2013年06月07日

蛍狩り

昨晩のことである。
日中幾らか蔓延っていた雲も夕方には殆ど散って、強風という程ではないが解いた髪をなびかせるだけの風が街中を吹き抜けていた。汗だくになるくらいの気温も夕方になると心持ち下がり始めた様だった。
諸事を済ませ、柚木の里に着いたのは午後の7時過ぎ。19時といえば夜の響きだが、夏至間近な西涯の街は日没もまだである。尤も柚木の里美(さとよし)地区辺りは四方を山に囲まれて陽の沈むのが早く、木立や濃い草むらなどには既に深い暗がりが疼き始めていた。
入梅の日に柚木を訪ねた時はまだ時期が早く、羽化した蛍が出始めてはいたがその数は心許なかった。それから十日程経って、蛍の情報を伝えるサイトによれば九州はほぼ全域見頃を迎えたとのこと。南部の沿岸付近では既に盛りを過ぎた地域もあるらしい。年間で見れば決して長いとは云えない蛍の見頃は、北部のこちらでもうかうかしていたら瞬く間に過ぎてしまうだろう。
曇りがちで月明かりなどに邪魔されず、ほぼ無風の蒸し暑い晩に蛍は最も活発になるそうだが、そう都合の良い夜は仲々訪れない。当初は曇りと予報の出ていた昨日も結局晴れてしまい、今ひとつの条件ではあった。ただ数日前から行く気満々で、少なくとも前回よりは多くの蛍が出ているだろうという想いが柚木に向かう背中を押した。

蛍狩り〜20130606-0607

里美にあるひさご山荘の駐車場に着いて一旦車を降りると、街中とは違う冷涼な空気が緩やかに頬を撫でた。空はすっかり晴れていたが、風は殆ど凪いでいた。
ひさご山荘の前から移動して相浦川の岸へと降りる小径近くの駐車場に停め直し、まだ明るさの残る内に河原へと降りた。
車の台数はまださほどでない様に見えたが、河原には何組か先客がいた。子供連れや家族連れの姿も多く、先日とはうって変った賑やかさ。私達の到着した後からも見物客がどんどん訪れる。小城の祇園川などに比べたら遥かに地味な観賞地だが、狭い範囲に沢山の蛍が群棲し、密度ではあながち引けを取らない。誰かが「光ったよ」と歓声を上げたのを皮切りに、闇が茂みから這出す毎にあちらこちらで一つ、また一つと瞬く灯りが数を増やした。

蛍狩り〜20130606-0607

ふと気づけば薄明はすっかり鳴りを潜めて、夜の色が藪から空に立込めていた。星の瞬きが蛍火と混ざり合い、見る眼には楽しいが蛍達にとっては邪魔なのだろうか。大気も肌寒く、ただ月明かりのないのが救いだったか。尤も繁殖期も最盛を迎えた蛍達にとっては最早晴れだの曇りだの、暑いも寒いも問題ではなかったかも知れない。大雨でも降れば多少萎えるのかも知れないが、彼等の羽化し飛び回るのは主に5月下旬から6月半ば頃まで。梅雨入りの前後である。充分な湿度に恵まれながら、入梅しても暫くは殆どまとまった雨が降らないことを代々知っているのだろう。
明滅に見とれながら佇んでいると、近くの少年が何匹も蛍を捕まえているのが見えた。大分前から生息数の減少が伝えられる蛍は、多くの観賞地で捕獲の自粛を促す旨が自治体或いは保護団体から出ている筈で、柚木も例外ではない。「ダメだよ」と嗜めの言葉が出そうになったが、幼少の頃私も親の田舎の蛍狩りで蛍を連れて帰ったことを思い出した。中越の水郷地帯で、あれは確か平家蛍(ヘイケボタル)だった。柚木にいるのはそれよりも数倍明るい源氏蛍(ゲンジボタル)で、幼い頃から見ることに憧れていた。4年程前の秋口九州に移り住み、翌年のシーズンに漸く初めてその光を目の当たりにして感激した。私自身が蛍を捕まえたい衝動を堪えるのに必死で見てみぬ振りをしていたら、何処かの老人が「蛍を捕まえないで下さい」と云いながら少年に歩み寄ってきた。付近の保護団体の人だろうかと思いながら見守っていたら、どうやら少年の祖父御だったらしく談笑しながら共に去っていった。

蛍狩り〜20130606-0607

時々場所を変えながら夜の9時過ぎまで相浦川の岸辺で過ごした。21時を迎える前から蛍達の動きが鈍り、明滅も大人しくなりつつあった。辺りの人影も少し減り始めた夜だ。
まだ新たな見物客もちらほら訪れる中、我々は柚木を辞した。昨年その前年と最盛期には上の車道にも多数の蛍が紛れ出たものだが、今年は見当たらない。その分数が減ったのか、それともまだ明るい内から河原に降り活発な時間を全て岸辺で過ごした所為だろうか。
戻り道、車のスピーカーから井上陽水の「水無月の夜」が流れ始め聴き入った。蛍狩りの歌だ。正確には蛍狩りから戻っての歌だが、籠から蛍を放ち灯りを消して見入る描写などまだ蛍が豊富にいて、捕らえてもうるさく咎められないのどかな時代だったのだろう。


posted by 紫乃薇春 at 19:12 | Comment(0) | 日記

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