。出来ることなら木下作品での彼女ともお逢いしてみたかった。
posted by 紫乃薇春 at 22:54 | Comment(0) | 映画

2012年11月28日

DVD到着

先日Amazonに発注した木下惠介作品のDVD数枚が本日到着した。

木下惠介DVD〜20121128

『二十四の瞳』は先日買ったものだが、他に好きな作品として今回届いた『喜びも悲しみも幾歳月』『カルメン故郷に帰る』また『女の園』や『お嬢さん乾杯』等という作品もある。必ずしも好みばかりではなく、どちらかと云えば苦手な作品が多々あるのもこの人なのだが、それだけに一筋縄ではゆかない作風の幅というものを秘めている。
映画館では過去に幾度も観ているがこれまでソフトを殆ど持っていなかった木下映画を、生誕100年に当たるこの年末買い漁り観嵌ってみるのも悪くない。
posted by 紫乃薇春 at 20:28 | Comment(0) | 映画

2012年11月07日

立冬/『青春の夢いまいづこ』

今年の暦も瞬く間、11月も7日を迎え本日は立冬である。
立冬〜20121107
例年に違わず今夏も「暑い、暑い」と連呼して、それが中秋の頃まで続いたが気づけば肌寒い風が吹き始め、先月の終り頃には朝晩底冷えを感じる様になった。今朝も処々に晴れ間は見えるものの、霜枯れを想わせる雲の色が寒さを助長する。それでも午後になると青空が広がりを見せて、蔓延る雲との凌ぎ合いではあるものの時折覗く陽射しに汗を掻いた。
夕方、およそ半年振りに佐世保の須佐神社を訪れた。昨年もやはり立冬の日に同社を訪ねたが、桜はじめ境内の樹々は今年の方が色づき良く見える。但し、常葉樹の他は近くで見ると軋みが進み、半分以上は葉を落としているのだった。楓の紅葉は昨年よりも大分早いとも聞くので、御船山など昨年堪能した名所もうかうかしていると今年は見逃してしまうかも知れない。

立冬〜20121107

昨晩ネットで小津安二郎戦前の作品のひとつ『青春の夢いまいづこ』を観た。1932年松竹配給のサイレント映画である。
戦前とは云うが件の大戦の終りから既に67年余り、果たして今を戦後と呼べるのか、先のことはわからないが新たな戦の前夜を迎えつつあるのではないかと曖昧な不安も無きにしも非ずの昨今だが、二十世紀の初頭から半ば過ぎまでを生きた人物にとっては太平洋戦争の前と後がそれぞれ戦前であり戦後であるのだろう。
戦前の小津作品としては同年の『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』が内容の面白さ、完成度の高さに加え固定カットやローアングル等小津安二郎独特の文法を確立した作品として殊に名高いが、『青春の夢いまいづこ』はその次作に当たる。一般には(戦前の一連の小津作品の中でも)余り有名ではなく評価もさほど高いとは云えず、ただフィルムが現存すること自体を以て貴重とされる作品のひとつだが、実はこの度初めて観賞し、これが思いの外面白かった。
とある大学の四人の学生が話の中心となり、当時の不景気を匂わす描写もあるので同じく戦前の『落第はしたけれど』や『大学は出たけれど』に通じる処もある。コメディとしては『落第はしたけれど』の方が上だが、完成度と物語の彫の深さは『青春の夢いまいづこ』が更に長けている。
人一倍勉強家だが頭は中学生並、という「残念」な学生・斎木(斎藤達雄)が大学を卒業・就職して、学生時代仲間達のマドンナであったベーカリー(カフェ)の看板娘・お繁(田中絹代)との結婚に漕着けるまでの話で、それに学友・堀野(江川宇礼雄)の見合いと父親の他界の話が絡む。堀野の亡父は某会社の社長であり堀野が大学を中退して跡を継ぐのだが、揃いも揃って落第すれすれの放蕩学生である仲間達―上記の斎木に島崎(笠智衆)、熊田(大山健二)にまともな就職口が見つかる筈もなく、三人とも堀野のコネで彼の会社の世話になるという御都合主義も垣間見える。因みに堀野も退学するまでは彼等同様の放蕩であった。とはいえ何もせずにヨッシャ、という訳には行かずきちんと(?)入社試験を受けさせる。しかし島崎と熊田は試験官を務める堀野の見る前でカンニングし放題、堀野からの手紙を無くしてしまった、とぼんやりする斎木に対しては試験問題の作成者から模範解答を取上げた堀野自らカンニングの後押しをするといった呈である。現実には有得ない様な、そん
な会社はすぐ潰れるというくらい大問題なのだが、ここはあくまでコメディなのだ。けれども入社後の彼等は知らず知らずの内に堀野を社長扱いして距離を置き始める。中でも顕著なのは斎木だが、彼の卑屈が他の二人にも伝染ってしまったかの様だ。会えば親しげだが何処か遠い彼等の態度が堀野には面白くない。
或る時、六人目の見合い相手と外出中の堀野は通りすがりに嘗てのマドンナ・お繁を見かけて呼び止める。大荷物で何処へ行くのかと問えば、ベーカリーが店を畳んだ為に引越すのだという。学生時分からお繁に惚れていた堀野、元々副社長である叔父からの押しつけ見合いにうんざりしていた処でこことばかり、引越しの手伝いを始めて見合い相手はほったらかし。当然相手は怒って帰ってしまい破談になるのだが、実は以前から好きな人がいるんです、と叔父に告白。なら何故今まで黙ってた、と怒りながらも理解を示す叔父。学友であり今は社員の三人にもお繁との結婚の意思を語ると、三人共異論は無い、と口を揃える。だが、実はこの時既に斎木はお繁と結婚の約束を交わしていたのだった。斎木の母親の話でそれを知り、お繁の元を訪れ問い質す堀野。お繁は、大学を去ってから久しく顔を出さない堀野への想いを夢と諦め、諦めた矢先にプロポーズした斎木に嫁ぐことにしたのだ。お繁から見ても、自分が嫁がなければこの人には一生嫁の来手がないだろう、と斎木への気持は半ば同
情だった。―現代なら何故?と思う場面かも知れないが、この時代はそれが「有り」の世の中だったのだろう。
ショックを受けながらも「その気持を失わず斎木と添遂げてやってくれ」、と託してお繁の元を去る堀野。そして斎木達三人と会うが、「僕達母子が食べて行けるのは君のおかげだ」と云い、結婚から身を退こうとする斎木。堀野の怒りは爆発した。「だからって、恋人まで譲る奴があるか」と怒鳴り、「君の卑屈を改めてやる」と横っ面を散々に張飛ばす。このシーン、小津には珍しい暴力的な場面のひとつだそうだが、数えた人によると堀野が斎木を叩いた回数は40回を超えるとのこと。叩かれた斎木は勿論痛かったろうが、叩いた堀野の心も痛かったに違いない。そして観ている此方の胸も痛かった。そして何故だか涙が溢れてしまい困った。
止めに入る島崎と熊田に「君達へも云い分があるんだ」と、いつの間にか隔たってしまった二人に改めて友情を問う堀野。ハッとして詫びる島崎と熊田。漸く気づいた斎木も堀野に詫びて、互いの友情を確かめ合う。
或る日いつも通りの会社風景の中で、「そろそろ汽車の出る時刻だ」と堀野。斎木とお繁の新婚旅行出発の日なのだ。「やはり見送った方が良かっただろうか」という堀野に「新婚旅行は水入らず」野暮なことはすまいと返す島崎と熊田。ラストシーンは汽車の中、はにかみながらも幸せそうに笑う斎木とお繁を乗せて走り去る。

主なキャスト
堀野:江川宇礼雄
斎木:斎藤達雄
島崎:笠智衆
熊田:大山健二

お繁:田中絹代

大学の小遣い:坂本武
斎木の母:飯田蝶子

原作・脚本:野田高梧
撮影:茂原英雄/厚田雄春(撮影補助)
編集:茂原英雄
助監督:原研吉

監督:小津安二郎

江川宇礼雄氏は後年『ウルトラQ』の一の谷博士役を務め、円谷ファンならば知る人ぞ知る名優。若かりし日の笠智衆が当時のほぼ実年齢の役で出ているのが小津安二郎ファンには嬉しい処。
斎木役の斎藤達雄は戦前の小津映画の常連で、江川宇礼雄の濃い二枚目面に圧されながら(笑)気弱な学生役を好演している。同じく常連の坂本武が小遣いというチョイ役ながら、授業の始業時間を過ぎても仲々将棋を止めようとしない堀野と熊田を嗜めつつ自分が夢中になってしまう下りや財布を拾う場面等、前半のコメディパートでさすがの演技を見せる。
当時はアイドル女優だった田中絹代のあどけなさや、出番は少ないが脇をきっちり締める飯田蝶子の存在感も見逃せない。現代とのギャップはあるが、過剰な期待や穿った先入観を持たずに観るとじんわり、底から感銘の湧出づる佳作である。

立冬〜20121107

南青山での黒百合姉妹ライブまであと10日余り。画策してはいるが、これまで通りに行くのはいよいよ厳しくなった。
こちらにも冬風到来か。
posted by 紫乃薇春 at 22:46 | Comment(0) | 映画

2012年10月11日

『ドキュメント灰野敬二』

先日の台風17号の到来以降、概ね秋晴れの続く九州北部。今日は幾分雲が多めではあるが、空の様子を見る限り雨の降る心配は殆どないだろう。
夕方から伊万里・唐津経由で博多へ。中洲の大洋映画劇場にて10月6日から12日まで、灰野敬二のドキュメンタリー映画『ドキュメント灰野敬二』の上映があるのを観る為だ。嘗ては年間で400本余りの映画を観たりしたこともあるが、ここ数年劇場通いからも遠のいている為緊張しながらも楽しみである。
ドキュメント灰野敬二〜20121011
全国各地で上映され、また今後の予定もある様だが、九州では今の処この博多のみ。出来れば長崎・佐賀辺りまで来て欲しいが、一般的には殆ど知られていないミュージシャンの記録映画の動員数を考えたら消極的、或いは端から考慮されないのも仕方のないことかも知れない。実際この日の大洋劇場の客の入りも、私と相方を含めても10人いるか否かであった。観る側としては隣を気にせず気楽ではあるが、80人は収容出来るスペースでこの人数は正直少し寂しい。

以下、現在も上映中 また今後新たに上映予定のある映画についてネタバレを含む為、まだ御覧になっておらず、今後観覧予定のある方は閲覧御注意を。くれぐれも自己責任にてお願い申し上げる。

ドキュメント灰野敬二〜20121011

映画は冒頭から灰野敬二の主宰するバンド・不失者の轟音鳴り響くライブの場面と、ほぼ全編に亘る灰野さん自身によるナレーション。恐らくはインタビュー形式での受け答えを巧みに散りばめたものだろう。初めに自身の名前を灰野さんなりに解読してみせたのが実に印象的である:

灰:モノ が 燃えた あと に 残る 灰
野:野原の 野
敬:尊敬の 敬
二:漢字の 二

生立ちから音楽との出会い、自ら音楽家を志すまでの経緯を、不失者やソロ等の演奏の様子、またリハーサル風景などを挿みながら赤裸々に語ってゆく。1952年5月3日生まれの今年還暦。千葉県出身であることは知っていたが、就学前に埼玉の川越に移り住んだこと、一時期は吉祥寺に居を構えていたことなど、現在の西東京住いに至る足取り(の一部)は初めて伺った。その佇まいと音楽性からつい「謎」だとか「神秘」に触れる眼で見がちで、サングラスで素顔を遮る様にその日常については閉ざされている風に捉えてしまうが、そうしたイメージはあくまで周りが勝手に作り上げたもので、本人は恐らく到って自然に、気分の赴くままに振舞っているだけなのだろう。「隠すものは何もないよ」と。
幼少時の子ども会での出来事、小学・中学・高校と学歴を進むにつれ味わう所謂「お仕着せ」と自身の素直な見え方、感じ方、考え方との軋轢。なるべくして形成されてゆく人柄、人格。(日本で)一般的にもてはやされる音楽への批判や、灰野敬二やその近隣のミュージシャンを愛聴する人の多くが信望する所謂プログレの大御所に対する否定的な論調等、反骨精神の権化の様である彼が、その実性善説を唱え、誰よりも(反抗の対象となり易い)両親を敬愛する姿が微笑ましい。彼の幼年時代には谷津遊園という複合遊戯施設があり、幼き日の敬二少年は事ある毎にそこの動物園に通いつめ、当時の将来の夢は「動物園の園長さん」だったそうだ。嘗て鬼怒無月・勝井祐二と営んだBlack Stageというユニットでの或る一件から灰野さんの動物園好きは何となく知っていたが、それも幼児期から絶やさぬ嗜好と知る。
インタビュー(ナレーション)では一語一句区切る様に、その都度慎重に言葉を選びながら語っているが、リハーサルにおいては遥かに流暢に、そして明確に自身の意図を共演者、またスタッフに伝える。何をやるにも常にヴィジョンをはっきり描いているのだろう。一見フリー・ジャズの様なロックのバンド・不失者にも曲と呼べるパターンが存在することは多くのファンに知られているが、実演では毎回殆どが即興の様に行われる。が、今回の映画を観る限り、実際はリハの段階で非常に綿密に打合せ、作り込まれているのがわかる。その上でライブでは、稽古場で拵えたものをそのまま持って上がるのではなく、その場で新たに生まれる「もの」「音」を一層大事にしているのだろう。但し、ヴィジョンの骨格はブレないので、共演者のいるステージ(不失者、哀秘謡等)では、他の人が(骨組を忘れて)迷走し始めると忽ち厳しい指摘が飛んでくる。

「不失者」と記された黒いノートを開くと、そこには譜面が描かれている。譜面といっても五線譜ではなく、断片的な仮名文字の列である。それが、カリグラムを彷彿とさす奇天烈な伸縮で並んでいる。「デ」とか「ッ」とか「ギ」などの、擬音とも取れる文字列だが、眺めていると不思議と音像が脳裏に浮かび上がるという、紛れもない譜面である。
既成のお仕着せに疑問を感じ、より自由に、己の赴くままに音を出したいと云いながら、自身の語法で譜面化したヴィジョンを呈示し曲として構築することに矛盾を感じない訳ではないが、サングラス越しにもわかる輝く眼差しで生き生きと語り、また演奏に打込む姿からは彼が如何に音楽が好きであるかが如実に伝わってくる。アカデミックなもの、平均律だの和声やコード進行、リズムや形式はつまらないよ、音はもっと無限に、遥かに細分化出来るし、しかもそのいずれにも寄りかかることなく、そして誰かを真似ることなく音楽を生み出したい。また他の人にも(音楽家を自負するなら)そうであって欲しい。彼の偽らざる本音ではないだろうか。
そんな彼の最大の理解者であり、生来の実践者であり、かけがえのない仲間として灰野敬二は小沢靖の名を挙げる。2008年の2月7日に亡くなってしまったが、嘗て不失者のベーシストを務めた同胞である。「何度も喧嘩や云い合いもしたけれど」と云いつつ小沢さんについて語る灰野さんの口調は実に穏やかで、表情は限りなく優しい。小沢君は体を失ってもここにいる、と自分の胸を指差す。まるで恋女房の様に。今でも一日に一回は小沢さんのことを考えるという。灰野さんにこれだけ想われて、小沢さんも幸せだと思う。
灰野さんに音楽を志させたというドアーズの「When A Music's Over」や、彼が海外に出て行く際に多大な力となったフレッド=フリス等、リスペクトする者達への眼差しはいずれも真摯であり、熱い。

灰野敬二がインタビューを受ける場所は自身の部屋だろうか。骨董めいた調度品がその佇まいに一層雰囲気を添えている。
またカンテレやサーランギ等所蔵する珍しい楽器を紹介する灰野さんの背後には、無数の様々な楽器が並べ置かれている。家中楽器だらけ、という話は随分前に聞いたことがあるが、目の当たりにするのは初めてで興味深い。とにかく、、…九州に移住して以来久しく御無沙汰の灰野敬二の「生」を無性に聴きたくなる、藪蛇な映画であった。
劇場限定でこの『ドキュメント灰野敬二』のサウンドトラックCDの販売が行われる旨が公式サイトにてアナウンスされており、当日購入を楽しみに訪れたが、福岡には来ていないらしく入手出来ず残念。東京(もしくは一部の劇場)限定だったのか、或いは初日で売切れたのか。どなたかこれから観に行かれる方で、もし見かけたら私の分も買置きをお願いしたい処である。
福岡(博多大洋)は12日で終了してしまうが、今後上映予定の劇場は以下の通り:

東京/UPLINK
2012年10月13日(土)〜

大阪/第七藝術劇場
2012年10月20日(土)〜26日(金)

埼玉/川越スカラ座
2012年10月24日(土)〜11月2日(金)

兵庫/元町映画館
2012年11月3日(土)〜16日(金)

以下の劇場は日程未定

神奈川/シネマ ジャック&ベティ
新潟/シネウィンド
石川/シネモンド
京都/みなみ会館

正確な日時等詳細は各劇場にお問合せのこと。

ドキュメント灰野敬二〜20121011

『ドキュメント灰野敬二』
A document film of Keiji HAINO

▼出演:灰野敬二 不失者 高橋幾郎/ナスノミツル/工藤冬里/亀川千代/Ryousuke Kiyasu

▼監督・編集:白尾一博
▼プロデューサー:小林三四郎/福岡俊樹
▼撮影監督:与那覇政之
▼ライブ撮影:冨永昌敬/須藤梨枝子/平岡香純 他
▼ライブ録音:宇波拓
▼音楽:灰野敬二
▼整音・音響効果:藤巻兄将
▼助監督:林誠太郎
▼制作担当:白倉由貴
▼スチール:船木和倖
▼協力:モダーンミュージック/裏窓
▼エディトリアルデザイン:羽良多平吉@EDiX
▼制作:(c)2012『ドキュメント灰野敬二制作委員会』
▼配給:太秦 UZUMASA-DOCUMENT film

公式サイト:
http://www.doc-haino.com/
posted by 紫乃薇春 at 22:33 | Comment(0) | 映画

2012年05月31日

今日で五月も終りということをすっかり忘れ、何の感慨もないまま終日過ごしてしまった。
また曜日も一日違えていたことに呆然。今日だけならまだ良いが、明日も同様なら危うい処であった。

という訳で夜、十何年振りかで『天井桟敷の人々』を観た。観た後で偶々ネットのシネマ・レビューを読んだが、この作品に限らず「共感」でしか映画を語れない人が思いの外多いことに驚いた。それが評価基準の全てなら私にとって『天井桟敷』は全く値のない作品ということになるが、事実はそうではない。3時間を超すボリュームが決して長くない、充実したひと時であった。
決して新しくはない、文字通りの「古き良き名画」。共感はなくとも愛すべき人物達を綴る、群像の様でいて一人一人を描いた作品。個人的には終盤、ルメートルが決闘で散らずに済むであろうくだりが最も印象的である。
posted by 紫乃薇春 at 23:55 | Comment(0) | 映画

2012年05月30日

訃報

映画監督の新藤兼人氏が死去。2012年5月29日午前9時24分、享年100。
主に社会派の監督として長きに亘り晩年まで活躍したが、私にとっては何より溝口健二の時代を知る生き証人だった。1975年のドキュメンタリー作品『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』は溝口ファンにとって今も貴重な資料である。
まだ機会に恵まれないが、園井恵子のいた移動劇団・桜隊が広島で原爆に遭い全滅した様子を描いた『さくら隊散る』も是非観てみたい作品である。
最高齢であった巨匠の冥福を祈る。
posted by 紫乃薇春 at 19:34 | Comment(0) | 映画

2012年05月14日

拝啓アルフレッド

昨晩は一身上の都合によりお休みしてしまったが、この数日毎晩の様にアルフレッド=ヒッチコック作品のDVDを観ている。元々好みの映画監督ではあったが、集中的に観賞するのは久し振り。関東住まいだった頃、都内の何処かの映画館がアメリカ時代の(余り有名ではない)モノクロ作品を特集したことがあったが、恐らくそれ以来である。
多くの作品が現在パブリック・ドメインとなり、DVDが比較的安価で入手し易くなったことがひとつ。つい先日も佐世保市内のショップでまとめ買いをしてしまった。

『レベッカ』や『疑惑の影』、『私は告白する』など嘗て観た作品もあるが、『ロープ』や『三十九夜』の様に題名は知りながら未見の作品も近頃はソフトの普及で観易くなった。しかしおよそ50本近い全作品に対象、現在持っているのはまだ一部。余りにも有名な『サイコ』や『鳥』、『北北西に進路を取れ』、『ダイヤルMを廻せ』そして『裏窓』など、殆ど持っていない。
他にも『泥棒成金』『めまい』『ハリーの災難』『断崖』など著名な作品は続々とあるが、どちらかと云えば知名度の低い作品でも『見知らぬ乗客』や『海外特派員』など、代表作に匹敵する傑作が掘起こせば幾らでも出てくる希有な監督である。

  
posted by 紫乃薇春 at 22:38 | Comment(0) | 映画

2012年02月13日

【DVD】ウルトラマン Vol.1

先日観覧した「ウルトラマン・アート!」展のおかげか帰宅後久々にウルトラマンの本編が観たくなり、昨夜はDVDのVol.1を引張り出して1話から4話まで通して観賞してしまった。45年、いや初代ならば46年前に制作された作品でありながら、今観ても全く古びていない。むしろその後大量生産されてゆく多くの特撮映画、或いはCG等用いた作品などよりよほど新鮮で生々しい。
DVDウルトラマンVol.1〜20120213-01
全28話を事前に創り上げ、放送順はあったもののはっきりした第1話や最終回というものを持たず1話1話が独立した印象を受けるウルトラQと違い、ウルトラマンは初回から(多少の前後はあるものの)最終話までが時系列に沿って描かれ、各話が有機的に関連性を持っている。その為第1話「ウルトラ作戦第一号」はかなり露骨にウルトラマン、また科学特捜隊員達の紹介の要素を帯びており、キャストの動作や互いのやり取りにもどこか棒読みをする様なぎこちなさがあるのは否めない。だがそれ故に全39話中でも取分けて風変りな出来映えとなったことも確かだ。
宇宙怪獣ベムラーとの戦闘後、イデ隊員にヒーローの名を訊かれたハヤタが「名なんかないさ」と云うシーン、「そうだな…じゃ、ウルトラマンというのはどうだ?」と答えるのだがその思いつきは醒めた眼で見れば余りに唐突である。小型ビートルと赤い球の衝突後、ハヤタ隊員とウルトラマンとの邂逅の場面は最終回でウルトラマンとゾフィーとが対面するシーンと呼応しているが、構図等遥かに稚拙であり、しかしそれ故にこの39話を撮上げてゆく僅か1年足らずの間にどれ程技術が進歩したことだろう…と感慨を抱く源ともなっている。

第2話「侵略者を撃て」では早くもウルトラマンの1、2を争う人気敵役・バルタン星人が登場するが、この話もまだ紹介的要素を伴って描かれる。冒頭、右眼の周りに丸いアザを拵えて登場するイデ隊員はここでその(第1話にも兆候はあったが)謂ば三枚目としてのキャラクターを確立。また始めと終りの寝室のシーン等顕著な例として、アラシ隊員との漫才コンビの様な間柄も見えてくる。
だが何よりもこの話ではムラマツキャップとフジ隊員との会話中初めて名称が飛出スペシウム光線、このウルトラマンの必殺技を視聴者に印象づけたことが重要だろう。第1話でも既に登場した技ではあるが、そのまま案内もなしに進んでしまっては当時の視聴者はキョトンとして、置いてきぼりを喰ったかも知れない。
DVDウルトラマンVol.1〜20120213-03
これも有名な怪獣・ネロンガが登場する第3話「科特隊出撃せよ」辺りになると各主要キャストもお馴染みになり、出演者の動きも大分ほぐれて自然な演技が見られる様になる。
何てことのない初期のエピソードのひとつの様だが、1話2話とも出演していながらいささか印象の薄かったホシノ・イサム少年がここではさり気なく脚光を浴びている。どちらかというと子供の身勝手さが際立ってしまっている様でもあるが、冒頭フジ隊員と同行した先で見つけた古井戸に果敢に(というより無闇に)潜ってゆく場面、正直観る方はハラハラするが、その地底で彼が巨大な光る眼を見つけたこと、もしくは眼が彼を見据えたことからドラマが大きく動いてゆく。ネロンガに仕返ししてやるのだと云って科特隊の基地からスパイダーを無断で持出し、ネロンガに発砲する一連の行動も今、大人の眼で見れば腹立たしいことこの上ないが、少年の時分にはむしろ共感し、自分自身を彼に投影して観た憶えがある。

第4話「大爆発五秒前」は前作・ウルトラQへのオマージュである。ウルトラQで登場した海底原人ラゴンが再登場、いや別の個体か。オマージュであると共に、ウルトラQとの違いを視聴者に告げるエピソードでもある。
前作ではほぼ人間と同程度のサイズであったのがここでは体長およそ30m、作中嘗てラゴンと人間との遭遇があった事実を仄めかし、イデ隊員がラゴンの音楽好きを思い出し作戦に移す場面などはウルトラQにおけるエピソードとの繋がりを示す。だがこちらでのラゴンは音楽を聴いて更に凶暴化し、登場人物と視聴者を裏切るラゴン。これが、ウルトラQとウルトラマンの世界観の相違にも繋がる。
ラゴンが巨大化したのは原爆による被爆の所為ではないかという劇中の台詞があり、肩にも不発の原爆をぶら下げて現れる。陸に上がる前の登場シーンでは大津波を想わせる演出があり、放射能の脅威とも相まって昨今観るのが辛い方もいるかも知れない。
この回でもささやかながらホシノ少年の活躍が描かれる(撃墜されたビートルよりパラシュート脱出したアラシ隊員を狙うラゴンの注意を惹きつける場面)が、この回より後は出番のない話が徐々に見られ、また実生活におけるアクシデントにより後半は全く出演しなくなってしまう為、1巻通してホシノ少年が登場するのはこのVol.1のみである。
DVDウルトラマンVol.1〜20120213-02


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2012年01月18日

DVD

昨日の帰り道、立寄った本屋で邦画のDVD-BOXを見かけてまとめ買い。小津安二郎に溝口健二、山中貞雄そして成瀬巳喜男など。衣笠貞之助やマキノ雅弘等という顔ぶれも収められている。
昨今なかなか面白い映画に出会わないが、彼等の時代の邦画は大好きで、これで暫くプライヴェートは映画三昧の日々を過ごせるだろう。いや、思い立ったら何度観ても甲斐のある傑作・名作揃いなので、恐らくは一生物の愉しみに違いない。
posted by 紫乃薇春 at 22:01 | Comment(0) | 映画

2011年12月20日

久々の

タルコフスキー体験『ストーカー』。長いと云われがちな彼の全作品の中でも三指に入る長さであり独特のテンポ感とも相俟って、観るには気力・体力いずれも相応のスタミナを要する。
「一番好きな映画監督は?」と訊かれたら即座に名の出る監督でありながらここの処余り観ていなかったのは、自身が充実出来ていないことの証でもあろうか。しかし一度観始めたら冒頭から瞬く間に吸込まれ、その湿度の中にどっぷりと浸ってしまうのであった。

同作品のロケが行われた〈ゾーン〉の現場は一説によると極めて「汚染された」場所であり、それが結果出演者であるアナトリー=ソロニーツィン、また監督タルコフスキー自身の健康を損ね寿命を縮めることになったとも云う。
東日本震災による東北・関東を中心とする環境汚染が深刻に訴えられる現在に、語りかける符号の様にも思える。
posted by 紫乃薇春 at 22:05 | Comment(0) | 映画

2007年08月01日

二つの巨星 陥つ

去る七月三十日、世界の映画界を代表する巨匠が二人、相次いで亡くなったそうだ。一人はスウェーデン出身の映画監督・イングマール=ベルイマン。享年89歳。もう一人はイタリア出身の映画監督・ミケランジェロ=アントニオーニ。享年94歳。

我が最愛の映画監督・アンドレイ=タルコフスキーやロベール=ブレッソン等と違いこの二人の作品は恥かしながら網羅しているとは云い難い。いや数える程しか観ていない。ベルイマンは後期の大作『ファニーとアレクサンデル』の他は『処女の泉』、それに初期の幾つかの作品のみしか観ていないし、アントニオーニも『太陽はひとりぼっち』『欲望』『さすらい』『或る女の存在証明』、それにヴィム=ヴェンダースとの共作『愛のめぐりあい』等を観たのみで代表作と云われる『情事』や『赤い砂漠』は未見のままである。
正直記事にしてはみたもののとても抉って書ける立場ではないのだが、タルコフスキーがこの両監督の作品から多大な影響を受けたことは知っており、それだけでも一際気になる存在ではあった。タルコフスキーのみならず同時代の、或いはその後の映画界に大きな影響を及ぼしたことも知識としては持っている。少なくとも実際に観たことのある作品はいずれもユニークで、ベルイマンは重いテーマと深い人物を感じながら映画としての面白さに溢れていたし、アントニオーニは観て「楽しい」という印象はやや希薄だが彼の目が対象を「眺める」から「見据える」に変る時、急激に生々しく事故現場を目の当りにした様な怖さに囚われる感覚を幾度も体験した。

いずれも高齢、ベルイマンは1982年の『ファニーとアレクサンデル』を以て映画監督を引退し、アントニオーニはやはり1982年に発表した『或る女の存在証明』の後1985年に脳卒中で倒れ、いずれも「過去の巨匠」と見做されたかの印象があったが、ベルイマンは舞台監督やテレビの仕事に就いた後2003年に再び映画監督として『サラバンド』を発表。一方のアントニオーニは病を克服し、1995年ヴェンダースとの共作『愛のめぐりあい』を、そして2004年にはオムニバス映画『愛の神、エロス』の一篇を担当し、まだ健在であることを見せつけた。二十世紀映画の支柱となった巨匠・名匠達の中の数少ない「生き証人」であった。その二人が年齢こそ違え、同じ日に世を去ってしまうとは。誠に甚大な喪失感を禁じ得ない。もどかしい想いと共に深い追悼の意を捧げる。

これで私の乏しい映画に関する知識において、残る巨匠はアンジェイ=ワイダただ一人となってしまった。



 Wikipedia

 イングマール・ベルイマン
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3

 ミケランジェロ・アントニオーニ
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%8B
posted by 紫乃薇春 at 06:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2006年08月24日

溝口亡き半世紀(仮)

相変らず真夏日の陽射しが続いている。八月もあと一週間で終るというのに。

本日八月二十四日は映画監督・溝口健二の命日だそうだ。亡くなったのは西暦1956年のことだから、今年が没後五十年。丁度半世紀が経ったことになる。私が生まれる前のことなのでその時代に実感はないが、半世紀と聞くと随分昔のことなのだな、と感じる。実際彼が映画監督に就任したのが1923年日活においてだから、日本映画はまだ辛うじて黎明期と呼べる時代だっただろう。そうした古の時期にキャリアをスタートさせた彼の作品は、しかし半世紀後の今も古ぼけることなく日本の、いや世界の映画史に光彩を放っている。フランスのヌーヴェル・ヴァーグの人達が溝口をリスペクトしているのは有名な話だし、私の最愛の映像詩人・アンドレイ=タルコフスキーもまた、溝口と黒澤明には殊に影響を受けたことを明かしている。映画を創る姿勢においても、またその技法の開拓においても当時、正に驚異的な存在だったに違いない。唯一比肩し得るのは小津安二郎くらいだろうか。
しかし世界での溝口に対する称賛に比べ、国内での彼の処遇はいささか冷淡であると云わざるを得ない。それは我が国において映画は芸術であるよりもまず娯楽、という意識が根強いからかも知れない。その為に、必ずしも興業成績においては優秀とは云い難い溝口映画は敬遠される存在となっている気がする。
この秋、没後五十年の回顧上映が行われ、そして漸く、数本の作品がDVDとなり発売されると聞く。漸く、だ。海外では既にその傑作『雨月物語』がとっくにDVD化されているそうなのに日本は一体今まで何をやっていたのか。そう憤りを吐出したい衝動すら覚えてしまう。

もうひとつ記したいことなどあったが、時間がなくなってしまったのでひとまずこれにて。後程時間が取れたら改めて記事にしたいと思う。



(携帯投稿の為、後刻編集予定)
posted by 紫乃薇春 at 15:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2005年12月12日

小津 102

某SNS内コミュニティの書込みを読んで知ったが、今日12月12日は小津安二郎の命日だそうだ。その日がまた、還暦の誕生日であったことは知っていたが、日付までは覚えていなかった。今もし生きていたら102歳になる訳だ。
かつて銀座に並木座という邦画専門の名画座が在って、何年もの間お世話になったが、そこでは毎年の様に新年早々小津特集が組まれて、その世界に触れる機会を得られた。大体五週続きで二本立てを週替りで上映するので、一度の特集で10本。だが上映される作品は毎年ほぼ戦後の代表作と決まっていた。他に、今はない某ミニシアターで時々初期の三作品(『生れてはみたけれど』『落第はしたけれど』及び『大学は出たけれど』のダイジェスト版)を上映しており、機会を見つけてそれら「けれど」シリーズ(と呼ばれていたかは定かではない)には接していた。
その後小津を見直す大きな特集が都内の映画館で催され、また池袋の俳優座(だったか)辺りでも戦前の作品が連続上映されるなどして、漸く更に多くの作品に接することが出来た。
驚いたのは、『生れてはみたけれど』の時期から既に戦後の一連の作品に通じる小津独特のカメラアングルとカットのリズムが営まれていたことだ。その上戦前はその時代には合わない程ハイカラなセンスを持っていたことに気付く。「喜八もの」と呼ばれる純和風?の作品群もあり、それがまた味わい深かったが、例えば『非常線の女』ではサスペンス溢れるフィルム・ノワールが展開されたりする。『淑女と髭』における岡田時彦の髭面とファッションも「ださい」というよりは垢抜けたセンスを感じさせ、終盤岡田がその髭を毟り取る場面は目を白黒させる様な(それでいてさり気ない)洒脱さが滲み出ている。
画面上には徹底して無駄なものが置かれず、その完全主義に裏打ちされた律儀さ、冷たい程の鮮やかさ、そして独特のユーモアは決して古ぼけた昭和の化石ではないのだ。
確かに、戦後の代表作である『東京物語』などは不滅の金字塔とも云われ、その完成度と奥の深さは最高潮に達しているが、個人的に今はむしろ、先述の『非常線の女』や『浮草物語』など戦前の作品や、或いは戦後でもどちらかといえば評価の低い『風の中の牝鶏』などといった作品の方に興味がある。
DVDボックスが4セットでの全集が最近リリースされたと聞く。本当は全て揃えたい処だが、先立つものが仲々揃わない。1枚毎のばら売りを…というのは、叶わぬ相談だろうか。

小津作品は好みではあるが、実の処余り詳しくはない。書きながら、何処か辻褄の合わないことを記している様な気もしてきた。お読みになり、腑に落ちない点がおありでもお気になさらず。
posted by 紫乃薇春 at 23:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2005年09月21日

ようこそ、ヨージック

映画の題名ではない。昨夜帰宅すると、こちらのエントリで触れたハリネズミのぬいぐるみが無事に届いていた。
このハリネズミの名前が「ヨージック」というのだ。

早速開梱してみた。

(以下、追記参照)
posted by 紫乃薇春 at 05:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | 映画

2005年09月15日

ユーリー=ノルシュテイン讃歌

今日9月15日はユーリー=ノルシュテインの誕生日だという。1941年生れだそうなので、今年で64歳になるらしい。
ノルシュテインと聞いてピン、と来る人がどれだけいるかわからないが、決してマイナーな存在ではないので案外多くの人が名前くらい知っているだろう。旧ソヴィエト、現ロシアのアニメ、いやアニメーションの名匠である。

とにかく寡作な人である。現在までに完成され、発表された作品が余りにも少ないのが唯一の欠点と云っても良いが、その一篇一篇は制作ペースの遅さを補って余りある透明感と豊かな詩情に満ち溢れている。

初期の『25日・最初の日』(アルカディー=チューリンと共同監督)辺りはまだその個性を探っている様でもあるが、続く作品である師匠・イワン=イワノフ=ワノーとの共同監督の『ケルジェネツの戦い』では人物が全てイコン画で描かれるなどユニークさが芽生えている。
だが彼の真価はやはり『青鷺と鶴』以降だ。墨絵に近い陰影に満ちた切画の世界。『青鷺と鶴』ではまだカラフルな挿入が多く見られるが、『霧につつまれたハリネズミ』では遥かに純度の高く澄んだ世界でハリネズミの堪らなく愛らしいキャラクターを幻想性の中に包み込んでいる。そしてこの手のアニメーションとしては異例の長さ(29分)を誇る『話の話』は更に抉りを持ち、更に繊細さを極める。現実か幻想か定かでないその光と影の中に幾つものシークエンスがコラージュの様に描かれ、しかも不自然さは微塵もない。いや、そうしたことを頭で意識したり認識したりする必要がないのだ。見るだけで連れ去られ、自分がそこにいるという錯覚? いや事実? 正に奇跡の様なアニメーションである。

現在彼はゴーゴリの原作を用いた『外套』を制作中とのこと。1979年に発表された『話の話』の後間もなく着手されたにも拘らず未だに三部作となるその最初の一部すら完成していないと聞く。果たして存命中に完成されるのか?という心配も正直つきまとうが、信じて待つことにしたい。

 ※ユーリー=ノルシュテイン関連サイト:
  『ユーリー・ノルシュテインの仕事
posted by 紫乃薇春 at 15:25 | ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2005年06月08日

アンドレイ=タルコフスキー『鏡』

昨夜観そびれた『鏡』を先程、漸く観た。

タルコフスキーの作品と初めて出会ったのは1987年、彼の死の翌年に追悼上映が行われた時に友人に誘われて有楽町の(恐らく今はない)狭い映画館で『ノスタルジア』を観たのが最初だった。その後新宿か何処かの映画館で『ストーカー』を観て嵌り、更に暫くして『サクリファイス』や『僕の村は戦場だった』等も観る機会に恵まれたが、『惑星ソラリス』やこの『鏡』などを観たのはかなり経ってからだ。当時はまだタルコフスキーへの、いや映画そのものへの認識が低く、従ってアンテナも随分と甘かったのだろうが、都内や神奈川でタルコフスキーを上映する、という告知があってもそこに仲々この『鏡』が含まれなかったのだ。
「タルコフスキーの私的世界を描いた作品」という紹介にも興味はあったが、それより何より『鏡』というタイトルそのものに惹かれた。日本人が日本語で撮った映画ではなく、ロシア人がロシア語で撮った作品なので勿論、実際の言葉の響きも含まれるニュアンスも異なるのは当然だが、人もそうである様に、作品も「名は体を表す」と踏まえているので、このシンプルかつ神秘的な、そして果てしなく無限を映し出す題名の虜になるのも我ながら無理はない。
はっきりと覚えてはいないが大分経って、『ソラリス』『鏡』『アンドレイ・ルブリョフ』など未見の作品を一挙に観る機会が訪れた。もしかしたら、千石の三百人劇場で旧ソヴィエトの映画の特集を組んだ時だったかも知れない。この時とばかりにタルコフスキーのプログラムの日に連日通い詰め、ひとつの作品を二度も三度も繰返して観に行った。正直な話、『ソラリス』や『ルブリョフ』は大作なのでそれなりに体力も必要とする。それ故二度は観ても三度目は諦めたかも知れない。だが『鏡』は或る意味可愛い作品だ。構成上話の筋を追うこともないので、珠玉のシーンの数々を純粋に楽しむことが出来た。
ひとつ気になった点があった。『ストーカー』や『ノスタルジア』では息をするのが恐い程敏感に音が捉えられ、あたかも目に視える物質の如く響いてくるのに対し、『鏡』ではそれがやや希薄に感じられた。この作品では音を重視していないのだろうか? いやしかし、タイトルロールの後、アナトリー=ソロニーツィンが道を訊ねに歩いてくる、マルガリータ=テレホワとの僅かな対話をして立去ろうとする時に吹き渡る風の音や、テレホワが髪を洗うシーンの水音などは引けをとらぬ程鋭敏である。冒頭イグナートが点けたTVの「ブゥーン」という音もその無機質なニュアンスが実によく捉えられている。してみると多くのシーンにおいては意識して音を控えめにしたのだろうか。
その、風が吹くシーンを劇場で初めて観た時には、3Dでもないのに本当に私の座る客席にまで吹き及んでくる気がして、思わず足を踏ん張った記憶がある。そうした実在感は、自宅のブラウン管で観るとさすがに殆ど伝わらないのが残念だ。だが、経年劣化が著しいフィルムに比べ、デジタル処理で磨き直された様に綺麗になった映像には、DVDソフトとしての価値がある様に思う。
作者の幼年時代と現在(但し、本人は出て来ない)、それに時代を写す記録映像等が織り込まれてめくるめく様に場面が展開してゆく。極私的な世界を綴っている上にタルコフスキーの作品としてしては決して長い方ではない、いやむしろ短めの作品(上映時間:102分)だが、決してこじんまりとは感じないのは、この記録映像の為かも知れない。中には、二次大戦時の原爆のフィルムまで挟まっている。
「この作品には他のどのシーンとも繋がらないシーンがある」と本人が語っていたそうだが、それが何処なのか、実は私にはわからない。繋がるといえば全て繋がっている様にも見えるし、繋がっていないといわれれば全てがばらばらな様にも思える。まさか冒頭のどもりの青年のシーンではあるまいと思いつつ。繋がっていようがいまいが私にはどうでもよく、全てが魅力的な画に思えるが、失敗はやはり失敗なのだろうか。
細かなことを云えば、カメラワークにも数箇所疑問な処がある。後半の場面(といっても何処かわからないかも知れないが)、家の中を滑る様に進んでゆき、やがて突き当たりから右手の窓を振向いて外にいる祖母と子供達を写す処。陽射しがとても鮮烈に捉えられ感心するのだが、窓の外の人物を捉えてからのカメラの動きに少し、不審な様子がある。ピタリと止まるべき処で揺れるというのだろうか。何やら迷いを感ぜずにはいられない。あと、ラストシーンでもヨハネ受難曲冒頭部が終り、少年が雄叫びを上げた後、カメラは静かに引いてゆくのだが、樹木を避けて不意に一度接近し、また遠ざかる。注意を促す撮り方かも知れないが、不自然といえば不自然である。
だが、そうした幾つかの問題点を補って余りある詩情に満ちた魅力溢れる本作なのだ。

作中随所にJ.S.Bachの曲が挿入されるが、タイトルロールに使われたのは『オルゲルビュッヒライン』に収められた「旧き年は過ぎ去りぬ」である。正にこの作品にぴったりの曲名ではないだろうか。
また、途中朗読される数篇の詩はアンドレイの実父にして詩人・アルセニー=タルコフスキーのものであり、朗読しているのはアンドレイ=タルコフスキーその人である。

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2005年06月06日

アンドレイ=タルコフスキー『アンドレイ・ルブリョフ』

史上最高の「映像詩人」と謳われるアンドレイ=タルコフスキーが1967年に発表した大作。一般に「長い」と云われる彼の全作品中でも最も長く、前後編合わせて182分を要する。
(実際にはこの182分の版が出る前にオリジナル・ディレクターズ・カットとして製作された版があるらしく、そちらは更に長く205分を要するそうだが、私は未だ観ていない)

昨日横浜で入手した3組のタルコフスキーのDVD、それに『ソラリス』を含めてどれから観ようか?と悩んだが、手に取ったのはよりによって一番長いこの作品。いや、不謹慎かも知れないが、最初は好きな幾つかのシーンを観ておきたいという想いで、全編を通して観るつもりではなかった。とはいえ好きな場面というのも随所にあって実の処抜出すのは困難なことだ。まず冒頭のタイトルロール。壁面らしきものをバックにロシア文字でタイトルやスタッフ、キャスト等が描かれるだけだが、ここで流れる曲に打たれずにいられない。続くプロローグがその後の本編と具体的にはどの様な繋がりがあるのか、不肖な私には未だにわからないのだが、元々映画を余りストーリーで追っては観ないので、正直そんなことはどうでも良い。ただ、そのシークエンスと「絵(画)」の良さが途中退席を赦してくれないのだ。とはいえ、本編部分にはっきりとした時間の流れと「物語」があるという意味ではタルコフスキーの全作中、最たるものでもあるので、ストーリーと「スペクタクル」で映画を観たい方には恐らく、最もお薦め出来る作品と云えるだろう。
本編第3章「アンドレイの苦悩」での、磔にされるキリストとその使徒たちの行進の挿話は、映画の登場人物たちとは関わりのない(筈の)イマージュとしての、余りに具体的な挿入はタルコフスキーにとって正当な手段であったのか疑問だが、知らず知らずに胸が熱くなってくる、目頭が潤ってしまうのを止めることが出来ない真摯さに満ちている。勿論、本編冒頭の芸人達との場面も、2章でのフェオファンとの出会いも(最初に出会うのはルブリョフではなく、彼と共にいたキリルだが)印象的で濃いシーン、空間が続く。だが、それをここで余り説明がましく書いてしまうのは決して粋なことではない。
人々のドラマが重厚に描かれてゆく中で、しかし私が堪らなく好きなのは、やはりプロローグで墜落した気球から川面にぶくぶくと湧き上がるガスの泡だとか、ルブリョフがじっと見つめてファマーに示した蛇とその消えた先の水だとか、フェオファンの素足に集った無数の蟻だとか、川にこぼれてそのまま流れた牛乳(らしきもの)の白さだとか、有得ない筈の聖堂の中に降る雪だとか、そういった「自然現象」たちである。そして、この頃から既に研ぎ澄まされていた「音」である。
場面でひとつ、忘れられないのが第二部終章「鐘」で、鐘造り職人の息子ボリースカが眠り、ルブリョフの回想?としてダニール、キリルと木陰で雨宿りをする下り、『ルブリョフ』の為に書かれた曲に被さって聴こえるのは前作『僕の村は戦場だった』(イワンの少年時代)の主題曲である。ここの処は『イワン』を観ていないとややわかりにくいかも知れないが、このボリースカ少年、実は前作でイワンを演じたニコライ=ブルリャーエフなのだ。こうしたオマージュを取入れることは甘さなのかも知れないが、観る者にとってはこの上ない懐かしさを以て祝福してしまう。そういう意味では、第一部末に登場し、「沈黙」でタタール兵に連れ去られてしまう「女」が、当時のタルコフスキー夫人・イルマ=ラウシュであることも加えておくべきか。
キャストでは上記二人の他、前作『僕の村は戦場だった』から旧ソ連時代最後の作品『ストーカー』まで、常連として欠かせない存在だったニコライ=グリニコがダニールの役を味わい深く演じているが、やはり本作で初めて登場し、グリニコと共に『ストーカー』までの常連となった若き日の(とはいえ既に30過ぎで、髪は半分禿げかけているが)アナトリー=ソロニーツィンが輝かしい。何でも、この『ルブリョフ』の脚本を偶然読んで心酔し、自ら主役に、と売込んだそうだ。確かに、彼の顔、表情、微妙な身のこなし、そして何よりも声。それらが全て「アンドレイ=ルブリョフ」として君臨しており、彼以外がもしルブリョフを演じていたら。いや、それは今では考えられない。
この作品は「パートカラー」と記されている。が、プロローグから本編終章に至るまで全てモノクロの画面である。エピローグに至って初めてカラーが使われるが、本編ラストの焚火を引継いだ後、そこに映し出されるものは「ロシア・イコン最高の画家」と呼ばれたアンドレイ=ルブリョフの代表作「三位一体」である。それまでの3時間近くを延々とモノクロで慣れた目に、カラーは痛々しい程鮮烈に響いてくる。それは百パーセント成功しているとは云えない様にも感じるが、それでも伝うべきは充分に伝わってくるのである。
最後は、雨の中を佇む数等の馬が浮かび上がりエンドマークを迎えるが、プロローグのラストシーンにも砂浴びをする馬が映る。或いはそれに呼応したものなのか。しかしそれが本編と関わりがあるのかどうかはここでもわからないままだが、やはりどうでも良いことだ。雨でぼやけた視界の向こうの草地の緑。その蒼さが清清しく残るのだ。

この作品のDVD、Amazonでは扱っていない様に思っていたが、当記事を書く際に改めて調べてみたら取扱いがあったので、こちらにリンクを貼っておく。

タルコフスキーの中では個人的に更に好きな『ストーカー』や『鏡』等を差置いての『ルブリョフ』であるが、やはり改めて観て3時間余り、途中で止めることなく一気に最後まで魅せられてしまった。この独特な自然現象の世界が、私にとって「最愛の映画監督」と抱かせる由縁なのだ。月並かも知れない。月並で悪いか。
彼に匹敵するのは私にとってロベール=ブレッソンと溝口健二だけしかいないのだ。
posted by 紫乃薇春 at 05:41 | 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

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