2009年03月15日

【さくらプロジェクト】本日のマイ桜/相田みつを展

冬の名残の様な寒さが舞降りた昨晩であったが、今日は一転して外套が邪魔なくらいの春うらら。
いや、しかし日陰に入ると肌寒い風が吹き抜けるので、実際の気温はさほど高くないのかも知れない。


【接写】
さくらプロジェクト〜20090315接写
この陽気に促され、マイ桜の蕾も幾らか成長が進んだ様だ。相変らずわかり難い写真で恐縮だが、蕾の先の表皮が僅かに敗れ、緑色が覗いて見える。「つぼみ調査」もこれで漸くランクアップの報告が出来る。
この陽気が数日続いたら段階も一つでなく二つ、或いは三つくらい上のランクになりかねない。

【全景】
さくらプロジェクト〜20090315全景
本当は今朝早起きをして訪れるつもりだったがいつもの様に夜更しをしてしまい、肝心の時間帯には高鼾を掻いていた。早朝来たら今度こそ富士山は拝めただろうか。
昼下がり、携帯のカメラには写らずとも富士が見えるかと期待したが、西の空には雲が浮かび丹沢、或いは箱根辺りまでしか望めなかった。だが寝坊したおかげで「先が緑」の蕾を確認出来た、とも云えるのだろうか。


マイ桜の公園を後にすると都内に移動し、国際フォーラムへ。友人の一人から相田みつを特別展の無料招待券を頂いていたものの、本日が最終日だったからだ。
相田みつをという人の名前はよく聞いているが、独特な言葉を描く書家、という外観だけで詳しいことは殆ど知らなかった。
ネットやマスコミ等でもしばしば出会う有名な言葉からは如何にも「悟った人」という印象があったが、今日一通り作品を観てむしろ、聖者―或いは神や仏と奉られる存在でなく、より生身の人物であることが窺えて興味深かった。勿論、信仰―というよりは深い信念の持主であっただろう。悟りとは真逆の煩悩を常に意識し、向合っていたのではあるまいか。とある書の「一生不悟」という言葉に本心を感じた。また「裸の木蓮」という書の「木蓮」は他と置換えても構わない。今私が追っている桜も同じだ。
みつを氏の息子さんの「父には生涯、青春の面影があった」という下りは、誰もが本音はそうありたい、一つの理想像ではないだろうか。幸い多くの魅力ある友人や作品と出会え、自分自身楽しむことに貪欲な私は幸せ者なのだろう。相田みつをの人と作品に救済を得る人がいるのもわかる気がした。
相田みつを展〜20090315


posted by 紫乃薇春 at 18:08 | Comment(0) | 桜プロジェクト

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