2015年01月06日

三社詣

既に年が明けて六日が経ってしまったが、年越しから三が日の出来事を大雑把に記してみよう。

大晦日、旧年内最後の仕事を済ませた後迎えに来た家人と年越し蕎麦を食べに街へ繰出した。帰宅して、観るともなく点けたテレビから紅白歌合戦の歌声が流れるのをBGMに旅行の準備を済ませた。
予定より遅く年を跨いでしまったが、元日になって近所の八幡神社へ初詣に出掛けた。歩くつもりだったがかなり冷え込みが厳しく、また時間も押した為少しでも早い方が良いだろうということで車で出たのだが、雪が舞い始めている。神社に着いて既に境内からはみ出す程に連なった列に並んでいると、雪の降りが夥しくなった。幸い列は速やかに進み、柏手を打つまで長さを見て怯んだ程に時間はかからずに済んだ。

再び帰宅して仮眠を取り、午前の内に出直して博多へ。家の玄関を開けた時、向いの家屋の屋根には薄ら雪が積もっていた。雪かきが必要な程ではないが、未明から明け方にかけ絶間なく降り続けていたのだろう。
博多に着いて、雪は間もなく小止みになったが寒さは一層募った。先に食事を済ませてから宿へ。荷物を置いて街へ出た。祗園の山笠で名高い櫛田神社の脇を通ったが、通りにまで続く参拝の列を見て並ぶのを止めた。そしてその足で中洲や天神、キャナルシティ界隈を徘徊した。殊に何処へゆく宛もなく、彷徨うだけで元日の夜を過ごした。

翌日、一時は止んだ雪が再び街のあちこちに白化粧を施していた。しかし幸い早く目覚められたので、天神まで移動して西鉄の列車に乗り太宰府へと赴いた。
太宰府天満宮〜20150102
太宰府に着いて程なく、それまでは小降りで落着いていた雪の降りが激しくなった。気温が不安定なのか、雪はやがて霙に変ったかと思えばまた乾いた雪になる。そのおかげで積もる雪の重みが増して、傘を握る手に軽い痺れを覚えた。境内に咲いた傘の花にも雪が積もり、時折傾いだり窄んだりする度にザザッと音を立てて雪崩れ落ちる。気温が緩む折に解けた雪が足元のあちこちに小さな池を拵えて、全国有数の参拝客に圧されるがまま横へ退いた拍子に池の一つを踏み抜き、足ごと靴を濡らしてしまった。

やっとの想いで天満宮参りを済ませ西鉄の駅へ戻ると、天神まで直通の列車が丁度発車しようという処だった。
急いで乗込み天神まで戻ってみたが、時計を見るとまだ午後さほど遅くない時刻。天神の地下街を少しうろうろした後、今度は貝塚行きの地下鉄に乗って筥崎宮へと向かった。
九州や中国地方など西日本に多い風習として、初詣は即ち三社参りというのがあるらしい。地域によってその在り方も様々で、和歌山などは巡る社も決まっているそうだ。福岡の場合は定かでないが、年末年始のテレビではしきりに太宰府天満宮、筥崎宮そして福津市の宮地嶽神社の三社を宣伝していた。

箱崎宮前で地下鉄を降り地上へ出ると、雪も霙も止んでいた。開放的な参道には出店かざっくばらんに並び、太宰府に比べると幾分緩い人波が神社へと続いている。
筥崎宮〜20150102
境内にはまだそこかしこ水溜りが残り、列をはみ出さない様気をつけながら歩を進めた。思った程の混雑ではないが、本殿前では参拝列を或る程度毎に区切り入場制限が行われていた。その為辿り着くまでに多少の時間がかかったが、参拝の際には却ってもみくちゃにされず済んだ。
太宰府には梅ヶ枝餅という名物があるが、此方には社日餅もしくは筥崎饅頭と書かれた幟が立ち、試しに参拝の後買ってみた。粒餡をくるんだ餅を平たい型に入れ、表面に薄ら焼き目が付くまで温められたものが出された。「梅ヶ枝餅だ」といって出されたら実際、全く区別が付かない。しかし焼きたては餅がパリッとしてどちらも旨い。

筥崎宮を後にして天神へ戻る頃には日も暮れて、その日は少し夜の街を楽しみ食事をしただけで宿へ戻った。
翌三日、昼前に宿を発ち、博多駅へ。年末始の帰省からUターンラッシュのピークとあって、駅構内は夥しい人込み。暫く待って漸く空いたロッカーに荷物を押込み、JRで小倉方面へ。宮地嶽神社へは福間駅で下車し、2km余りある長い参道を行かねばならない。
駅前で地図を確認し、歩きだそうとした処、経由地に宮地嶽神社と書かれたバスが来た。家人と顔を見合わせ乗ってゆくことにしたが、それが迂闊だった。駅前の停留所を出て間もなくバスは参拝の渋滞に嵌り、数分毎に数mしか進まない。おまけに乗車して程なく、宮地嶽へは行かず迂回路を通るとのアナウンスが。慌てて次のバス停で降りるべくボタンを押したが、仲々着く気配がない。バスは随分遠回りをしている様で、途中幾度か居眠りをしてもまだ扉の開く様子はなかった。
結局1時間以上も缶詰にされた後に漸く降車出来たが、降りた処が思いの外神社に近く、わざわざ長時間乗った甲斐も少しはあったと云えるだろうか。
そこは駅から向かう道とはまた違う、福津の海から真直ぐ続く参道で、その先に石段が見える。平地に建立された太宰府天満宮や筥崎宮と異なり、宮地嶽神社はその名の通り小高い山の中腹に建てられた社である。
石段が近づくにつれ参拝客が溢れて、やがて道一杯に並ぶ列の最後尾に辿り着いた。筥崎宮と同様こちらでも入場制限を行っているらしく、その人数と石段を登って行かねばならない造りから確かにそれがより安全なのだろうと納得した。
三が日また年間の来場者数は太宰府天満宮に次ぐ九州第2位とのことだが、入場制限等により本殿に至るまでの所要時間と狭い木立に囲まれた境内に詰めて寄せ合う人々の様子から、むしろこちらの方がより混雑している風に感じられた。
宮地嶽神社〜20150103
列に並んでから本殿まで小一時間。さすがに少々並び疲れて、日本一とも云われる巨大な注連縄にもだから何だとやややさぐれた気分で目を遣った。風情ある境内だが「わざわざ(人の多い)初詣の時期に来なくても良いわ」という家人の呟きに半ば頷きながら参拝し、帰ろうとした。が、ふと本殿の横に目を遣ると「奥の宮 八社巡り」の案内が。まだ日暮には多少間があり、興味を得たのでそちらも巡ってみることにした。
数組の参拝客はいるものの、本殿までの人込みに比べたら随分物静かである。奥の宮八社とは、七福神社、稲荷神社、不動神社、万地蔵尊、恋の宮、三方荒神、水神社そして薬師神社の八社。足早に巡ったので、一つ二つの社は見逃してしまったかも知れない。しかしやはり来てみて良かった、と思えるひと時を過ごした。
奥の宮を出て下山しようかと思う処、大道芸人による南京玉すだれが始まろうとしていた。これも縁である。この日で丁度芸歴20年という芸人の巧口上に誘われ、一見たどたどしくも思わせながら練れた手さばきにいたく感心した。

帰り道の参道で、太宰府の梅ヶ枝餅、箱崎の社日餅に続き松ヶ枝餅と名付けられた名物を見て購入。これも他二つと違いのわからないものだった。但し作り手の違いか、食べ慣れた太宰府の梅ヶ枝餅に比べ幾分粗さがある様で、次に機会があればまた別の店の松ヶ枝餅を食してみたい。

三日の夜に帰宅し、翌四日は終日休み。体を休めて仕事初めを迎えたが、いささか暴食気味の所為か胃腸の疲れを感じる。
明日は七日正月。好物の七草粥が待ち遠しい。
posted by 紫乃薇春 at 23:40 | Comment(0) | 旅記(仮)
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