2011年08月15日

精霊流し

八月十五日。靖国参拝の是非で毎年揺れるこの日はお盆の中日でもあって、全国各地で独自の風習に基づく催事が行われる。とは云うものの、実家のある神奈川の東部では一部の自治体で盆踊り等が行われる以外個性的なものは殊になかったが、ここ長崎では精霊流しが繰り広げられる。
昨年に続き、今年も佐世保での精霊流し、そして佐世保川に渡す灯籠流しを見物した。昨年の天気をはっきりと覚えてはいないが、夕方の五時か六時頃家の前で爆竹の音がするので覗いてみると精霊船を彩る鮮やかな夕映えが感じられた記憶があるので、恐らく晴れだったのだろうと思う。
昨日から蔓延る雨雲の所為で今年は生憎の空模様。昨晩程の豪雨にはならないが、しとしとの小雨が降ったり止んだりの天気。年に一度―というより個人船を担ぐ人にとっては一生に一度かも知れない行事に水を差すのではないかと心配したが、所謂お祭ではなく仏事なので余程の悪天候に見舞われなければ行われる様子。ただこの行事に欠かせない爆竹は濡れると鳴らなくなってしまうので、いささか度が過ぎるとも思えるいつもの華やぎには欠けてしまうかも知れない。
どんよりした空の色は解消されないが、幸い夕方雨は止んで路面も処々乾き始めた。まだいつ降出すかわからないので念の為傘を持ち、佐世保の市街地へと繰出した。

昨年爆竹が鳴ったくらいの時間になっても響かないので、この近所からは今年は精霊船が出ないのだろうかと思っていたが、それより暫くして今年もやはりパン、パパンと爆竹の音が聞こえ始めた。外出して少し歩くと各地からの精霊船が合流する地点があり、爆竹の響きも頻繁になってきた。
精霊流し〜20110815
昨年同様名切の集積場を目指して歩いたが、国道沿いへ出て何艘かの精霊船を見送った後一旦脇に外れ、佐世保川の灯籠流しを眺めに寄った。
佐世保公園の側に特設した桟橋から、次々に川へと流される灯籠。灯籠を携えた遺族が桟橋の袂まで運び、桟橋には幾人かの係の人が並んで手渡して行き、一番先頭の人が川面へと浮かべるのだが、結構な重労働なのだろう。殊に先頭の人は常に正座で足が痺れたのか、灯籠が途切れた瞬間に立上がり軽く膝や足首を屈伸していた。
彼方に爆竹の音を聴きながらしんみりと流れゆく灯籠を見つめるのも、不思議と癒されるものだ。郷愁という言葉を思い出させる。
昨年もだがふと気づいたのは、灯籠が川下から川上へ向かって流れてゆくことだ。風向きの所為なのか、それとも河口が近い為川面付近は波の影響で逆流しているのだろうか。
灯籠流し〜20110815
暫く佐世保川の畔でノスタルジーを貪った後、再び国道沿いへ出た。
すっかり日暮れて寄せる精霊船の数も増えてきたが、夕方から止んでいた小雨が再び降出し爆竹の響きも少し湿り気を帯びた様に感じた。
だが傘は差さぬまま集積場へ向かうと、けたたましい爆音の連続と共に朦々と立込める白煙。今年も熱気に溢れていた。夕方見たテレビで「爆竹の売上げは例年より少な目」と伝えていたが何の、現場は更にエスカレートしつつあるのではあるまいか。
やがて幾艘ものもやい船が到着し、爆音と火柱を背景に山車宜しく派手な曳き回し。本来この様なパフォーマンスは好ましくないとのことだが、やる側は如何にも楽しそうであり、また観る側も粗方楽しんでいる風だ。この日は国道沿いや集積場に警備の警官が立つが、彼等も大抵のことは何食わぬ顔で見逃している。
集積場〜20110815
人々の熱気と爆竹の音、火薬の香りに驚いたのか、いつの間にか雨はまた止んでしまった。いささか酔いつつ暫くの間集積場で過ごしたが、宴がクライマックスを迎えた頃帰路に着いた。
まだ幾艘かの精霊船が大通りを流していたが、暫く間が空いた後取分け大きなもやい船が担がれてきた。その後ろをパイロンの回収車。どうやらその曳船が今年の大トリであるらしい。少し離れた場所から見送りながら、微かにあとを引く寂しさを覚えた。


posted by 紫乃薇春 at 23:43 | Comment(0) | 日記
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