2004年11月17日

シューリヒトの『プラハ』

新潟に行く直前にTVでベルリンフィルの特集番組を見て以来、フルトヴェングラーのベートーヴェンを聴いていたが、あちらで色づいた草木を見ているうちに、今度は無性にモーツァルトが聴きたくなった。
『プラハ』にはやはり秋が相応しい。そう感じるのは、このシューリヒトのレコード(CD)で初めてこの曲を聴いたからだろうか。「刷込み」と言われても構わない。この曲にはシューリヒトが最高なのだ。
冬間近の肌寒い秋の昼下りに錆色をした紅葉が揺れて、決して威圧的ではない木漏れ日が差す、あの雰囲気。シューリヒトはオーケストラを決して力ませないので、より秋の陽が真実味をもって差し込めてくる。水墨画の単色の濃淡を活かした一筆書きの趣きもある。
オーケストラ(パリ・オペラ座管弦楽団)が正直二流なのが残念だが、しかし時折ウィーンフィルを彷彿とさせる様な弦の輝きを垣間見られるのは、「名人」と呼ばれたシューリヒトの棒の魔術だ。
シューリヒトの『プラハ』〜20041117
『ハフナー』に始まるいわゆるモーツァルトの後期交響曲集でこの『プラハ』を聴いたのは結構遅かった。しかし初めての出会いにおいてこのシューリヒト盤と巡り合ったのは本当に幸運だったと思う。
同CDに収録された『リンツ』も捨て難いが、シューリヒトのモーツァルトはやはり、『プラハ』に尽きる。
posted by 紫乃薇春 at 15:33 | ☀ | Comment(1) | TrackBack(1) | 音楽
この記事へのコメント
モーツアルトのシンフォニーはプラハに尽きる。パリオペラ座は、信じ難いほどいい仕事をしている。指揮者は音は出せない。シューリヒトはVienaとかでMozartを振るのは嫌いだったと思う。
Posted by Ryu at 2013年09月14日 22:10
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