2010年12月31日

良いお年を

昨晩は日付の変る少し前に外出し、三条で軽く晩飯を済ませてからメトロへ。宿はJRの駅近くなので地下鉄を乗継いで移動し、目の前で一本扉が閉まったばかりでいささか待ちぼうけを喰ったりしたが、空は澄んで街中でも良く星が見え気分が良かった。
メトロに着いたのは日付が移って0時半過ぎ。午前1時頃を目処に、昨年は随分押して結局1時半頃漸く第1部が始まったのでのんびり構えていたが、受付で会計を済ませメトロの狭いロッカーに無理矢理荷物を押込もうと四苦八苦していたらまだ1時を示さぬ内に開会式の挨拶が聞こえ始めたので、慌ててホールに入った。
メトロ〜20101231
「メトロ紅白歌合戦」は今年で20回目を迎えるそうだ。10年かそこら前から噂は聞いていたが、実際に観たのは昨年が初めて。ダンスタイムの長さと音量にはいささか閉口したが、紅白のイベント自体は非常にユニークなもので今年も無事駆けつけることが出来良かったと思う。
紅組の司会は昨年同様河合奈保子。一方白組はクレヨンしんちゃんからバトン・タッチされた様だ(チラシには堂本光一と記されていたが、当日は更に別の人物が名乗りを挙げていた様に思う。ピュア・マイン?ディア・マイン?はっきりとは聞き取れなかった)。
昨年も出場した人、今年初めての人、数年振りの人など様々な出演者がいる中で一際印象に残ったのは現代舞踏の要・大野一雄。今年103歳で大往生を遂げるまで生涯現役を貫いた方である。歌ではないではないかという突込みもあろうが其処はフェイクの殿堂とも云うべきメトロ紅白、Diamonds Are Forever。現役の人物に混じってその年亡くなった方や何かニュースに上る事件を起こした人達が毎年数多く出場する様だが、それは単なる悪ふざけやアンチテーゼではなく、彼等の霊を招び寄せ、共に笑い、時には泣き、存分に踊り遊んだ後に弔い除霊するという一種の儀式でもあるのかも知れない。
終演後に貰ったチラシとは出演者の差替えが少なからずあった様で、紅組・白組共にトリは美空ひばりから由紀さおり、北島三郎から山本譲二へと変更された。この中では美空以外は今も現役の人達だが、どんな背景があったのだろう。

昨年のメトロ以来一年振りに逢う友人と年末の挨拶を交わし、宿に戻ったのは今朝まだ暗い内。観るともなく部屋のテレビを点け、荷物の整理など作業をしていると程無く朝のニュースが始まった。ぼんやりと画面に目を遣ると、何と長崎県佐世保市の昨日の様子が映し出され大雪に見舞われる光景を捉えていた。確かに昨日出て来る時も断続的に雪がちらついてはいたが、その後本降りになったということか。その影響を被る前に出発したのが良かったのか否か定かでないが、あちこちで交通網に支障が出ているという話を聞くと幸いだったのだろう。
雪景色〜20101231
佐世保、そして長崎市内の雪の様子を画面越しに見ながら、京都は晴れていて良かったと安堵しつつ知らぬ間に寝落ちしていたのだが、午後目を覚ましカーテンを捲ってみて驚いた。一面の銀世界。京都も雪である。トンネルを抜けた訳ではないが、あたかも川端康成の有名な文学作品の冒頭の如き面持。或いは浦島太郎の気分。喩えが不適切だろうか。
年越し蕎麦〜20101231
夜、年越し蕎麦を頂きに「葵」へ。駅構内の蕎麦屋とは云え侮れず、京都市内でもかなり味の良い店だと思う。この店では殊に昨年食べた「壬生菜蕎麦」が新鮮で、今年もまたそれを頂いた。水菜に似るがよりしゃきっとした歯応えと山葵を想わせる仄かな辛味が野趣を感じる。壬生菜と云えば漬物の材としての方が一般的だそうだが、生を味わうのも良いものだ。
一旦小止みになった雪がまた激しく降り始め、このまま一晩降り続いたら明日はどれだけ積もるだろうか。元日は二年振りの鞍馬へと思っていたが、余りに雪が深いとあの境内の勾配は進むだけでも厳しい。新年は駆け出しから想定外の年になるのだろうか。

ともあれ、皆様良いお年を。
posted by 紫乃薇春 at 22:47 | Comment(0) | 日記

2010年12月30日

京都へ

年の瀬も押し迫り、残す処今年もあと二日となった。
師走の後半は思い当たる確かな理由もないままばたばたと、しかし気分的には何処かぼんやりと過ごしていて、気がついたら此処まで来ていたという感じだ。毎年何かしらはしゃぐ場に参加するクリスマスも今年は殊に何処へ行く訳でもないまま見過ごしていたし、いつも慌てる破目になる年賀状を今年は余裕を持って作成しようと思っていたが、それもつい一日二日程前になって漸く腰を上げ突貫作業でどうにか年内に辛うじて間に合わせたといった具合である。それも始終余所見をしながらの作業であったので、見映えの不出来以前に深刻な誤りやら刷り忘れだのがありそうな気がしてならない。
昨夜はそれでも、年内に家で済ませておきたいことは粗方終えて旅行の荷物の最終チェックなどをしていた。年末年始はこの冬も例年通り京都で過ごす。
京都へ〜20101230壱
この月後半は天候の落着かない日が多く、偶に晴れても長続きしない。昨日は数日振りに晴れ亘ったが、日付が移り未明になると厚い雨雲に覆われやがて激しい雷鳴と雨音が響いた。その雨は夜が明けてからも断続的に続き、午過ぎには時折霙が混じり始めた。最近発表された長期予報によれば、今年の年末年始は大荒れとなる可能性有とのこと。殊に日本海側は要注意だそうで、長崎も県北は日本海に面しており強い低気圧の影響を少なからず受けるのだろう。
今夜から京都に滞在するが、今日は観光等を考えず移動だけの日として午後になってから家を出た。但し夜半過ぎに外出し、昨年同様丸太町のクラブ・メトロに行き「紅白歌合戦」(注※某公営放送が毎年大晦日に催している同名の歌番組とは別物)を観る予定。尤もあくまで体調と気分次第である。
今回の旅行のスローガンは「京都で寝正月」―毎年そうでなのではないかと指摘されれば返す言葉もないが、迂闊に詰込み過ぎて疲労困憊の正月明けを迎えるよりはのんびり過ごしたい。だが旅行気分も味わいたい。正直贅沢な話である。しかし予報通りの荒天が京都市街地にまで及べば恐らく出歩くのも億劫になって、文字通り旅先での寝正月を送ることになりそうだ。
京都へ〜20101230弐
自宅から佐世保駅へ向かう途中、天気は目まぐるしく変化して雨から霙、霙が雪になったかと思えば晴れ間が覗いて濡れた路面を眩しく照らしたり、その日が翳るとたちまちまた小雨が落ちてきたりとまるで百面相の様な空模様。十年程前、いや更に昔友人を訪ねて金沢を訪れた時のことを思い出した。その年は元日から三日まで金沢に滞在したが、着いた日は上着の要らない程温暖で天候にも恵まれた。だが二日目は10℃余りも気温が下がり、雨、霰、霙、雪と晴れ間が数分ごとに入替る忙しい天気となった。帰る三日は幾分落着きを取戻したが、気温は前日に増して低く、無彩色の雲がどんより垂込める北国の冬らしい空だったのを覚えている。
佐世保から博多へ、特急「みどり」の車窓から眺めた景色は区間により、雨もしくは雪の降りしきる風景だった。博多が近づき、遠くの山並が薄らと白化粧を施していたのは降ったばかりの雪か、それとも数日前に福岡で大雪と聞いたその名残だろうか。「みどり」は予定時刻を5分程遅れて博多に到着したが、遅延の原因は混雑だけでなく或いは天候の所為でもあったかも知れない。

博多で新幹線に乗換え、小倉を過ぎて本州に入ると九州の荒れた空とは違う晴天が広がり出したが、やがて陽が沈み宵闇が窓を覆って点々と灯る街明りの他は外の様子も見えなくなった。
福岡までは先日も足を運んだが、九州を出るのは昨年の年末年始以来およそ一年振りになる。年末ラッシュの著しい時期であり混み合った列車に乗るのも恐らくそれ以来だろう。久々の長距離の移動を前に気後れを覚えながらも気がつけば新大阪を出て京都間近。そしてどうにか無事に辿り着いた。いつぞやの長崎本線で見舞われた乗物酔いを警戒して今回はあらかじめ酔い止め薬を飲んでおいた所為か副作用で普段以上に睡魔が押し寄せ、道中幾度かうとうとしていたこともあるが旅をしてきたという実感に乏しい。外の見えないエレベーターで或る階から別の階に移動した時の様な、機械的な感覚だ。ぼんやりした気分もまだ残っているが、うたた寝のおかげで幸い幾分回復してきた。
京都へ〜20101230参
今宵から新年四日まで京都に滞在の予定。
その間も携帯端末を主にこちらに度々ログインはするだろうが、かなり(いつもに増して)おざなりになってしまうであろうことを今からお断りしておく。
posted by 紫乃薇春 at 23:39 | Comment(0) | 旅記(仮)

2010年12月29日

夕景〜12/29

夕景〜20101229

この街並夕陽も年明けまで見納め。
posted by 紫乃薇春 at 21:33 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2010年12月28日

夜景〜12/28

夜景〜20101228

降臨節はまだ続く。

見守っているのか、
睨んでいるのか。

何も映っていないのか。
posted by 紫乃薇春 at 21:22 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2010年12月27日

夕景〜12/27

夕景〜20101227

数日続いた雨、もしくは雪もひと休み。
だが師走はまだ歩を止めようとしない。

この空はいつまで保つのだろう。
posted by 紫乃薇春 at 19:48 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2010年12月26日

年賀の準備

年賀の準備〜20101226

いささか遅まきながら、年賀状の作成に取りかかる。
デザインは少し前にほぼ出来ていたが、師走にかまけて今日まで怠っていた。プリンターの調子が思わしくない為、様子を見つつおっかなびっくり刷らねばならないのが厳しい処。
posted by 紫乃薇春 at 22:20 | Comment(0) | 日記

2010年12月25日

箱庭のクリスマス

箱庭のクリスマス〜20101225

今日は確かに粉雪が舞っていた、積もりはしない程度に。
これでも“White Christmas”と呼べるのだろうか。
posted by 紫乃薇春 at 22:12 | Comment(0) | arts

2010年12月24日

箱庭のクリスマスイブ

Xmas Eve〜20101224

降るのは星か雪か。
posted by 紫乃薇春 at 23:08 | Comment(0) | arts

2010年12月23日

夜景〜12/23

夜景〜20101223

思い立ったが吉日。
posted by 紫乃薇春 at 22:52 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2010年12月22日

冬至

冬至〜20101222壱
昨日は月蝕があった。今年は日本から観られるとされた月蝕が三度あり、その最初のものは元日未明のこと。部分月蝕ではあったが京都・四条の鴨川の畔で、雪を降らせた雲の隙間からほんのひと時零れ出た姿を運良く拝むことが出来た。
二度目は6月の26日で、その時は皆既月蝕であった様だが列島は梅雨の真只中。地域によっては観られた処もあると聞くが、此方は生憎の雨に虐げられた。当時はワールドカップ観戦に熱を上げていた時期でもあり、前日の試合でAzzurriが痛恨の一次リーグ敗退を喫した為に気落ちし、いささか投げやりな気分に陥って深く追う姿勢を保てなかったということもあるだろう。

昨夕は今年最後の月蝕に当たり、6月に続き皆既月蝕とのこと。だが蝕の起こる時間帯が早過ぎる(月がまだ地平に上る前から蝕が始まってしまう)為東日本では皆既の状態が望める処もあるが、列島の西涯とも云える此方では既に皆既を終えた段階からしか拝めないとのこと。それでも東の視野が開けていればまだたっぷり欠けた状態が観られそうだが、この辺りでは丁度その方角に烏帽子岳というそれなりの標高を持つ山が聳え具合が悪い。その烏帽子岳の稜線から漸く月が顔を出したのは結局終了直前の19時近くなってからであり、姿を認めた頃にはおよそ大部分が影から脱してしまっていた。しかし地の利のある筈の関東では殆どの地域において雨雲に邪魔され蝕どころか月自体微塵も観られなかった処が多いらしく、また此方でも今朝未明には再び雨雲が広がり出した為、ほぼ終り間際とは云え欠けた月を収められたのは誠に幸運だったというべきだろう。
年間に三度も月蝕が観られるのは実に稀なことであり、次は84年後とも聞く。二度目の月は残念だったが、年の初めと終りにこうした天文イベントとの遭遇を果たせて今年は殊の外溜飲を下げた。来年のこの分野はどんな塩梅だろうか。個人的には今年余り芳しくなかった流星群なども来年は良い条件の下で臨みたい処だ。

冬至〜20101222弐

さて今日は冬至。立春から始まる二十四節気の22番目に当たり、年間で最も昼の短い一日である。現代暦においては年の最後の節気でもあり、次の節気は年明け5日頃の小寒までない。暦を捲りながらそんなことを思っていると、今年も残す処あと10日もないのだった。
冬至の陽光は燦々とあるより弱々しい陽射しが似合っているが、明け方までの雨雲の名残が昼過ぎまでは留まり、雨は止んだものの冬至らしい薄曇りの昼間だった。昨夕は雨の後の晴れ上がりによる放射冷却で冷込みも厳しくなるだろうと高を括っていたが、その後再度の曇り空の所為か今日は気温についてはさほど下がらなかった。夕方には雲も殆ど失せたので、夜半からは寒さが募るかも知れない。

冬至には柚子湯に入るというのはよく知られた風習だが、他にも南瓜を食べたり、小豆粥(冬至粥)を食べるなどと云った風習があるらしい。南瓜の話は私も覚えていて、嘗て実家暮らしだった頃実際に食卓に上ることもあった(毎年ではない)が、冬至粥というのはこれまで食べた記憶がない。実家が偶々そうした習慣を持たなかったのか、それとも限られた地域のみでの風習なのかは定かではないが、年明けの七草粥と違い馴染みのないものだ。
小豆粥というのは冬至に限らず、所謂「はれの日」に食す食物であるらしい。それは(由来は定かでないが)同じ小豆を用いる「赤飯」と恐らく同様の意味を持つ慣習だろう。小豆の持つ赤色が殊更重宝されたのではあるまいか。赤飯を炊いても良かったのだが、寒いこの時期には粥飯の方が温まるだろうし、「風邪を引かぬ様に」という慣わしに従うものであれば粥飯は消化も良いし身体により優しくもあるだろう。因みに南瓜を食べるのも、柚子湯に浸かるのも由来はそれぞれあるのだろうが同じく健康を祈願するものである。
冬至〜20101222参
暦を材に書く日記が多い割に普段は季節を余り偲ばぬ生活をしているが、煩雑ながらも冬至の具を買い揃えることが出来たので、今夜は南瓜の煮物と小豆粥を食べて柚子湯に入ろう。
posted by 紫乃薇春 at 21:43 | Comment(0) | 日記

2010年12月21日

月蝕

月蝕〜20101221壱

本年最後の月蝕。
ピーク時は皆既だったというが、西の涯ではままならず。

蝕の終る間際に辛うじて欠けた月が彼方の稜線から顔を覗かせた。
その姿を運良く捉えることが出来たので報告しておく。

月蝕〜20101221弐
posted by 紫乃薇春 at 19:47 | Comment(0) | 星見日記

2010年12月20日

夜景〜12/20

夜景〜20101220

ブレるビジョンの馴初めは。
posted by 紫乃薇春 at 23:30 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2010年12月19日

夕空のスケッチ

夕空のスケッチ〜20101219

冬曇りの街を切取りながら
迫り来る年の瀬を肩で覚える。
posted by 紫乃薇春 at 17:41 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2010年12月18日

夕景〜12/18

夕景〜20101218

赤陽が寝起きの目に染みる。
posted by 紫乃薇春 at 20:24 | Comment(0) | moblog≪夕景≫

2010年12月17日

反転

反転〜20101217

ネガフィルムの彼方にぼんやりと佇む記憶。
昨年も雨垂れの一日を過ごした。
posted by 紫乃薇春 at 22:48 | Comment(0) | 写真館

2010年12月16日

夜景〜12/16

夜景〜20101216

寂しげな夜の駐車場。
華やかなイルミで賑わう冬の後ろ姿。

今朝、初雪が降ったらしい。
一面の銀景色を期待して明け方カーテンを捲ったが、路面と欄干がただ濡れて光るだけだった。
posted by 紫乃薇春 at 22:04 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2010年12月15日

曇り空

曇り〜20101215

昨晩は結局、一個の流れ星も見出せなかった。巡り合わせも悪いのだろうが、晴れ間の見えた夕空もやがて黒雲の群れに埋め尽くされた。

一夜明け、凍てつく街並に木枯らしが吹抜けた。
posted by 紫乃薇春 at 21:52 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2010年12月14日

夜景〜12/14

夜景〜20101214

今年のふたご座流星群は、今宵20時頃がピークとのこと。時間帯がやや早い気もするが、そういう訳でもないのだろうか。
今朝方まで降るともなく降り続いた雨も止み、空は概ね晴れた。だが上弦の月が中空にあり、必ずしも好条件とばかりは云えない様だ。
posted by 紫乃薇春 at 19:25 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

2010年12月13日

雨の昼下がり

雨の昼下がり〜20101213

セピア色の視界に雫がよぎる。
posted by 紫乃薇春 at 21:40 | Comment(0) | moblog≪空模様≫

2010年12月12日

夜景〜12/12

夜景〜20101212

近くで遠い旅から戻って
迷走する途上の足掛かり。
posted by 紫乃薇春 at 18:54 | Comment(0) | moblog≪夜景≫

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