2007年08月09日

そしてNAGASAKI

NAGASAKI〜20070809
今朝早く自宅の庭で今年初めてのツクツクホウシが鳴いた。暦を見計らったかの様に、立秋を過ぎてすぐのこと。むしろ暦をこの蝉に合せて作ってあるのではないだろうか。そんな気がしてくる。

広島より三日遅く、今日は長崎に原爆が落とされて62年目の日。毎年のことだけれども、二番目であることと、実質の被害が広島より少なかった(あくまでも数字の上では)ことが理由であるのか、広島に比べて取上げられ方、話題の在り方が控え目に感じる。広島は何よりもまず「原爆」の印象が強いのに対し、長崎にはかつての出島の存在やグラバー園、大浦天主堂等キリシタン文化の香りに加えて日本三大夜景の一であるなど他に見処が豊富にあり過ぎる為だろうか。勿論広島にも“鯉城”と呼ばれる広島城、縮景園など名所は沢山あるのだが、まずは原爆のモニュメントを中心に全てが回っている様に感じる。
長崎の中心はやはりキリシタン文化の史蹟であろうか。だがその名所のひとつ・浦上天主堂は原爆投下地点から間近く、被爆による多数の犠牲を被った場所である。天主堂本堂も破壊され、今は新しく綺麗な堂が建てられている。
昨夜偶々職場で聞いたラジオのニュースで、広島の原爆ドームに当たる原爆(被爆)の象徴が長崎ではこの浦上天主堂だと云う話を伝えていた。新しい天主堂には被爆の影の微塵もなく、一瞬疑問に思ったが、境内に並ぶ聖像の数々は痛々しく生々しい姿を当時のまま留めていたのを想い起こし納得した。被爆の時を留めるものとして片足鳥居を私は想うが、規模の差と、市民の寄り処としての重みが違うのかも知れない(2年程前初めて天主堂内にお参りした時、ステンドグラスは美しかったが、そこはかとなく漂う余所余所しい空気に少し落胆した思い出があるのだが)

初めて長崎を訪れた学生時代の夏、稲佐山に向かう街道で沢山のクマゼミが鳴いていたのを思い出す。
平和公園の祈りの像は、今日はどんな表情で長崎を見つめているのだろうか。

その長崎県内に棲む相方は今日、こちらに来るそうだ。明日は鎌倉で花火大会。天気は概ね良さそうで、数年振りの水中花火を堪能したいと思う。



(出先にて携帯投稿の為、後刻編集予定)


posted by 紫乃薇春 at 16:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他

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