2013年10月31日

夕景〜10/31

夕景〜20131031

変哲のない様な、道の上の空を眺めて。
posted by 紫乃薇春 at 22:04 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2013年10月30日

訃報

読売巨人軍往年の名選手でありV9に代表される黄金時代を築いた名監督でもあった川上哲治氏が去る10月28日午後4時58分、老衰の為死去していたことがわかった。享年93。
どちらかと云えばスポーツには疎く、野球は殊に好きな競技でもないし、ましてやジャイアンツのファンでもない(アンチでもないが)私だが、川上氏のことは当然の如く知る存在であった。何せ野球の「神様」である。私が生まれるよりも大分前に現役を引退していらしたそうなので選手としての活躍は噂でしか聞いたことがないが、監督としては辛うじて物心ついた頃まだ務めていらしたと記憶している。これまでに直に観戦したことのあるプロ野球の試合は1試合のみ、それが川上氏率いるジャイアンツと当時の大洋ホエールズ(現在の横浜DeNAベイスターズ)の試合であった。場所は川崎球場である。
巨人ファンである父に連れられて兄か弟のいずれかと共に観に行ったのだが、当時は巨人がV9を達成した翌年で力の衰え始めていた頃であり、観戦した試合も結局巨人の負けだったと思う。父は意外と冷静で帰り道「やはり負けたか」という口振りであったが、周囲の巨人ファン達の口汚いヤジや罵声が妙に印象に残っている。あと、ボードに表示された当時のレギュラー陣―柴田、高田、長島(当時)、王や投手・高橋一三の名前が今思うと懐かしい。
結局その年はリーグ優勝すら果たせぬまま(セ・リーグ2位)川上氏も退任してしまい、監督としてもその全盛期には追いつけなかった私だが、父の教育が良かったおかげで今も尊敬の気持に変りはない。

川上氏の采配の秘訣は不人情とも云われ人間性の或る側面を批判する声もある様だが、繰返すが何と云っても「神様」である。業界に燦然と輝く記録を前に説得力を持つ中傷がどれだけあるだろうか。
貶すより前に偉業をまずは讃えたい。そして今は御冥福を祈る。
posted by 紫乃薇春 at 22:55 | Comment(0) | ニュース

2013年10月29日

草野追憶

須佐能袁神社にて

須佐能袁神社〜20131020-1029
posted by 紫乃薇春 at 22:30 | Comment(0) | arts

2013年10月28日

実りの季節

蒲萄〜20131028

名物は焼き物のみならず。
posted by 紫乃薇春 at 22:15 | Comment(0) | その他

2013年10月27日

夜景〜10/27

夜景〜20131027

「のれん市」見物後、世界“新”三大夜景の片鱗を覗く。
posted by 紫乃薇春 at 22:01 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2013年10月26日

ななつ星 at 諌早

2013年10月26日(土)長崎県・諌早駅にて
観光寝台列車「ななつ星 in 九州」見物の折に。


posted by 紫乃薇春 at 21:48 | Comment(0) | 動画

ななつ星

ななつ星〜20131026

先の10月15日に正式運行を開始したJR九州の『ななつ星 in 九州』が本日(10月26日)、遂にここ長崎県にもお目見えした。これは日数をかけて九州各地を巡る観光寝台列車で、我が国では初のクルーズトレインとのことである。
クルーズトレインという表現に覚えがなければ、世界を周遊する豪華客船を列車に置き換え、世界を九州に限定して貰えば想像がし易いかも知れない。つまり輸送が目的なのではなく、(宿泊込みでの)遊覧が目的の列車である。移動するホテル、と云えば良いだろうか。
勿論鉄道なので移動出来るのは線路の上に限られており、大きさも通常の鉄道の規格から大きく逸脱することが出来ず、豪華客船の様にあたかも動く街の如く、という訳には行かない。尤も鉄道ファンの多くはそんなことは求めてないのであって、車両として如何に美しいか、完成度が高いか、魅力的であるかが的となる。
旧来鉄道車両には「イ」「ロ」「ハ」の三等級があるそうで、一般に乗る機会の多い普通車は「ハ」、グリーン車を含む現在の殆どの一等客車が「ロ」となる。「イ」はそれより更に上級ということになるが、実際は1950年に製造された「マイネ41形」という一等寝台車以降、この等級の車両が新たに製造されることはなかった(1960年にそれまでの三等制から「ロ」「ハ」のみの二等制に移行した為、「イ」は事実上廃止された)。豪華客車として知られる『トワイライトエクスプレス』や『カシオペア』のスイートでさえ「ロ」扱いなのだが今回、この『ななつ星』に新造車両としては63年振りの「イ(マイネ77 及び マイネフ77)」が与えられ、鉄道ファン達の度肝を抜いたらしい。だが運行内容等に改善の余地は指摘されても車両自体の評判は上々らしく、ファンや関係者の間からも異論はほぼないという。実際既に乗車した人の感想として「車内で過ごせる時間をもっと長くして欲しい」という声からも、居心地の良さがわかろうというものだ。
2013年10月から2014年3月までの運転区間は2種類で、10月15日から開始された3泊4日コース及び10月26日から開始された1泊2日コースとなっている。内訳は

3泊4日コース
・1日目:博多駅→(久留米経由)→由布院駅→(大分経由、車内泊)
・2日目:(車内泊)→宮崎駅→隼人駅(隼人駅からバスで旅館へ)
・3日目:(旅館泊→隼人駅までバスで移動)隼人駅→鹿児島中央駅→(人吉・熊本経由、車内泊)
・4日目:(車内泊)→阿蘇駅→(そのまま列車で大分経由、またはバスで阿蘇から豊後森へ)→豊後森駅→博多駅

1泊2日コース
・1日目:博多駅→長崎駅→(車内泊)
・2日目:(車内泊)→阿蘇駅→(そのまま列車で大分経由、またはバスで阿蘇から由布院へ)→由布院駅→博多駅

いずれも博多発着で、上記2コースをそれぞれ週1回運転する。コースを通じてのパッケージツアーとして販売される為、原則途中下車や乗車は出来ない。
因みに料金は1泊2日コースで1人辺り15万円から40万円、3泊4日コースでは実に38万円から95万円と高額になるが、第1期(2013年10〜12月出発分)の応募は定員の7倍以上に達し、現在スケジュールが決まっている第3期(2014年4〜6月出発分)までの予約は全て埋まっているらしい。休暇の折に利用するなど悠長なことでは通らず、まず応募して当選してから予定を立てる必要がありそうだ。

ななつ星〜20131026

この『ななつ星』が本日夕方、御披露目を兼ね諫早駅に長時間停車するというので観に行った。県北も通るらしいが早岐までで佐世保には来ず佐賀方面に向かってしまうらしいのと、基本停車予定がないこと、また夜間の通過となる為瞬く間に通り過ぎてしまう。じっくり見物するには停車予定の長崎か諫早が良かろうということになった。
乗客の大半は長崎で降車して市内見物中だったらしく、殆ど人の乗っていない車両が到着した時は少々唖然としたが、外装・内装共に美しい車体には流石に魅せられた。幾分赤みがかった濃茶色に見える塗装はマホガニーという言葉が一瞬浮かんだが、JR九州によると「古代漆」をイメージしたとのことである。
ななつ星、という名の由来は九州本土の7つの県(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島)、九州の主な7つの観光素材(自然、食、温泉、歴史文化、パワースポット、人情、列車)、そして7両編成の客車を表現しているとのこと。客車は全てスイート以上(スイート12室、DXスイート2室)で、定員は28名。「大人の空間」という位置付けの為、乗車出来るのは中学生以上。共用スペースの服装規定は「スマートカジュアル」と定められ、ジーンズやサンダル履き等の砕けた格好は禁止されている。
いつかは乗ってみたいが競争率以上に高嶺の花。この先も『ななつ星』の存続を祈りつつ、当分は野次馬の身で見物になりそうだ。

ななつ星〜20131026
posted by 紫乃薇春 at 21:47 | Comment(0) | 日記

2013年10月25日

夕景〜10/25

夕景〜20131025

嵐の気配を残した空も、秋色に暮れてゆく。
posted by 紫乃薇春 at 20:36 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2013年10月24日

夕餉

先日久留米で食した「だご汁」が忘れられず、家人に気持再現して貰った。

だご汁〜20131024

そっくりそのままではないが、此方の方がより美味しい。誠に有難いことである。
因みに私にとっては、これはやはり「すいとん」と呼ぶのが相応しい。
posted by 紫乃薇春 at 20:52 | Comment(0) | グルメ(仮)

2013年10月23日

夜雨

夜雨〜20131023

再度近づく嵐の気配が
一層色濃くなった様だ。
posted by 紫乃薇春 at 23:10 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2013年10月22日

夜景〜10/22

夜景〜20131022

狭間に揺らめく、ざわめきの足音。
posted by 紫乃薇春 at 23:10 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2013年10月21日

草野にて

専念寺境内のネコ。

猫〜20131020-1021
posted by 紫乃薇春 at 21:36 | Comment(0) | 写真館

2013年10月20日

久留米にて

今年の九州「道の駅スタンプラリー」もそろそろ終盤。これまでに長崎の道の駅9ヶ所の内6ヶ所、隣県佐賀は8ヶ所全てを巡り、あと1つ巡ればスタンプシートの3枚目が埋まる処まで来た。
長崎の残り3ヶ所の内、遣唐使ふるさと館は離島(五島・福江島)にあり、通うのがやや困難である。みずなし本陣ふかえは県内の道の駅としては規模が大きく内容も充実しているが、南島原市にありこちらも結構遠い。長崎は県全体の面積は決して広い方ではないが南北に長く、縦には結構な時間時間を要する。県北住いとしては生月大橋(生月島)が最も通い易いが、平戸島北部から生月島に至る景勝を差引いても施設がいささか物足りない。ラリー中盤であればそれも悪くはないが、あと1つ、となると少し欲張りたくなる。いや一両日中に終了するならそうも云ってられないのだが、まだあと10日余りを残した週末ならちょっと遠くへ行ってみたい。泊まりがけで島原にとも思ったが、先日から気になりだした久留米まで、こうした弾みでもないと仲々足を伸ばせない。自身としては初めての、福岡県の道の駅に強い興味が湧いた。

昨晩の内に家を出て、手前の鳥栖市郊外で一泊した後久留米に入った。
思いの外大きな久留米の街中。九州一の幹線国道3号と交差し東西に市街地を走る国道210号を東に進んで、幾らか閑静になる辺り。近くに日田や由布院、大分へと向かう久大本線の線路が走り、彼方に耳納の山並を望む善導寺地区に「ほとめきの里 道の駅くるめ」がある。ほとめきとは筑後地方の言葉で「おもてなし」という意味だそうだ。何やら昨今流行りの言葉の様だが、本来は当り前でありながら且つ素晴らしい意味を持つ言葉である。
久留米にて〜20131020
週末だからなのか大した盛況振りで、100台余りが収容出来る広い駐車場がほぼ満車。幸い私達が着いた時には入れ替りが多くあってすぐに空きがあり来速やかに入れたが、車を降りて建屋へ向かう際見ると既に空車待ちの列が出来ていた。
ひとまず持参したシートにスタンプを押して当初の目的を果たしてから、構内をあれこれ見て回った。施設もかなり充実していて、地元の野菜や名産・特産品をふんだんに扱う物産館「ファーマーズマーケット ほとめきの里」、その隣の「交流研修室」では恐らく地元の工芸家達の創作及び販売が行われていた。その他食事処として「ほとめき庵」やドリンク・ソフトクリーム等のテイクアウトコーナー、そして休憩所と地域等情報提供の場を兼ねた情報休憩室などがあり、建屋の前には物販のテントも幾つかあった。連れも私も空腹気味だったので、「ほとめき庵」で早めの昼食を摂ることにした。元気野菜食事処、と銘打った看板にも惹かれた。
店内はカフェテリア方式で様々な惣菜が並べられてあり、レジの際に御飯と汁物の種類や量、有無を口頭で選べる様になっている。温野菜が三種盛付けられた小鉢を取り、だご汁と季節の御飯を頼んで会計を済ませた。御飯も惣菜もそれなりに頂けたが、だご汁が殊の外美味であった。だごとは団子のことで、水練りして平たく固めた小麦粉の団子が沢山入っている。熊本をはじめ九州中北部各地の郷土料理だそうだが、大分では「だんご汁」と呼ばれて殊に有名らしい。先月熊本に行った折に市内の食堂で初めて食したが、久留米で今日頂いたものがより好みに感じられた。
この「だご」、主に終戦記念の日実家で食べていた「すいとん」に入った小麦粉の練物とそっくりなのだが、同じものと捉えて良いのか、土地でははっきり区別があるのだろうか。実家とは味付け、具の違いなどあるが、両親ならこれを食べたら「すいとん」だと云うだろう。
具沢山のだご汁に御飯と惣菜で、すっかり満腹になっても二人併せて千円以内。実に安価である。

道の駅を一旦出て、久留米市東部の草野という地区を訪ねた。詳しいことは全く知らないが、旧豊後街道(日田往還)山辺道の宿場町だった処らしい。久留米に行くことを決めてから付近について調べている内、良さそうな寺社のある街並として出てきた。筑紫平野の南端、耳納山麓に位置する辺りである。
道の駅から南へ抜けて久大本線の線路を跨ぎ、福岡県道151号線を東へ向かう草野の道沿いには「まちかど博物館」と記された幟があちこち立っている。特定の施設を指しているのではなく(山辺道文化館の様な施設もありはするが)街並全体が大きな博物館であるのだろう。例えば近くの筑後吉井の様な「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている訳ではないが、住む人々の自然な意志で姿を保っているに違いない。
久留米にて〜20131020
その一角に専念寺という寺がある。境内はさして広くは見えないが、朱塗りの本堂が美しい。1204年持願上人によって建立された浄土宗の寺院だそうである。県道を挟んで向いには須佐能袁(すさのお)神社という社があり、こちらは1197年草野太郎永平が創建したと伝わる。名の通り素戔嗚尊を祀る社である。
この辺り九州日光とも呼ばれているそうで、見そびれてしまったが専念寺本堂の内側は稀な極彩色に彩られているらしい。また須佐能袁神社の門や本殿等には孔雀や象、虎、猿に花咲かじいさん等様々、巧みな彫刻が施されており、日光の東照宮になぞらえる人もいる様だ。日頃訪れる人も少なく、本場の日光の様な華やかさはないが、周囲の街並に溶込み歴史を刻む景観を形作る。
久留米にて〜20131020
県道から南側は緩やかな丘陵の麓になっていて、家屋を包む様に緑地が広がっている。いちごや梨、桃、葡萄など久留米で採れる果物は多いが、この辺り一帯は柿が目立つ。耳納山麓の赤土と斜面で「抜群に甘い実が育つ」とのこと。知らずに行ったもので何も土産がなかったが、予め聞いていたら柿を買って帰ったことと思う。

久留米つばき園の駐車場に車を停め、草野並とも呼ばれる県道151号線沿いに久大本線の筑後草野駅まで散策の足を伸ばして引返した。どうやら同路線の久留米市内、或いは福岡県内の駅の中でも、この駅とその周辺の街並が尤も鄙びた風景を残している様だ。但し並行する国道210号線の裏道として地域の人には重用らしく、処々狭い路地ながら県道の交通量は意外に多い。車同士の離合ばかりか歩行者が避けるのもギリギリの場所もあるので、充分気をつけて歩かねばならない。
帰りがけ、再び道の駅くるめに寄り、焼き栗を買った。この秋はまだ味覚らしい味覚を余り味わっていなかったが、それが呼び水の様に帰宅してから栗御飯を炊くなど遅れ馳せ気味に季節を堪能し始めている。
今回は当初の目的地・久留米までで戻ってきたが、久留米からなら少し足を伸ばせば朝倉や浮羽辺りの道の駅、また先に記した筑後吉井の建造物保存地区など見所がいっぱいある。更に足を伸ばして県境を越えれば、大分の小京都と呼ばれる日田も近い。いずれ改めて訪ねる折には、是非とも県境まで行ってみたいものである。
posted by 紫乃薇春 at 22:13 | Comment(0) | 日記

2013年10月19日

夕辺の空

空〜20131019

この数日、大概こんな塩梅の空である。
この後、仕度して遠方へ。
posted by 紫乃薇春 at 22:15 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2013年10月18日

夜景〜10/18

夜景〜20131018

殊の外甚大な被害をもたらした台風26号の余韻残る中、早くも新たな台風が生まれ北上しつつあるらしい。
今夜も暗雲が滴り、街の色を滲ませている。
posted by 紫乃薇春 at 22:05 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2013年10月17日

十三夜

人恋しと鳴けば、と歌に詠まれる神無月の十三夜。しかしながら今夜は雲が蔓延って、星見も月見もままならない。
何処となくセンチメンタル、な気分。

十三夜〜20131017
posted by 紫乃薇春 at 22:27 | Comment(0) | 星見日記

2013年10月16日

ソライロの日 2013年10月

2013年10月16日(水)のソライロ。

ソライロの日〜20131016

雲の動きが早く時折日の翳ることもあるが、概ね晴天でくっきりとした影が差す。
陽光の当たる処に佇むとじんわり汗ばんでくるけれども、台風の影響でいささか風が強い所為か日陰に入ると途端に肌寒い。
季節の移ろいを頓に感じる神無月半ばである。

ソライロの日〜20131016
posted by 紫乃薇春 at 20:54 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2013年10月15日

夜景〜10/15

夜景〜20131015

好天は連休と共に終りを告げて、再び暗雲垂込める10月半ば。
巨大な台風が近づいているらしい。中心は東へ向かうも、九州にまで強風域の手が伸びている様だ。
posted by 紫乃薇春 at 21:21 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2013年10月14日

夜のハウステンボスにて

「道の駅スタンプラリー」今期の仕上げをする為今日も遠出しようかと思っていたが昨日の反動でまったり寝過ごし、夕暮れ時になってしまった。
その為、身近なハウステンボスに行って連休最終日を過ごすことにした。

ハウステンボス〜20131014

そこはかとなくハロウィンの気配漂う園の中、スリラーシティに足を踏入れた途端何やら妖しき集会が。
いや、何のことはないダンスタイムだった様だ。

その後、閉園までの僅かな時間にアトラクション「ゴーストウェディング」及び「キャッスル・オブ・ザ・デッド」に入館。「ゴーストウェディング」は過去数回入ったことがあるが、その続編とも云われる「キャッスル〜」は今回が初めて。ハウステンボスのホラー系アトラクションで最恐と呼ばれる内容に期待してみた。
感想。詳しい内容は敢えて省くことにして、テイストとしては決して嫌いでも苦手でもない。それなりに楽しめたが、着用したヘッドフォンからの音声が全体にいささかでか過ぎ「怖い」というよりは少々「うるさい」印象だったのが残念。細部を含め悪い出来ではないので、適切な音量を考慮してみて欲しい処。肝心の強音はいざという瞬間まで堪えておいた方がより恐怖性が増すと思う。
posted by 紫乃薇春 at 22:01 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2013年10月13日

道の駅巡り 鷹島〜唐津

7月20日(土)に始まった九州・沖縄の道の駅スタンプラリー2013も、いよいよ今月末まで。昨年は出遅れチャレンジシート1枚分をどうにか達成した処で時間切れとなったが、今年は少し早めに参加を始めたおかげで既に2枚を埋めることが出来た。先月下旬佐賀県太良の道の駅で3枚目に差掛かり、今月初めに吉野ヶ里を訪ねて2個目のスタンプを押したが、その後は都合がつかず十日程間が空いてしまった。
10月も中旬。まだ日は残っていると思っていても、迂闊にしていれば忽ち期限が来てしまう。幸いこの連休、三日間とも天気が良いらしい。昨日は多忙でままにならなかったが、今日は昼過ぎに外出出来たので、ひとまず北松の鷹島へと向かった。
道の駅巡り〜20131013
鷹島は北松浦郡鷹島町、現在は合併して松浦市に属する島である。嘗ては純然たる離島であったが、4年程前に唐津市の肥前町との間に鷹島肥前大橋が開通し、道の上では陸続きとなった。但し長崎県側からは未だに船便しか渡るしゅだを手段がなく、県内でありながら遠い土地である。
取敢えずは佐賀県の伊万里へ出て、市街地から標識を頼りに国道204号線を行くのが最短である。しかしこの道が途中かなり険しく、しかも結構長い。例えば長崎県北・佐世保の中心部からは60km近く、伊万里からでも25kmくらいある。市街地を外れ郊外に出ると道幅が狭くなり、センターラインのない区間が頻出する。尤も普通車同士なら辛うじてすれ違えるだけの幅は確保されているのが救いだが、急カーブの連続に上り下りの激しい箇所もあり、漸く大橋の見える場所まで辿り着く頃には楽しさより消耗が勝った。
道の駅巡り〜20131013
鷹島肥前大橋は全長1,251m、斜張橋と呼ばれる広義の吊り橋の一つである。橋の手前に展望所があり島と大橋が素晴らしく望めるのが車窓からも見えたが、疲労感と目的を果たすのが先、という気持で島へ急いだ。
道の駅巡り〜20131013
道の駅「鷹ら島」に到着し、チャレンジシートにスタンプを押してから建物の裏手に回った。大橋の袂に構える道の駅からは対岸がよく望め、橋も対岸の展望所からの姿には譲るが仲々美しい。バイクでのツーリングにも人気が高い場所らしく、道の駅にも後から後から様々なグループのライダー達が訪れる。

道の駅巡り〜20131013
鷹島の名物の一つに「フグ」があるらしい。
こんなフグのオブジェが沢山並んでいた。

この島は古の元寇の舞台となった島でもある。鷹ら島にもそれに因んだ土産物や展示があったり、島の奥まで行けばモンゴル村という施設もあったりで興味深いのだが、今日はまだこの先巡りたい処があったので深くは入らず、道の駅での用だけで鷹島を後にした。
道の駅巡り〜20131013
大橋を戻り、往路で気になった展望所に立寄った。橋の姿はやはり肥前町側からの方がより見映えがするが、昼下がりという時間帯の所為か全くの逆光になり、余りの眩しさに眼を灼いてしまった。

伊万里から来た国道204号線を更に先、呼子方面へと進んだ。相変らずアップダウンは著しいが、鷹島入口までに比べれば随分穏やかである。此方が道に慣れたということもあるかも知れない。
鷹ら島から10km余り、20分程走った処で思わぬ看板を見た。九州電力・玄海原子力発電所への距離表示。佐賀県北部、余り意識していなかったがここは玄界灘沿いの道である。しかし何となく、福岡に近い側を想像していたのだが、寧ろ長崎に近い伊万里寄りにあるとは知らなかった。
やがて前方に一風変ったドーム型の建物が見え、距離表示も間近。九州に住んで4年余り経つが、原発の施設を実際に見るのは今日が初めてだった。怖いもの見たさの感覚で寄れるだけ寄ってみたい気もしたが、敷地の手前で呼子方面は右折の表示。残念ながら原発とはここまでである。
原発前から更に5km程進みトンネルを一つ二つ潜ると、右手に何本もの幟がはためいている。呼子の手前、鎮西町の名護屋辺り。今日2番目の目的地、道の駅「桃山天下市」に無事辿り着いた。

道の駅巡り〜20131013

道の駅巡り〜20131013

連休だからか盛況の人波を掻分けて、そそくさとチャレンジシートに今日二つ目のスタンプを押した。売店は充実している様子だったが、吟味はせずに敷地の外へ。道の駅と斜向かいの小高い場所に名護屋城跡があるので、散策してみたいと思っていた。
名護屋城と名古屋城は似ているが、由来である地名の読みが同じなだけで直接の縁はない様だ。名護屋城は豊臣秀吉が朝鮮出兵を目論んだ際鎮西に築いた城、名古屋城は徳川家康が九男の為に築き、その後長く尾張徳川家の居城とされた城であり、城自体も直接の繋がりはないらしい。ただ豊臣秀吉の出生地が現在の名古屋市中村区に当たり、謂ば地元の「なごや」に奇遇を覚えて同地への築城を決めたとする話があるらしく、秀吉を軸にいささか強引な繋がりを求めることは出来なくもない。
道の駅巡り〜20131013
立派な敷地を持つ巨大な城であったことが窺える城跡だが、往事を偲ばせる建物は何ひとつ残っていない。秀吉の死後、成果の上がらぬ朝鮮への出兵は中止となり、用を成さなくなった同城は人為的に取壊されたと伝わる。現代に至るまで建物の復元は行われておらず、残る土塁や本丸等の土台が壮大な「夢の跡」を物語る。
道の駅巡り〜20131013
因みに建物は完全に廃棄された訳ではなく、朝鮮出兵後に同地を治めた寺沢広高が新たな城(唐津城)を築く際、移築して利用したという。
立派な外観の佐賀県立名護屋城博物館が隣接し、覗いてみたいと思うも時間が遅く、既に閉館。いずれまた訪れる機会があると思うので、その時の楽しみにしたい。

名護屋城跡より
彼方に玄海原発を望む
道の駅巡り〜20131013

スタンプ五つで一枚分の道の駅スタンプラリー、三枚目もあと一マスで埋まる。
残り一カ所、候補は長崎県内の生月島か島原か。県北に住む者として行き易いのは生月だが、施設は島原の「みずなし本陣ふかえ」がより充実しており悩む処である。
だが最近、福岡の道の駅「くるめ」とその周辺に興味が湧き、そちらに行ってみようかとも思い始めたが、こちらは尚遠い。いずれにしても今月中に巡らねばならず、カレンダーとにらめっこである。
posted by 紫乃薇春 at 23:06 | Comment(0) | 日記

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