2011年12月31日

大晦日

文字通りの意味で激震に見舞われたこの年も漸く大晦日を迎え、あと数時間で終る。いつもの年末とは気分も違うが、ここまで辿り着けたことを誰にともなく感謝している。「明けない夜はない」とよく云うが、今は「(生きている限り)明けない年はない」という言葉を噛締めている。

年越しは京都で過ごすのがこの数年慣わしの様になっていたが、今年は早い段階で方針を変えた。尤も昨晩未明になって「今頃はメトロで紅白をやってるね」などと思い出し「年は越さないでも、紅白だけは観に行けば良かったね」と未練を覚えつつ、引かれる筈の伸び始めた後髪は昨日の内にバッサリと切ってしまったのだった。
京都駅の蕎麦屋「葵」で昨年一昨年と壬生菜の蕎麦を年越し蕎麦として頂いたが、今年はそれも味わえない。生憎長崎県下には良い蕎麦屋が少なく、麺処は饂飩かチャンポンが主である。結局自宅で済ませることにして、更科の乾麺を買って茹でた。壬生菜の代りに水菜を和えようかと思ったが買い忘れ、しかしカツオ菜があったのでそれと舞茸を乗せてみた。雑煮等によく使われる正月野菜の代表だが、御当地野菜として京の壬生菜に匹敵するだろう。見た目は今一つ締まらないが、味わいはやはり仲々深い。
大晦日〜20111231参
蕎麦を平らげた後、今年はハウステンボスのカウントダウンに参加しながら年を越す予定で現地へ向かった。先日の24日、クリスマス・イブをやはりハウステンボスで過ごそうと目論んだが、往く道の余りの渋滞に挫折して引返した前例が頭をよぎり、今夜もそうかと心配していた。しかし道路は思いの外空いていて、ハウステンボス間近はやはり列が出来ていたがさして詰まることもなく入場出来た。とはいえ駐車場は分刻みで埋まりつつあり、これからカウント0に向けて場内はごった返すのだろう。
18時から花火が上がるというのでそれまでに間に合う様にと早めに家を出、17時30分頃には無事到着した。入場門から先が遠いが、何とか始まりまでに良い場所まで辿り着けた。花火は5分程度で終るのかと思っていたらおよそ20分。夏の各地の大会と比べれば短いが、それでも充分観たという気分になった。

この後、新年を迎えると同時に0時からもう一度花火が上がるらしい。それを観て、小一時間場内で過ごしてから佐世保の亀山八幡宮に移動し、初詣の予定。初日の出まで粘るか、すぐ帰るかは体調次第。だが、心配なのは空模様。丁度年越しの頃、天気予報では雨の印がついていたので0時からの花火にも差障らないか不安である。
大晦日〜20111231壱
ともあれこれが恐らく年内最後の日記。今年お世話になった方々に深く感謝を捧げると共に、来る年は良い時を歩めることを心から祈りつつ。
大晦日〜20111231弐
posted by 紫乃薇春 at 19:52 | Comment(0) | 日記

2011年12月30日

夜景〜12/30

夜景〜20111230

明日はHTBカウントダウンに参加で戻らない予定の為、年内最後の買出しで街へ出た。
用を済ませてふと公園に立寄ると、きらきらフェスティバルのイルミネーションがまだ灯されていた。25日までと聞いたが結局、年越しまで延長されたのだろうか。
posted by 紫乃薇春 at 21:51 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月29日

夜景〜12/29

夜景〜20111229

仕事納めを迎えても暇になる訳でなく、街は一層てんてこ舞い。
posted by 紫乃薇春 at 22:15 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月28日

夜景〜12/28

夜景〜20111228壱

各地で仕事納めを迎えた今日。
ふと気づけば今年はまだ年賀状を仕上げていなかった。いや、デザインは何となく拵えたが、葉書をまだ買っていない。
今から夜間窓口で買い、夜通し刷ったとしても元日配達に間に合わせるのは厳しいだろう。

夜景〜20111228弐
三日月が出ていた。
posted by 紫乃薇春 at 21:44 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月27日

星見日記〜12/27

年末の大きな催しも終り、年越しまで片手で足りる程に迫った。
ウェザーニューズから昨日お知らせが届き、今朝早く宇宙花火なる現象が観られるかも知れないとのこと。宇宙花火とは「宇宙航空研究開発機構(JAXA)などのチームが行った実験で、宇宙と大気の境界域(電離圏)での大気の動きを探るための実験で放出されたリチウムが太陽光を受け赤く光りながら球状に広がるために付けられた通称」(Wikipedia)だそうで、2007年の9月に第1回が行われ、今回が2度目の実験となる。
リチウムガス放出の為のロケットは鹿児島の肝属郡にあるJAXAから打上げられ、その為見える範囲はほぼ西日本に限られ、九州からは南東もしくは南の空に、四国及び中国地方では南空、近畿地方では南西の空に見えるらしい。但し上空100kmから300kmくらいの範囲での放出というが、実視高度はかなり低めと思われる為、西日本であっても太平洋側でないと必ずしも好適とは云えない。長崎県北は九州の中では現地から最も遠く、人工的ではあっても稀な現象なので楽しみではあるが、果たしてきちんと観られるものか甚だ疑問ではあった。
或る程度事前に知っていれば然るべき場所への移動も考えたが、数時間前に唐突に得た情報では動き難い。付近の山上―佐世保の弓張岳か県境の国見峠辺りまで行くことも思いはしたが面倒になり、自宅のマンションの階段から眺めるだけにした。

ロケットは午前5時47分打上予定、リチウムガスの放出はその約6分後とのこと。5時過ぎには防寒対策等身仕度を施して外に出てみた。クリスマスの両日には小雪が舞うなどこの数日はとにかく冷込みが厳しい。気づいたら足の親指の先に軽い霜焼けが出来ていて、幼少の頃は酷い霜焼け症だったことを思い出しながら、いつの間にか殆ど患うこともなくなっていたので久し振りに味わう不快感。だがそれで済めば良いので、年の瀬に大風邪でも引いたら厄介なことになる。
日付の変る頃と未明の3時くらいにベランダに出た時は空がかなり靄に覆われ、辛うじて1等星がぼんやり見える程度だった。そのままの空が続けば仮に観られる高さで放出があってもガスの淡い光は望めないだろうと思った。幸い空は澄み始め、星座の形を追える程には見える様になった。まだ12月だが、明け方間近ともなれば春の星星が顔を出す。いち早く上る獅子座は既に南中し、宇宙花火が見えるかも知れない南東の方角には土星と乙女座のスピカが双子の様に並んでいた。その東には牛飼座が横たわり、その下には小さいが際立つ弧を描く冠座の姿も見えた。牛飼座の1等星・アークトゥルスは春先の日没後にいち早く輝く為「麦刈り星」の異名を持つとも云われるが、個人的には嘗て鎌倉に棲んでいた頃初詣の寺社巡りで荏柄天神〜鎌倉宮と歩いて瑞泉寺まで行き、お参りして下山する時に向かいに見えるV字の稜線の一番谷底に顔を出す。それが丁度先行する獅子座と北斗七星を二頭の馬に見立て、手綱を握る要の様に見える。年明けの未明に春の上昇気流を想わせて、殊に印象深く見つめながら歩いた記憶がある。
しかし、自宅から南東方面を改めて望むと、遠くの丘が思いの外邪魔になる。おまけに何らかの施設の照明が眩しく、著しく視界を遮った。これでは余程高く打上げてくれなければ見えないだろうし、高く上がっても光が淡ければやはり掻消されてしまいそうだ。残念に思ったが、今更移動しても後の祭に違いない。

打上予定の5時47分を過ぎ、更にその6分後の53分を過ぎたが、宇宙花火と思しき光源は全く観られなかった。50分頃に一瞬、丘の縁が明るくなった様な気がしたが、もしそれが宇宙花火によるものだとすれば光源そのものは稜線の陰に隠れて結局見えないということだ。
もう暫く、6時過ぎるくらいまでは粘ろうと佇んでいたが、相方がTwitter等調べつつ、あれ?、と声を上げたのでどうした?と訊くと、「宇宙花火今朝は中止だって」と落胆した様に答えた。何?、と訊き返しながらふと視線を東に向けた。
何やら顕著な橙色の光がゆっくりと、牛飼座の下、冠座より更に地平に近いヘルクレス座の辺りを北から南へ動いてゆく。最初は低空を飛ぶ飛行機かと思い、次に誰かがこんな真冬の明け方に玩具花火でも放ったのかと疑った。だがそのいずれでもなく、それは火球だった。
火球、それは巨大な流星である。そういえば今朝はこの前にも二度程、やや明るめの流星を観ていた。双子座流星群のピークからは既に遠ざかっているが、まだ名残があるのか。それとも、来る年明けの四分儀座流星群の走りだろうか。火球といえば2001年の獅子座流星群で幾つか惚れ惚れする様な巨きさのものを見たが、今朝見えたものはその時のどれよりも大きく、正に特大の火球であった。
現地の天候が不良なのか結局中止が本決まりとなった宇宙花火などよりこの火球の方が余程衝撃的ではなかったかと思うのだが、咄嗟にそちらにレンズを向けようとしなかった自らの融通の無さを悔やんだ。

中止、というより延期となった宇宙花火、次回は年明けの1月8日以降の予定とのこと。
はっきりした日時がわかれば今度はより観易い南方まで予め出ておくことも検討したいが、人の都合で今朝の様に容易に変更あり得るものだけに余り積極的にはなれそうもない。

星見日記〜20111227壱

星見日記〜20111227弐

星見日記〜20111227参

写真1:夜景/中央やや上に土星と乙女座のスピカ
写真2:乙女座のスピカ(右)と土星(左)
写真3:牛飼座(上部)と冠座(中央やや左下部)・その付近
posted by 紫乃薇春 at 23:20 | Comment(0) | 星見日記

2011年12月26日

夕景〜12/26

夕景〜20111226

年末の大イベントも終り、晴れ晴れとした寂しさと喧騒入混じる年の瀬。
明日早朝、西日本では「宇宙花火」なる現象が観られるらしい。
posted by 紫乃薇春 at 21:53 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2011年12月25日

Merry Christmas 2011

Merry Christmas〜20111225壱
昨日今日と晴れ間の覗く空ながら、寒風凄まじく時折風花の舞う天気である。ひと月、いやふた月も前から灯り始めたイルミネーションを見る度否応無しに気分を駆立てられた今年のクリスマスだけれども、いざ当日を迎えてみると今ひとつ実感に乏しい。それでも情緒は味わいたいと、昨日は夕方からハウステンボスへ向かった。クリスマスにはチョコレートが似合うと思う。何故と訊かれても困るが、カカオの香り、味、色いずれもこの時期殊に恋しく想う。
チョコレート・ハウスの営業時間内に間に合えば久し振りのフォンデュでも頂きたい処だったが、閉まるのが早い。出るのが遅いと云われれば返す言葉もないが、夜の窓辺にもたれて街灯を見つめながらケーキだのコーヒーだの楽しむのが好きなのだ。
しかし昨日は酷い渋滞。日付を考えたら当然の気もするが、所謂クリスマス渋滞というものに違いない。普段なら車で20〜30分もあれば着く筈が、1時間以上かかっても半分も辿り着けない。チョコレート・ハウスどころかハウステンボス自体の閉園までに間に合うかどうかすら怪しくなってしまった。結局、途中で断念して引返し、佐世保の街へと行先を変えた。

佐世保のアーケードは直線距離において、国内では最長のものだと聞く。しかしひと繋がりではあるが三ヶ町、四ヶ町と大きく分けてふたつの商店街が合わさったものであるらしい。その丁度境目には随一の老舗・玉屋デパートがあり、その斜め向かいに島瀬公園という(市内では)大きめの公園がある。そこを中心に市内各所で毎年、「きらきらフェスティバル」というイルミネーションの飾りつけが催される。
Merry Christmas〜20111225弐
私自身は今年既に幾度も観に訪れているが、相方はまだきちんと観ていないと云うのでまた寄ってみた。数日前から灯りの華やかさが増した様に感じるが気のせいだろうか。クリスマスイブとあってさすがにいつもより人が多い。尤も昨年・一昨年は大晦日まで電飾を灯していた様な気がするが、今年は25日で終ってしまうらしい。併設された美術館の壁面を彩る壁画電飾が最も目立つが、ツリーや様々なオブジェ、神戸のルミナリエに似せた光のアーチもある。但しアーチは小さなもので、どうせならルミナリエか嘗て東京の大手町を彩ったミレナリオくらいの規模のものを拵えれば良いのにと思うが、それにはかなりの長さの直線が必要となるだろう。アーケードでは様にならないだろうし、他に相応しい場所もない。アーケードと並行して走る国道はある程度直線が続くが、アーチを飾るには道幅があり過ぎる。ルミナリエ同様歩行者天国とすれば市内の重要な幹線車道が塞がれ、交通にも重大な影響を及ぼしてしまう。
島瀬公園のイルミネーションをじっくりと眺めた後はアーケードの中のインド料理店に行き、トマトベースの野菜のみのカレーを頂いた。その店のメニューで最も好きなもののひとつだが、閉店間際に行ったら店員も既に帰宅気分なのか普段より出来が粗かった。青唐辛子の塊が処理の甘いままゴロンと入っていたり、指定した辛さより香辛料が効き過ぎていたりした。それでとことん不味ければむしろすっきりするが、コクだけは変らず豊かであるのが却って悔しい想いがした。
帰宅して相方が用意していてくれたチョコレート・ケーキを食べ、この日一番クリスマスらしい気分を味わった。銘菓で有名な和洋菓子の店舗のケーキで、それはそれで美味しかったがチョコレートはやはりル・ショワが一番と、改めて銀座のマカロンとショコラに想いを馳せた。
Merry Christmas〜20111225参
クリスマスの為に用意したCDが2枚。1枚はレコード会社のフォーライフ設立一周年を記念して制作された『Christmas』で、フォーライフ立上げに携わった4人のミュージシャン―小室等、吉田拓郎、泉谷しげる、井上陽水がそれぞれクリスマスに因んだ賛美歌や書下ろしたオリジナル曲を持寄り収録したオムニバス・アルバムである。「企画としては、最低」と嘗て画家を名乗る友人の一人はこき下ろしていた。確かにアルバムとしてのまとまりには欠けるが、四者四様の個性がしっかり滲み出ていて、いずれもそれなりに好む私には貴重であり楽しめる内容である。
もうひとつは黒百合姉妹の曲の中から、クリスマスに合うものを寄せ集めて私なりに並べてみたもの。J.S.バッハのカバーが4曲、ラッススのカバーが2曲、あとは冬に因むオリジナルが大半と、トラッドのカバーが少し。マッチ箱の様な集合住宅の一室が、厳かな祈りの気配で満たされた。
posted by 紫乃薇春 at 23:25 | Comment(0) | 日記

2011年12月24日

Eve

変り映えのしないいつもの街のイルミだが、ひとまず

Christmas Eve〜20111224

Merry Christmas.
posted by 紫乃薇春 at 21:35 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月23日

冬至晩御飯

冬至晩御飯〜20111222-1223

昨夜の食卓。
南瓜は煮付けて、菜の花はお浸しで美味しく頂けた。
また昨日同じ食品店で見かけ買った零余子は軽く茹でた後、胡麻油と醤油で炒めて今宵の食卓に乗った。此方も美味しく頂けた。
posted by 紫乃薇春 at 20:39 | Comment(0) | その他

2011年12月22日

冬至

冬至〜20111222壱

今年も残りはあと十日程。年を通じて一番昼の短い日が訪れた。
晩の湯と食事の為に柚子と南瓜を買って帰る道、公園に立寄るとイルミネーションが煌めきを増していた。道行く人は冬至のことより二日後のクリスマスに想いが飛んでいるらしい。

帰宅して南瓜の煮付け、それからいささか早めではあるが店頭で見かけ買ってしまった菜の花を頂いた後、黒百合姉妹の昔のアルバムを取出してかけた。
シャンシャンと慄える鐘に導かれ始まる冬の歌を聴きながら、遠い星の夜を想う。

冬至〜20111222弐
posted by 紫乃薇春 at 22:19 | Comment(0) | 日記

2011年12月21日

試作

20111214-1221star001.jpg


これもクリスマス・カードをイメージした試作品だが、余りにも中途半端である。ただ、以前のものよりまだ発展性は秘めているか。
いずれにしてももう日数が足りず、今年は誰にも送れず自己満足で終りそうだ。
posted by 紫乃薇春 at 23:13 | Comment(0) | arts

2011年12月20日

久々の

タルコフスキー体験『ストーカー』。長いと云われがちな彼の全作品の中でも三指に入る長さであり独特のテンポ感とも相俟って、観るには気力・体力いずれも相応のスタミナを要する。
「一番好きな映画監督は?」と訊かれたら即座に名の出る監督でありながらここの処余り観ていなかったのは、自身が充実出来ていないことの証でもあろうか。しかし一度観始めたら冒頭から瞬く間に吸込まれ、その湿度の中にどっぷりと浸ってしまうのであった。

同作品のロケが行われた〈ゾーン〉の現場は一説によると極めて「汚染された」場所であり、それが結果出演者であるアナトリー=ソロニーツィン、また監督タルコフスキー自身の健康を損ね寿命を縮めることになったとも云う。
東日本震災による東北・関東を中心とする環境汚染が深刻に訴えられる現在に、語りかける符号の様にも思える。
posted by 紫乃薇春 at 22:05 | Comment(0) | 映画

2011年12月19日

夕景〜12/19

夕景〜20111219

真冬日と日本晴れ。
posted by 紫乃薇春 at 21:48 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2011年12月18日

双流の夜に

2011年12月14日(水)
双子座流星群観望の晩の星空

双子座とオリオン座〜20111214-1218

牡牛座と牡羊座〜20111214-1218

ペルセウス座とカシオペア座〜20111214-1218


写真1:双子座(左やや下寄り)・オリオン座(右中央)
  及びその周辺

写真2:牡牛座(左中央)・牡羊座(中央付近)及びその周辺
  木星(中央やや右下寄り)、更に偶然航空していた
  飛行機の軌跡が写っている。

写真3:ペルセウス座(中央上部)・カシオペア座(中央下部)
  及びその周辺
posted by 紫乃薇春 at 20:49 | Comment(0) | 星見日記/写真館

2011年12月17日

夜景〜12/17

夜景〜20111217

路上に踊る精霊たち。
posted by 紫乃薇春 at 22:41 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月16日

ソライロの日

空色の日〜20111216
2011年12月16日(金)16時16分
長崎県佐世保市の空

見事な青空の広がった先月の空から一変、12月の「ソライロの日」は初雪舞う寒空となった。
雪といっても冠雪にはおぼつかず、晴れ間すら覗く下での風花である。

空色の日に初雪とは、いささか出来過ぎの感もある師走半ば。
posted by 紫乃薇春 at 21:09 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2011年12月15日

双子座流星群

昨年は天候不順でまともに観られずじまいだった双子座流星群であるが、今年は幸い晴天に恵まれた。2年前長崎の地に来て最初のシーズンは、佐世保の弓張岳に上って観た記憶がある(但し同年及び翌年のしし座流星群も同岳の山上公園に赴いて観たので、その時の記憶と混同している惧れもある)。しかし今年はつい数日前に同所にて奇怪な出来事があり、直後には行くのが憚られた。とはいえ他に適所があるかと、少々頭を悩ませた。西海の各所や佐賀へ向かう途中の山間など車窓越しにも星のよく見える箇所が結構ありはするが、流星の光というのは淡くまた一瞬である。頻繁に自動車の通る場所は適さない。柚木の里美地区をはじめ各地に点在する蛍の名所なら恐らく車の通りもまばらだが、四方を山に囲まれ視界の狭い処が多くこれも流星を観るにはいささか不都合である。
あれこれ迷う内にふと思い当たったのが国見峠。佐世保市の柚木から佐賀の北西部へと抜ける山越の道である。峠付近の国見トンネルを潜った佐賀側には公園があり、展望台があった筈。車通りは思いの外多いが、展望台に上がればさほど邪魔にもならないだろう。おまけに東の空に見通しが利くので、上り始めた双子座を視野に含めつつ観望するにも良さそうであった。

国見道路は佐世保と伊万里を結ぶ道であるが、峠の一帯は佐賀県の有田町に属する。有田というと陶器市で名高い佐世保線沿線の有田駅、上有田駅周辺の印象が個人的には強いが、その町域は案外広い。尤も平成の施策で2006年に旧有田町と合併するまでこの辺りは西有田町だった様であるが、旧西有田町の域というのも思いの外広く、松浦鉄道伊万里〜有田間の現有田町に属する区間の大半は嘗ての西有田地区に当たる。昨年の4月に付近で土砂崩れがあり暫く通行止めとされていたが、今年の7月に漸く復旧した。
峠の公園は国見湖畔公園と呼ばれ、確かに水の畔にあるがとても湖と云える代物ではなく、所謂溜池である。だが傍の杉木立などと調和しささやかながら憩いの景観を形作っている。土砂災害の発生以前に一度、復旧後は幾度かこの道を通り公園の駐車場に停めたこともあるがいつも明るい内に訪ねて下の駐車場と傍の自販機等の施設を利用するのみで、夜間訪れるのは初めてである。高台になっている箇所は広く展望公園が築かれているのかと思ったらそうではなく、大半が駐車場で取囲む様に歩道が設けられ一隅に木造の小さな展望台が建っている。但し昨晩着いた時には先客は誰もおらず、駐車場の真中に佇んでいても咎める者はいなかった。
天候には恵まれたが当夜は双子座の割と近く、蟹座の辺りに月があり、流星を観るのに必ずしも好条件とは云えなかった。殊に東の開けた場所では夜の9時過ぎには双子座を追う様に月が顔を出す。従って日没後、双子座が上り始めてからそれまでの1、2時間程が観望の好機と思われた。
その時間に間に合う様行くつもりであったが、諸用に捕らわれて結局出足が遅くなってしまい、現地に着いたのは丁度21時頃。道路脇の駐車場に停めて東の空を窺うと、既に月は上り始めていた。だがまだ低空にあり赤く薄暗い。今ならまだ流星を観るのにさほど差障りないだろうと急いで準備をし、高台に上がるその途中で「あ」と小さな呻きを漏らす間もなく、オリオン座のすぐ脇を流星が一筋駆抜けていった。

月は見る間に高度を増して月らしい輝きを放ち出していた。高台から東の方角に幾本かの木立があり、その陰に月を留めることが出来たけれども束の間。しかしその後は何処からか棚引いてきた雲が月明りを遮り、おかげで暫くは好機が続いた。さして広い雲ではないので邪魔にもならず、夜空を観るのにいつもなら好ましからざる客であるがこの時ばかりは却って歓迎した。
それから23時近くまで滞在して、観られた流星は20から30程だろうか。同行した相方とはしばしば別の方角を向きながら観ており、相方が見えたと云って私が見逃した分も多々あり合わせれば40〜50くらいは流れていたと思う。途中月が高く上ってからは遮るものもなく路面にはっきり影の差す程明るかったので、暗めの流星は恐らく見えなかったであろうことを考えると、あながちピークを外してはいなかったに違いない。月の影響が少ない間に沢山の流星を観られたことは幸運だった。滞在中には幾組か同公園に立寄る客があり、その内の幾人かは同様に流星群が目当てであると見えた。
それにしても月明りというものはその他の天体を観望、或いは観測する上で想像以上の脅威である。現地到着時にはカシオペア座からペルセウス座付近に架かる天の川が薄らと見える程星が多かったが、時間の経過と共に見る見るその数を減らしていった。僅か数日前には主役であった筈の月が、観賞の対象が変った途端邪魔者と化してしまう晩でもあった。

懲りもせずまたカメラを持出し、天体写真の撮影を試みた。資金不足、勉強不足が相俟って専門的な器具は殆ど持合わせておらず、どんなに粘り頑張ってみたところで撮れる写真はお粗末でしかないのだが、そこは下手の横好きという表現を借りてお茶を濁したい。
1枚目は当夜の主役・双子座とその周辺を収めたものである。画面右側に一見流星の様な光筋が写っているが、これは偶々その方向を飛んでいた飛行機が紛れ込んでしまったものである。よく見れば一定感覚で赤いシグナルが写っているのがわかるだろう。
昨晩は航空機の数がやけに多く同様に飛行機を写し込んでしまった写真が他にも数枚あるが、しかし実は初めて、本当に流星を捉えることにも成功した。とはいえ写った光は本当に淡く、画像の明度をかなり上げないと判別出来ない程度のものであった。2枚目の写真がそれであり、画面中央よりやや右寄りに垂直から僅かに上部を右に傾けた格好で写っている。パソコンで見ればわかるが、携帯のディスプレイで閲覧の場合は見出せない程か細い。尚、画面左側にはペガススの四辺形が写っている。これでもなるべく見え易い様にと弄った挙句、かなり画質が粗くなってしまった。
天体イベントを求めて赴いた晩のことであるので星の写真ばかりを載せるつもりでいたが、月が高く上った所為で星が捉え難くなった反面周囲の様子が夜間と思えず見易くなった。おかげで湖畔公園の由来でもある溜池の水面が木立の陰から浮かび上がり、思わず写した写真が思いの外よく撮れた。最早何を目的で訪れたのか不明になりつつあるが、3枚目にはそれを載せてみた。

双子座流星群〜20111214-1215壱

双子座流星群〜20111214-1215弐

双子座流星群〜20111214-1215参
posted by 紫乃薇春 at 21:48 | Comment(0) | 星見日記

2011年12月14日

夜景〜12/14

夜景〜20111214

「双子座流星群」を観て、帰り道。
月明りは予想以上に脅威だった。
posted by 紫乃薇春 at 22:55 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2011年12月13日

居待

居待〜20111213

月蝕の晩から早や三日。数えてみれば居待の月という頃か。
下弦の月も臥して待つまでいずれも風情のあることであるが、蝕の大半を見逃した後こうくっきりと映えても何処か寂しい気分である。

明晩はこの月が、とんだ厄介者となるやも知れぬ。
posted by 紫乃薇春 at 23:50 | Comment(0) | 星見日記/写真館

2011年12月12日

夜景〜12/12

夜景〜20111212

今宵は対岸の華。
posted by 紫乃薇春 at 22:44 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

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