2014年02月05日

春節祭

長崎ランタンフェスティバル2014

2014年(平成26年)1月31日(金)―2月14日(金)
長崎中華街、湊公園、浜町アーケード、他

立春と前後して今年も春節祭、所謂ランタンフェスティバルの時期が来た。此方に移り住んだのが2009年の8月。翌2010年以来毎年、この時期に一度は長崎市街を訪ね同フェスティバルを見物しており今年で5回目になる。

長崎ランタンフェスティバル〜20140205

主会場は新地の湊公園で、北西側に舞台が組まれ龍踊りをはじめとして様々な出し物が行われる他飲食物や土産物等の売店が立ち並び、一方南東側には人物や魚、鳥等色々な形のランタン(提灯)が飾られ、そして公園の最も目立つ場所にはその年の干支を象った巨大なランタンオブジェが据え置かれる。初めて見たのは猛々しい虎(寅)のランタンで、それから兎(卯)、龍(辰)、蛇(巳)と来て今年は馬(午)である。これらは毎回新たに造るのではなく、どうやら同じオブジェを修繕したり手を加えながら繰返し使っている様だ。
湊公園以外の会場、例えば中華街脇の銅座川上や唐人町、浜町等には他の年の干支が飾られる。今年なら銅座川上には昨年の巳年のオブジェが置かれ、唐人町の入口にはまだ先の酉年のランタンが飾ってあった。どれもこれも見応えのあるものだが、殊に今年の午のオブジェは全十二支で最も高く、およそ10mだそうである。
湊公園の隣、中華街には毎年、沢山の赤いランタンが吊される。ランタンより訪れる人の方が多く、人波を掻分けて進むのも一苦労だが、角度を変えながらランタンを見上げていると、ふとした瞬間川の流れの様に見えることがある。一つ一つの灯りの向うには、大河に似た時が刻まれているのかも知れない。

長崎ランタンフェスティバル〜20140205

昨年までは築町電停から中華街を抜け、湊公園で暫く過ごした後はアーケード方面をそぞろ歩くのが常だった。それはそれで楽しかったが、少々マンネリを覚えてもいたので、今年は湊公園から唐人町を巡ることにした。
巡るといってもそう広大な範囲でもないが、辺り一帯が嘗て唐人屋敷と呼ばれる家屋のあった場所だと思うとそれなりに広い。一棟にしては余りに大き過ぎる気もするので、幾つもの建物が建並んでいたのだろうと思う。
住居としての唐人屋敷は殆ど残っていない様だが、幾つかの御堂及び福建会館(會館)が歴史を伝える建物として現在も保存されている。それらを巡るコースが四堂巡り呼ばれ、今の時期には迷わぬ様路地にランタンが灯されている。湊公園に最も近い土神堂から天后堂、観音堂と巡り、最後に福建会館を訪ねる逆時計回りのルートである。
以前日中に唐人町を訪れたことがあるが、その時は土神堂と福建会館にしか入れず、天后堂及び観音堂は外から眺めるのみであった。天后堂は門が施錠されており、観音堂はとある幼稚園の敷地内にある為頼めば或いは見学させて貰えたのかも知れないが、弱腰の所為で切り出すことが出来なかった。ランタンフェスティバル開催中の今は来訪者も多く、いずれも開放されている(尤もいずれも係の人がかしこまった体で堂内に座っているので、そわそわして気分は急ぎ足になってしまったのだが)。
赤土を用いた御堂は日本式の寺院等とは大分趣が違い、中華独特の風情だろうか。黄檗の萬福寺辺りと比べるとどこも遥かにこじんまりとしているが、歴代の唐人達の想いが刻まれ大切にされてきたのだろう。いずれも火災で消失し、明治になって再建或いは改修されたそうだが、見事に復元されているものと思う。
長崎ランタンフェスティバル〜20140205

四堂巡りはそれぞれをじっくり観て小一時間もあれば巡り終えてしまうものだが、平日で出足が遅かったこともあり、湊公園に戻る頃には出し物も全て終ったあとだった。
時間が許せば再度訪ねて今度はアーケード等にも足を運びたいが、今年はちょっと厳しいか。
posted by 紫乃薇春 at 23:22 | Comment(0) | 日記
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