2007年08月12日

碓氷峠鉄道文化むらにて

鉄道文化むら〜20070812
東京から高崎まで上越新幹線で、高崎からは信越本線に乗換えて横川まで。昼の二時前に到着してまずは腹拵えを済ませ、鉄道文化むらに入園したのは二時過ぎ。
四年程前にも一度訪れているので園内の様子は粗方わかっていた。はっきり記憶と異なることと云えば、文化むらの外周ぐるりと一周する「アプト君」というアトラクション(速度はごく緩いが、本格的なスチームもしくはディーゼルで動く車両)が以前は時計回りに運転していたものが、今回は逆回りに周回していたことくらいか。あと、横川の駅前から軽井沢へ向かう途中まで、トロッコ列車が運行する様になっていた。興味はあるが今日はそこまでの時間の余裕がないのと、受付で見ると既に文化むら発は満席とのことで見送ることにした。かつては日本一の急勾配として信越線が通っていた横川―軽井沢間碓氷峠越え。鉄道マニア達からの熱いラブコールとは裏腹に経営上は赤字に喘いでいた様で、長野行新幹線の開通と共に廃止されてしまった区間である。路線は残った軽井沢から先長野までもJRは運営を止めてしまい、現在は第三セクターとして辛うじて生き延びている。
前回も、そして今回も鉄道文化むらを訪れ旧信越線の線路を見ながらそんな感傷に似た想いを抱いた。信越線が今も全線通じていれば少なくともこの場所には存在しなかっただろう文化むらにも複雑な想いはあるが、しかし一歩足を踏入れれば浮立つ気持になるテーマパークには違いない。マニア或いはオタクを名乗るにはおこがまし過ぎる怠け者の私だが、幼少の時分から憧れを抱く鉄道ファンの端くれとして充分楽しめる処だ。
入園したのが丁度「アプト君」の運行時刻に当たった様で、頭上のアーチを三両客車が横切っていった。いささか遅蒔きながらカメラを構え挨拶代りの写真を撮りながら「アプト君」を見送ると園内を散策。既に現役を退いた歴代の機関車、中には「アプト君」の名前の由来になったアプト式車両もあり、興味深い対象は写真に収めつつ敷地の奥へ。やがて「アプト君」の乗車場所に辿り着いた。
「アプト君」発着場の脇には跨って乗るミニSLの乗り場もあり惹かれたが、子連れでない大人が一人で、相方と一緒であっても乗るのは度胸が要る。結局前回に続き今回も止めておいた。
三十分に一度の「アプト君」の発車時刻が迫ったので列に並び乗車。動力車両がSL型からディーゼル型に替ってしまい少し残念だが乗ってしまえば同じこと。客車は前から「赤城」「榛名」「妙義」の順に並び、私達は「榛名」に乗車した。
本当にゆっくり走る「アプト君」は、歩くよりは早いが駆け足よりは遅いかも知れない。広い様で実はさほどでもない文化むら外周を約五分で一周。もう一周はしても良いくらいの気分だがそれは贅沢な云い草かとほくそ笑みながら下車した後は売店に寄り、ソフトクリームにありついた。
その気になれば半日、いや開園から閉園まで居ても良い文化むらは、しかし二時間程度の滞在でもそれなりに満喫出来る場所。二時間半程を過ごして私達は文化むらを後にした。

十六時半頃発の信越線に乗り横川を去り、高崎で途中下車。東京までの列車の時刻まではまだ大分時間にゆとりがあるので駅の近くの喫茶室に入り冷たい珈琲と甘味で寛いだ時を過ごしている。
世間が概ねお盆休みのこの時期に明日からはまた暦通りの勤務が始まるが、この三日間は楽しく過ごせたのがささやかな癒しになるだろう。
夕の色が濃くなり始めた空。この晴天が夜半過ぎまで保ってくれるだろうか。



(出先にて携帯投稿の為、後刻編集予定)


posted by 紫乃薇春 at 18:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅記(仮)
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