2013年06月04日

ムラヴィンスキー 110歳

本日は指揮者・エフゲニー=ムラヴィンスキーの誕生日である。現代の歴に当てはめ、1903年生れの説を支持すれば110回目に当たる。
ここ数年はクラシックの新譜情報にも大分疎くなり、身近に充実した店がないこともあり新たに買うことも殆ど無くなってしまったが、これまで買い漁った数々の名演・名盤CDは今も大切に思い閃くと聴いている。

誰某の誕生日だからといって敢えて掘出して聴くのは違うのではないかと近頃は思わなくもないが、偲ぶ気持は確かにある。
今回はBMGから発売された『モスクワ音楽院のムラヴィンスキー 1965 IV』を取上げて聴いた。これは嘗てLPの時代にビクターから発売されていた『管弦楽小品集』と、オネーゲルの交響曲第3番とのカップリングだったショスタコーヴィチの交響曲第6番を1枚に収めたものである。
ショスタコーヴィチの第6交響曲は実現しなかったムラヴィンスキー最後の来日において、私が行く予定の公演で演奏される筈だった曲目である。その所為か若干の思い入れがある。CDから流れる冒頭の弦のユニゾンを聴く度、実演ではどうだったろうと想い描いて身震いしてしまう。
小品集はLPではグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲が何より鮮烈で印象的だったが、CDではやや鈍く聞こえる。むしろモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲がLPより音が良くなり、感動的である。しかしより特筆すべきは、LPには収められていなかった「ワルキューレの騎行」である。ムラヴィンスキーのワーグナーは必ずしも良くないとの声もあるが、ここでの引締まった響きからは古代の神話を垣間見ることが出来る。

サッカー・2014年ワールドカップのアジア最終予選日本対オーストラリア戦が本日夜行われ、結果は1-1の引き分けで日本がいち早く大会への切符を手にした。再三攻めの形を作るものの決定打を欠き、カウンターで逆に先制点を許してからのPKによる同点もつれ込みでいささか釈然としないが、とにかく次のステージに進めたことは喜ばしい。
日豪戦も興味はあったが、個人的には来る6月9日に開催される日伊のOB戦が更に興味深い。殊に今回はかのロベルト=バッジョが参戦するとあって何としても観たいのだが、残念ながら地上波での中継はないらしい。BSフジで中継される様だが、現在我が家には衛星放送の受信環境がない。
せめてネットでの中継を誰か行わないだろうか。
posted by 紫乃薇春 at 23:30 | Comment(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2013年05月13日

【Youtube】Dmitri Shostakovich: Symphony No.8 (1943)/ Mravinsky

ふとしたきっかけで今夜はクラシックの指揮者についてあれこれ検索して巡っていた。初めのうちは好みに拘らず19世紀末に生まれた指揮者の一覧から、それがウィーン・フィルに関わる主だった指揮者の項目になり、いつの間にかロシア(旧ソヴィエト)出身の指揮者の欄にどっぷりと嵌っていた。
そうこうするうちに、そういえば敬愛するエフゲニー=ムラヴィンスキーのCDは数多く持っているが、映像ソフトは未だ1枚も持っていないことを思い出した。数は限られるが過去に発売されたことは知っており、今でも売っているかとAmazonを中心に通販のサイトを調べてみた。
あるにはあるが、新品で出ているものは殆どなく、中古のものは(ごく一部を除き)どれもこれも上乗せされた価格になっている。ムラヴィンスキー・ファンならば…とも思うが、元値の10倍近いものともなるとさすがに手が出し難い。ひとまず購入は保留しておいて、ネットで動画が観られるものはないかと探してみた。
Youtubeに幾つかあるが、中でも惹かれたのがショスタコーヴィチの交響曲第8番全曲。ホールでの演奏だが客が入っていないので、所謂ゲネプロと呼ばれるものか。

続きを読む
posted by 紫乃薇春 at 19:47 | Comment(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2010年06月04日

ムラヴィンスキー生誕の夕べ

ムラヴィンスキー生誕107周年〜20100604

ムラヴィンスキー107回目の誕生日が訪れた。
昨年はYouTubeでショスタコーヴィチの第5交響曲全曲を指揮する実況録画の模様を見つけ出し盛大に日記に貼ると共に自らも見入った(聴き入った)が、今年は手持のCDの中からチャイコフスキーの第5交響曲及びベートーヴェンの第4交響曲が収められた盤を取出し聴いている。

ムラヴィンスキーと云えばショスタコーヴィチの第5が代名詞の様であり、実際演奏回数も非常に多いが、チャイコフスキーの第5はそれを上回りムラヴィンスキーの全レパートリー中の堂々1位を獲得している。
手許にあるBMGの「ムラヴィンスキー・メロディア未発表録音VOL.2」に添付された資料によれば、ムラヴィンスキーがレニングラードのホールにおいてレニングラードフィルと共に演奏した回数はチャイコフスキーの第5が112回、対するショスタコーヴィチの第5は103回。僅かではあるが開きがある。とはいえその他のレパートリーに比べたらいずれもずば抜けており、100回を超えたものはこの2曲しか記録されていない。
但し海外或いは国内でもレニングラード以外での演奏、またレニングラードフィル以外のオーケストラとの演奏については同資料には記載されていない為、いずれの曲も実際の演奏回数は更に多かった可能性がある(尤もレニングラードフィルによる他地遠征はともかく、他のオーケストラへの客演は非常に少なく片手で足りる程度だったというので、全てを調べても殆ど増減はないだろう)。

チャイコフスキーの第5交響曲の音源としては、数少ないスタジオ録音(ステレオ録音としては唯一とも云われる)であるグラモフォンからリリースされた1960年ウィーン・ムジークフェラインザールにおける「チャイコフスキー後期三大交響曲」(4番のみロンドン録音)の中の演奏が最も有名だが、その後、確かムラヴィンスキーが他界して間もない頃に本拠地レニングラードにおける1973年のライブ録音盤レコード(当時はCDではなく、まだレコードの時代である)が発売され話題になった。今でこそムラヴィンスキーの音源はライブ録音を主体に数多く発掘され珍しさはなくなったが、録音嫌いのレッテルを貼られた人だけに当時はグラモフォンのチャイコフスキーの他一部の音の悪いモノラル録音、及び「モスクワ音楽院のムラヴィンスキー」と題された1965年の一連のライブ盤くらいしか聴けなかった時期で、ムラヴィンスキー・ファンを自称していた私はすぐさま新たな音源に飛びついた。
従来のグラモフォン盤は音質面では評価出来るが、音色の捉え方に疑問があり正直余り好みではなかった。それは第6交響曲(悲愴)も同様で、「ウィーンの録音技師は(技術は長けているが)ムラヴィンスキーの音の持ち味を理解していないのではないか?」という疑念を持ったことも事実だ(4番のみ響きが異なり、比較的好んだ記憶があるが、先に記した通り4番のみロンドン録音であることが原因かも知れない)。一方新たに手にしたレニングラード録音のものは、音質はメロディア独特の籠った様な不鮮明さがありグラモフォンに劣るが、ムラヴィンスキーのゾクリとする様な、一見冷たく感じるが実は脈打つ躍動感を如実に捉えており驚嘆した。
1973年はムラヴィンスキー初来日が実現した年でもあり、同年の演奏として相次いでリリースされたブラームスの第4やベートーヴェンの第4などの出来映えを聴いても、この年のムラヴィンスキーがまた一際好調であったとも云えるのだろう。その後近年になりBMGからムラヴィンスキーの音源が既出未発表を問わず大量にリリースされた中に前年1972年の録音もあり、1973年盤と甲乙つけ難いが細かいパッセージの処理等にやや雑に感じられる箇所が見られ、1973年に比べ体調が勝れなかったのではないかと窺わせる。

今日引張り出した音源は、併録されたベートーヴェンと共にその好調な1973年盤である。
この後更に同年のブラームス4番を聴くか、或いは1982年録音のショスタコーヴィチ第8交響曲を聴こうか迷う処だ。
posted by 紫乃薇春 at 21:32 | Comment(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2009年06月04日

ムラヴィンスキー 106歳

先日こちらの記事で取上げたムラヴィンスキーであるが、本日6月4日は彼の106回目の誕生日に当たる。尤もロシアの旧暦では5月22日に当たるだとか、古い資料では1906年生れなどと載っているものもあるが、現代の西暦に従い新しい資料によれば概ね1903年6月4日生れで合っている様だ。
ムラヴィンスキーは1988年の1月19日に亡くなっているので、没後も既に21年余りが経過したことになる。訃報を知った時のショックは前回記したけれども、彼の遺した数々の音源は未だ古ぼけることなく再生する度新たな音像となって胸を打つ。

先日はYouTubeからの発掘でショスタコーヴィチの交響曲第5番全曲の演奏場面を紹介したが、今日は個人的にムラヴィンスキー芸術の最高傑作のひとつとも思われるショスタコーヴィチの交響曲第8番(ハ短調 Op.65)を聴きながら偲びたいと思う。
ムラヴィンスキーによる同曲は、古のモノラルスタジオ録音を初め幾つかあり、キングレコードから発売されモーツァルトの交響曲第33番とカップリングされたものが一般には評判が良い様であるが、私は一時期フィリップスから発売された1982年のライブ録音盤が何より好みだ。音質に限って云えばキング盤の方が良く音の分離に優れているが、演奏自体はフィリップス盤の鬼気迫る内的迫力に勝るものはない。殊に長大な第1楽章の約10分前後から20分前後にかけてのクライマックスの部分を時々そこだけ抜出して聴くことがある。そこさえあれば他は要らないくらいの恐るべき濃密な世界である。

残念ながらこのCDは現在入手することは極めて困難ではないかと思われるが、参考までにCD番号を載せておく。
PHILIPS 422 442-2
posted by 紫乃薇春 at 13:41 | Comment(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2009年05月29日

「私という人間を知ってもらう為に」その1
ムラヴィンスキー編[YouTube]

以前から興味があった、YouTubeを日記に貼るということ。
貼ってみたいと思うものはあっても実の処その対象が多過ぎて逆に絞れないでいた。貼るのは良いが、自分の中で方向性や必然性が定まらないと何の為に貼るのか、自分自身を見失ってしまいそうな気がしたからだ。
単に自分好みのミュージシャンやアーティストのものを貼るだけならそれこそ候補が多過ぎて収拾がつかない。だが、より自分自身の人格形成に影響を及ぼした音楽を語るが如くその音楽家の演奏を探し出して貼るなら、自ずと選択肢も絞られてくるのではあるまいか。だが実際はそれも一筋縄では行かなくて欲張りになってしまいそうだ。でもとりあえず貼ってみる価値はありそうだ。

最初に選んだのはこの人・エフゲニー=ムラヴィンスキー。旧ソヴィエト時代に活躍したロシアの指揮者で、その活動歴の殆どをレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団と共に過ごした。ムラヴィンスキー時代のレニングラード・フィルはオーケストラというより、ひとつの巨大な楽器として機能していた。それはムラヴィンスキーの統率力が桁外れに優れていたからに他ならない。1903年6月4日生れで1988年1月19日歿、享年84歳。その昔まだクラシックしか聴かなかった頃の私が最も敬愛した指揮者である。今でも恐らく一番好きな指揮者だ。1988年といえばまだ学生時代だったが、或る日の朝新聞受けから朝刊を取り、三面欄を捲って真先にムラヴィンスキーの訃報が目に飛込んできた時、余りのショックに暫く息が出来なかった。年齢を考えればいつお迎えが来てもおかしくはなかったのだろうが、まだまだ生きて本当の音楽を生み出して欲しい人だった。
YouTubeで検索をしてみて、まずムラヴィンスキーの映像が加えられていること自体に感動したが、齧りを探るつもりが観嵌り、いや聴き嵌り最後まで聴き通してしまった。
曲はドミトリー=ショスタコーヴィチの交響曲第5番ニ短調・作品47。ムラヴィンスキーの最も得意なレパートリーのひとつであり、生前の演奏回数もチャイコフスキーの第5交響曲に次いで2番目に多い曲である。冒頭の弦のユニゾンから凡百の管弦楽とは別の世界がここにある。ムラヴィンスキーの指揮振りは決して派手ではなく、むしろ控え目なものだ。右手で端正に拍子を取りながら時折左手で重要な出だしへの合図を送る程度だが、オーケストラはそれだけで俊敏に応え繊細且つ強靭な音色を紡ぎ出す。その裏にはたったひとつの本番の為に何十回もの練習を重ね、自身の云わんとすることをオーケストラに叩き込むムラヴィンスキーの完全主義が隠されているが、決して無理矢理拵えた堅苦しさ、不自然さはない。本来即興演奏をより好む私だが、ムラヴィンスキーのこの厳格さの前には如何なる才人もひれ伏す他はないだろう。

全部で7本、ひとつの交響曲の全曲演奏であり時間も合わせておよそ45分と長いので挙げてはみたが余程お好きな方か、お暇な方でなければ最後まで観て(聴いて)は貰えないだろう(苦笑)
動画は追記に。
posted by 紫乃薇春 at 13:43 | Comment(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2007年06月04日

ムラヴィンスキー 104歳

本日6月4日は新暦におけるエフゲニー=ムラヴィンスキーの、104回目の誕生日にあたる(彼が生まれた旧ロシアにおいて当時用いられていた「ユリウス暦」に基づけば5月22日だそうだが、少なくとも現代日本に暮らす我々には余り実感のないものだ)。この名前を御存知ない方や知っていても殊に好まない方には「それがどうした」と思われるかも知れないが、ムラヴィンスキーといえば愛好家には名前だけでも背筋が凍りつく程偉大な、20世紀最高の指揮者の一人である。
104回とはいささか中途半端な数字であるが、本質はそんなことには拘りなく、ただ生誕を祝し彼の遺した素晴らしい演奏の数々に終日浸りたい、それだけのことなのだ。
生憎今年は平日なので朝から晩まで垂れ流すが如く彼の音源を耳にする訳には立場上行かないが、ならば今一番聴きたい録音をまずは聴こうと、1982年3月28日レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団と共に実況録音したショスタコーヴィチの交響曲第8番(ハ短調・Op.65)を選んだ(ムラヴィンスキーについて殆ど御存知ない方の為に念の為記しておくと、彼は1903年6月4日当時のサンクトペテルブルグに生まれ、1988年1月19日レニングラードにて逝去。1930年代より指揮者としての経歴が始まるが、1938年全ソ指揮者コンクールに優勝したことが大きな力となり、レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任。以後、一部の例外を除き終生このオーケストラのみを指揮することになる。1986年常任の座を離れるが、その後も彼が歿するまで両者の間の信頼は厚かったと伝えられている。
1960年代の前半までは様々なレパートリーを持ち、ロシア(ソ連)の民衆に音楽を浸透させるべくいわゆるレコードの為のスタジオ録音も数多く行ったが、自身の本領はライブ演奏にあることを自負していた為か、それ以降は録音の為の録音は行わず、1960年代半ば以降に録音されたものはライブ演奏によるものである。また、その時期になるとレパートリーも極めて少なくなり、チャイコフスキーの第5交響曲やショスタコーヴィチの第5交響曲等を極端な一例とする、本当に得意な曲目のみを取上げる様になった)。
第8交響曲はショスタコーヴィチの15曲のシンフォニーの中でも取分け重く、また深い内容と音楽性を持つ曲である。具体的にそれが何かと訊かれたら、とにかく曲を聴いてみてくれとしか云えないが、2次大戦中に書かれその影響も色濃くあるのだろうがそれ以上に音そのものが高い純度で描かれている処がこの曲の素晴らしい処だと思う。自身に献呈された、という経緯はあるにしても、ムラヴィンスキーが初演から晩年までこの曲を再三に亘り演奏し続けたのは、この曲の上辺の表題性よりも純音楽としての出来映えの高さに感銘したからではなかったか。ムラヴィンスキーの録音をどれかひとつでも聴いたことのある方なら感じたことと思うが、演奏、その音・音色そのものが極めて純粋な音楽であり、ドラマティックな演出は狙わずに音そのもので働きかける。テンポは概ね速く揺れが少なく、それでいてスケールが小さくならない。人によっては「物足りない」だの「もっと遊び心が欲しい」などと仰云る方もいる様だが、そうした演奏が好みなら何もムラヴィンスキーを選ぶ必要はないのだ。
そうした彼の純音楽的演奏に、純音楽として描かれたショスタコーヴィチの8番は相応しかっただろう。但し常に同じ演奏を繰広げた訳ではなく、亡くなる直前まで研究を怠らなかった彼だけにこの8番も残る録音はそれぞれ、異なった表情を見せている。古いものは1950年代のものから、歿後になって発掘された60年代英国での演奏旅行時の音源、そして私が今日選んだ晩年の録音と或る程度異なる時期の演奏を聴き比べることが出来る。50年代のものは録音も著しく劣るので必ずしも正当な比較対象にはならないかも知れないが、60年代英国録音盤とは幾つかの部分においてテンポと間の取り方、各楽器のバランスなど違いを見出すことが出来る。
一概にどちらが良いと決めることは出来ないが、本当に徹頭徹尾全ての音を遊ばせず、自分の意のままにコントロールし切った感のある60年代の演奏に頗る統率力、推進力を感じる一方で、この82年の演奏には60年代にはまだ感じられた力みの抜けた、それでいて緊張感を失わない巨大さが感じられ、更に微細部に至る音色・強弱の変化がより細やかに、しかも自然に響いてくる。60年代盤を聴いた後でもこの82年は難なく聴けるが、こちらの後で英国録音盤を耳にするといささか不自然でぎこちなく感じられもする。あくまで好みの問題だとは思うが、私はこちら、1982年録音盤を推薦したい処だ。
しかしながら残念なことに、フィリップスから発売されたこのCDは現在廃盤である(CD番号:PHILIPS 422 442-2)。巷ではその後別の会社が権利を買取り再販されたとも聞くが、私の探し方が杜撰な所為かまだ発見出来ていない。個人的には初出の際怠惰せずに入手しておいて良かった…ということになるのだが、他の方に薦めたくても手をこまねいてしまう。
そこで、もう一方の60年代の英国録音盤なら今でもAmazon等正規のルートで入手が可能な為、こちらをひとまず紹介しておきたいと思う。

昨年、或いはその前とやはり同日ムラヴィンスキー生誕にあやかった記事を記したかと思い辿ってみると、一昨年は確かにエントリしていたが、昨年はなかった。確かに昨年、ムラヴィンスキーの音源の何がしかを聴いた覚えがあるが、どうやら殆どやる気がなかったらしい。
因みに一昨年の記事を読み返してみたら、その時も1982年録音盤のショスタコーヴィチ第8交響曲を取上げていた様で、ムラヴィンスキーには他にも数々の名演・名盤が存在するのに何とも不細工な様で恐縮である。いや、この盤の価値は比較しようがしまいが高いと思うのだが、こと記念日に聴きたいCDというものが私の場合、余り変り映えしないらしい。
御参考に、一昨年の記事はこちらである。
posted by 紫乃薇春 at 05:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽<ムラヴィンスキー>

2005年06月04日

祝ムラヴィンスキー生誕

昨日のエントリでも触れた通り、今日6月4日は指揮者・エフゲニー=ムラヴィンスキーの生まれた日である。終日ムラヴィンスキーのCDを聴きながら結局、自室に引篭って過ごした。
2003年の同日、まだこのブログを始めるより大分以前にメインサイトの日記にやはりムラヴィンスキー生誕についての記事を記したことがあった。2003年、その年はムラヴィンスキーの生誕百周年にあたる年であった:

「ムラヴィンスキー生誕百年に寄す」 〜2003/6/4(水)

今年西暦2003年は少なくとも私にとって特別な意味を持つ芸術家二人の生誕百年に当たります。
そして今日6月4日はその内殊に重要な存在となった、天才指揮者・エフゲニー=ムラヴィンスキーの生まれたその日です。勿論彼の生れ育ったロシア(旧・ソヴィエト)とは経度が異なるので、日付が今日、といっても半日くらいのズレはあることでしょうが、それはさておいて。
生誕百年ということで、それを記念した催しがやはりある、或いはあった様です。
どのくらいの規模のものが結果的に行われることになるのかは定かではありませんが、本国ロシアを除き、氏の生前没後を通じて恐らく最も彼(の人と音楽)を愛し受け入れてきた我が日本では、これまで「オクラ入り」となっていたムラヴィンスキー=レニングラードフィル来日公演時のLive音源がAltusレーベルより次々と「メモリアル・エディション」として発売されている模様です。
元々Altusは3年程前にキング・インターナショナルにより、主に過去来日した海外の演奏家の来日公演時の音源をいわば「逆輸入」する形で発売すること(扱いとしては輸入盤)を主眼として発足したレーベルらしいのですが、その記念すべき第1弾としてリリースされたのが1973年、ムラヴィンスキー初来日時の「ベートーヴェン・第4交響曲/他」(ALT001)及び「ショスタコーヴィチ・第5交響曲」(ALT002)でした。
その後はクリュイタンスやクーベリック、コンドラシン等々のCDが順次発売されてきた様ですが、これまでその存在さえ明らかでなかったムラヴィンスキー来日音源の一角が日の目を見たことで、計4度の来日を果たしている氏の、他の日の録音ももし残されているなら、たとえ音質が多少劣っていてもよいから聴きたい、というのがファンの、少なくとも私の願いでした。
それが今回、生誕百年を期に現在までにおよそ6タイトルがリリースされ、ようやく念願叶ったという処です。…が、音質に関しては実際の処、贔屓目に聴いても「悪い」と感じてしまうものが多くて、こうなるとやはり「もっと良い音質で聴きたかった」等とつい呟いてしまうのは、ファンの高望みというものでしょうか(苦笑)
けれどもこれらの「メモリアル・エディション」が極めて貴重な音源であることには違いないので、その一点だけでもAltusには感謝、です。
CDのライナー・ノーツによると、現在母国ロシアに於ける氏の扱いは故人が知れば「気の毒」な程、だそうですが(旧・ソヴィエトが崩壊し、当国の公式音源をほぼ一手に牛耳っていたメロティアがその音源の多くを売り飛ばしたり、廃棄してしまったりしたことも大きな一因の様です)、欧州では幾つかの企画により無事(?)生誕百年が迎えられそうだ、と記してありました。主にそのキャリアの殆どを冷戦時代のいわば「東」側で活動したことに起因する「政治的」ともいえるハンデを背負いつつも、「ムラヴィンスキー=レニングラードフィル」の実演に触れた人々には有無を言わさない「力」を彼が持っていたことの証でしょうか。
今後、どの様な企画が予定されているのか、或いはもう、予定はないのかはわかりませんが、もしまだ期待する隙間が残されているなら、願わくばRussian Disc辺りからリリースされ、その後なおざりにされたままのモーツァルトの「第40番」やベルリオーズの「幻想交響曲」、ブルックナーの「第7交響曲」など、日本盤未発表の音源などもフォローして欲しい処です。
また、他にもまだ未発表、或いは未発掘のまま埋れた音源があるなら、これを機会に是非、日の目を浴びて欲しいものです。
これを書いてから二年が経った。いや、まだ二年しか経っていないのだが、現在のCDショップにおけるムラヴィンスキーの市場は何とも寂しい限りである。ムラヴィンスキーに限ったことではない。クラシック市場全般が著しく縮小されてしまった印象を受ける。その中でムラヴィンスキーも例外ではないということだ。引用中のAltusによる「メモリアル・エディション」も、年が変ったら用済みとばかりに在庫切れとなってしまったし、BMGの全集も今では殆ど見かけなくなってしまった。Russian Disc等から輸入盤のみのリリースとなったCDの国内盤化など夢のまた夢の様に思える今日この頃。何とも嘆かわしい話だが、とにかく今は現在手にしている彼のCDをことある毎に聴き返し、その音の真髄を感じ取ることに専心するのみである。

ムラヴィンスキーの演奏にはムラが少なく、普通とは逆の意味で代表盤を挙げるのが困難である。幾つもの名盤個々についてはいずれ各エントリで取上げることにして、ひとつだけ、今丁度聴いている演奏について挙げておく。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 Op.65
(PHILIPS/422 422-2)
1982年3月28日、
レニングラードフィルハーモニー大ホールに於ける実況録音

ムラヴィンスキーのその特有の冴え冴えと研ぎ澄まされた表現の中で尤も「恐い」と感じる演奏は恐らくこの盤ではないだろうか。曲も確かにそれを助長していると思うのだが、他の人が振ったらただ冗長で退屈なだけになりかねない、気難しい曲なのだ。後半も良いが、聴き処は第一楽章の10分前後、木管がpで第一主題を奏し始める辺りから20分前後、イングリッシュ=ホルンによる長いモノローグが吹き切られるまでのクライマックスだ。この約10分間さえあれば他の部分はもう要らないくらい充実している。いや、充実などという言葉が生温い。純粋な音による余りの恐怖に背筋に氷が貼る程である。そして得られる満足は余りに重い。
現在は廃盤になってしまったのか、或いは在庫切れなのか、全く店頭では見かけないが、中古品でももし見かけることがあれば、騙されたつもりで買って、聴いてみて欲しい。「クラシック」と一般に呼ばれる音楽の、本当の意味と価値を教えてくれる筈だ。
posted by 紫乃薇春 at 21:16 | ☁ | Comment(0) | TrackBack(1) | 音楽<ムラヴィンスキー>

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。